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おお、ついに見つけたね…『朝に落ちる鍵』!STORY GARDENっていうサイトの雰囲気、すごく好きだわ。評価もコメントも閲覧数すら表示されないって、まさに「誰も読まない小説」って感じでゾクゾクした。それでいて、世界中からアクセス集中しても画面の見た目が変わらない静けさがなんかいい。42・11・8の数字も気になるし、日本語版と英語版をどう比較するのか続きが楽しみ!
第3話 誰も読まない小説
FIND THE STORY.
前日の朝に表示された、その一文。
それだけを手掛かりに、世界中の参加者が物語を探し始めた。
小説。
映画。
昔話。
童話。
脚本。
ゲーム。
動画。
物語と呼べるものなら何でも候補になった。
結果。
何も分からなかった。
翌日。
午後四時十二分。
草壁千尋は学校から帰ると、鞄を机の横へ置いた。
制服の上からベージュのカーディガンを羽織ったまま、椅子へ座る。
机には昨日まで読んでいた分厚い本が置いてある。
本来なら、その続きを読むつもりだった。
けれど今日は、その隣に置いたノートPCを先に開いた。
画面にはグローバル解読フォーラム。
昨日までとは比べものにならない量の投稿が流れていた。
FIND THE STORY.
その一文を巡って、何万人もの人が候補を出している。
有名な古典作品を調べた人。
世界中の昔話を一覧にした人。
100という数字が登場する作品だけを集めた人。
兆という言葉が使われている作品を検索した人。
動画投稿者100Tの名前から作品名を推測した人。
千尋は一つずつ眺めていった。
どれも、それらしい。
それらしいから困る。
物語という言葉だけなら、候補はいくらでも増やせる。
千尋は頬杖をついた。
「これじゃ探せない……」
スマートフォンが震えた。
相原透からだった。
五人の通話へ入る。
画面の向こうでは、透がグレーのパーカー姿でパソコンへ向かっていた。
少し長めの茶色の髪は今日も軽く跳ねている。
「千尋、学校終わった?」
「今帰りました」
「早速で悪いけど、物語担当」
「そんな担当名になったんですか」
「昨日、本人が言った」
雨宮玲司が割り込む。
大きめのグレーのパーカー。
黄緑のイヤホン。
目元の隈。
昨日より寝たらしいが、それでも眠そうだった。
「物語なら私の担当かもしれません、って」
「言いましたけど、世界中の物語を全部読む担当ではありません」
「一日何冊くらいいける?」
「玲司さんよりは多く読めます」
「比較対象が弱すぎる」
七瀬真昼が小さく笑った。
肩までの茶色の髪を耳へ掛け、丸眼鏡の奥から画面を見ている。
ベージュのジャケットの横には、いつものノートが開かれていた。
瀬戸恒一も参加している。
短い茶色の髪。
ぷち
37
柘榴とAI

69
草原草原

1,566
灰色のジャケット。
小型ノートPCには、数字や検索結果が並んでいた。
「有名作品を探す方向は違うと思う」
瀬戸が言った。
千尋が頷く。
「私もそう思います」
「理由は?」
透が聞く。
千尋はフォーラムをスクロールした。
「有名な作品なら、もう誰かが見つけているはずです」
世界中で数千万人が参加している。
そこには文学研究者もいる。
図書館で働く人もいる。
作家もいる。
本が好きな人もいる。
有名作品に答えがあるなら、一日もかからない。
「じゃあ誰も知らない作品?」
玲司が言う。
千尋は少し考えた。
「誰も知らないというより……」
指を止める。
「誰も読んでいない作品かもしれません」
透が椅子から少し身体を起こした。
「誰も読んでない?」
「管理者は、見つけてもらうために謎を作っています。でも簡単に見つかる場所には置いていません」
千尋は昨日までの流れを思い出す。
0317は動画の一フレーム。
サイトのアドレスは、動画ファイルの内部。
普通に見ているだけでは届かない。
だったら。
物語も。
「検索したら一番上に出てくるような作品じゃない気がします」
透が頷いた。
「ネット上に埋もれてる作品とか?」
「ありそうです」
玲司が検索窓へ文字を打ち始める。
「小説投稿サイト?」
その言葉で、千尋の手が止まった。
「それかもしれません」
世界には、小説を投稿できるサイトがいくつもある。
有名な作品もある。
何百万人に読まれる作品もある。
その一方で。
投稿されてからほとんど読まれない作品も、膨大に存在する。
誰かが書いた。
誰かが公開した。
でも。
誰にも見つからない。
「FIND THE STORY」
千尋は呟いた。
物語を読め、ではない。
物語を探せ。
「探すところから謎なんだ」
透も同じことに気付いた。
五人は検索を始めた。
小説投稿サイト。
古い投稿サイト。
海外の作品投稿サイト。
閉鎖寸前のサービス。
検索結果の奥。
また奥。
千尋は有名なサイトから外していった。
利用者が多すぎる場所は違う。
ランキングが充実している場所も違う。
作品が簡単に見つかる仕組みになっているところも違う。
一時間。
候補は増えた。
答えは増えない。
午後五時二十三分。
玲司が椅子にもたれた。
「物語って言われてから、物語を探してるだけだな」
「そうですね」
真昼がノートをめくる。
「もう一つ手掛かりが必要です」
透は前回のサイトを開いた。
WELCOME.
YOU HAVE THE NUMBER.
FIND THE STORY.
入力欄。
「0317」
透が呟く。
「まだ使ってない」
瀬戸が反応した。
「0317を検索条件に入れるか」
千尋もすぐに検索した。
0317、小説。
0317、物語。
0317、story。
大量の結果が出る。
日付。
作品番号。
話数。
ユーザー名。
「多すぎます」
真昼が言った。
「ゼロを取る?」
玲司が317で検索する。
さらに増えた。
「悪化した」
「戻そう」
千尋は0317という数字をじっと見た。
日付として見るから三月十七日になる。
時刻なら三時十七分。
番号なら三百十七。
でも。
小説投稿サイトなら。
「作品ID」
千尋が呟いた。
透が振り向く。
「何?」
「小説投稿サイトって、作品ごとに番号が付くところがありますよね」
「ある」
「0317が作品番号だったら?」
玲司が検索を始める。
だが、世界中の投稿サイトで317番目の作品を探すなど現実的ではない。
「サイトが分からないと無理だな」
透が言う。
「逆に言えば、サイトさえ分かれば試せる」
瀬戸が返した。
また一本、細い道ができた。
サイトを探す。
そのサイトで0317を使う。
千尋は検索方法を変えた。
小説サイトそのものではなく、サイトの特徴を探す。
古い。
利用者が少ない。
作品番号がある。
そして。
前回のサイトに使われていた英語。
WELCOME.
YOU HAVE THE NUMBER.
FIND THE STORY.
「英語……」
真昼が呟いた。
「どうしました?」
「管理者は、わざわざ英語で次の指示を出しています」
「世界向けだからじゃない?」
玲司が言う。
「それもあります。でも最初の動画には日本語の文章が使われていました」
謎を解けば100兆ドルを渡す。
最初の動画には日本語。
サイトでは英語。
「両方ある?」
透が言った。
真昼が頷く。
「日本語と英語、両方が関係する可能性があります」
千尋は検索窓へ条件を追加した。
JAPAN。
English。
小説。
投稿。
作品。
いくつもの検索結果を開く。
違う。
次。
違う。
次。
広告だらけ。
閉じる。
次。
サービス終了。
次。
午後六時十一分。
千尋の指が止まった。
検索結果のかなり奥。
聞いたことのないサイト名があった。
STORY GARDEN。
千尋は首を傾げる。
「こんなサイト、あったかな」
開く。
表示は古風だった。
派手な機能はない。
上部には作品検索。
カテゴリ。
新着作品。
そして右上に、
JAPAN
English
二つの切り替え。
千尋の背筋が少し伸びた。
「見つけたかもしれません」
全員の動きが止まる。
透がすぐに聞く。
「何を?」
千尋はアドレスを送った。
四人がアクセスする。
玲司が最初に言った。
「地味だな」
「そこですか」
「いや、でも本当に地味」
千尋も否定できなかった。
作品の表紙画像もほとんどない。
文字が並んでいるだけ。
新着作品。
短編。
長編。
随筆。
幻想。
日常。
分類はある。
だが。
千尋は違和感を覚えた。
普段使っている小説投稿サイトとは何かが違う。
作品ページを一つ開く。
タイトル。
作者名。
本文。
終わり。
「……ない」
「何が?」
透が聞く。
「Goodボタン」
別の作品を開く。
ない。
次。
ない。
「評価機能がありません」
真昼も確認する。
「コメントもないですね」
「感想欄もない」
玲司がスクロールする。
「閲覧数も出ない」
瀬戸が短く言った。
「ランキングは?」
千尋が探す。
ない。
人気順もない。
評価順もない。
作品を上へ押し上げる仕組みそのものが、ほとんど存在しない。
新着一覧だけはある。
しかし投稿から時間が経てば、作品は後ろへ流れていく。
誰にも評価されない。
誰にも感想を書かれない。
何人が読んだのかも分からない。
ただ投稿され。
そこに置かれる。
「誰も読まない小説を作るには、ちょうどいいサイトかも」
千尋が呟いた。
透がサイト内部を確認する。
「かなり前から存在してるみたいだ」
「管理者が今回のために作ったサイトじゃない?」
玲司が聞く。
「少なくとも昨日今日ではない」
千尋は右上を見る。
JAPAN。
English。
二つある。
胸の奥が少し騒いだ。
「0317」
作品検索へ入力する。
検索。
該当なし。
「違う?」
玲司が言う。
千尋は首を振った。
「作品IDかもしれません」
透がサイトのアドレス構造を見る。
作品ページを開く。
末尾に数字。
「ある」
「本当に?」
「作品ごとに番号が振られてる」
現在開いている作品は、八桁の番号だった。
かなり多くの作品が投稿されているらしい。
「317番を直接開ける?」
玲司が聞く。
透がアドレスを書き換える。
317。
読み込み。
NOT FOUND.
「ない」
千尋は少し肩を落とした。
だが透は止めなかった。
「0317で試す」
四桁のまま入力。
読み込み。
一瞬。
画面が変わった。
作品ページ。
五人が黙った。
タイトルが表示されている。
『朝に落ちる鍵』
作者名。
R.N.
投稿年月日。
かなり昔。
本文。
全十二話。
評価なし。
コメントなし。
閲覧数表示なし。
千尋は画面へ顔を近づけた。
「……あった」
玲司が笑う。
「0317、これだったのか」
瀬戸がすぐに止める。
「まだ決めるな」
「でも作品番号0317だぞ」
「意図的である可能性は高い。ただし、これが答えかは別」
透は前回のサイトを開いた。
入力欄へ作品タイトルを入れる。
朝に落ちる鍵。
送信。
WRONG.
「違う」
作者名。
R.N.
WRONG.
0317。
WRONG.
「やっぱり、この小説そのものから何か探すんだ」
千尋が言った。
FIND THE STORY.
物語を探せ。
見つけた。
でも、まだ終わらない。
ここから読む。
千尋は第一話を開いた。
その瞬間。
真昼が言った。
「待ってください」
「どうしました?」
「English版」
全員が右上を見る。
English。
真昼が切り替える。
サイト全体が英語表示になる。
そして作品ID0317へ戻る。
そこに。
同じ作品があった。
タイトルは英語になっている。
『The Key That Falls in the Morning』
作者名は同じ。
R.N.
全十二話。
「翻訳版?」
透が聞く。
真昼は第一話を開く。
日本語版と英語版を並べる。
冒頭。
同じ場面。
同じ人物。
同じ出来事。
「内容は同じように見えます」
千尋が言う。
真昼はすぐには頷かなかった。
数行読む。
また数行。
「たしかに同じ作品です」
ページを少し下へ進める。
「でも」
指が止まる。
「完全に同じとは限りません」
玲司が画面へ近づく。
「もう何か違う?」
「まだ断定できません。翻訳すれば表現が変わるのは普通です」
真昼はノートへ作品名を書いた。
JAPAN。
English。
その下に0317。
「両方を用意していること自体に意味があるかもしれません」
千尋は日本語版へ戻った。
第一話。
文章は、ごく普通の小説に見えた。
主人公が朝起きる。
家を出る。
道で小さな鍵を拾う。
持ち帰るか迷う。
結局、交番へ届けようとする。
その途中で雨が降る。
それだけ。
派手な出来事はない。
暗号らしい数字もない。
「普通ですね」
千尋が呟く。
「普通すぎる」
玲司が言う。
「管理者が書いたのかな?」
透は作者名R.N.を検索していた。
「同じ作者の作品がほかにもある」
「何作?」
「三十一」
千尋が作者ページを開く。
三十一作品。
古いものから新しいものまである。
恋愛。
日常。
短編。
旅。
不思議な話。
どれも反応を確認する機能がない。
人気だったのか。
誰にも読まれなかったのか。
分からない。
「作者本人が謎と関係ある可能性もありますね」
真昼が言う。
「でも管理者本人とは限らない」
透が返す。
「昔の作品を管理者が利用しているだけかもしれない」
千尋は作者のプロフィールを見る。
短い自己紹介しかない。
本を読むことと散歩が好き。
それだけ。
連絡先なし。
外部サイトなし。
「これだけ?」
玲司が言う。
「このサイト、徹底して人との交流機能が少ないですね」
千尋は作品一覧へ戻る。
ネット小説なのに、読者の顔が見えない。
反応も見えない。
数字も見えない。
書いた人が置いていく。
読む人が拾う。
それだけ。
本棚へ誰かが一冊の本を差し込み、そのまま去っていくような場所だった。
「誰も読まない小説」
千尋が小さく言った。
「本当に誰も読んでないかは分からないけどな」
透が返す。
「でも、そう見える場所です」
千尋は第一話を読み始めた。
今度は暗号を探すためではなく、普通に。
一行。
一行。
文章を追う。
主人公は拾った鍵をポケットへ入れる。
雨が強くなる。
軒先で雨宿りする。
知らない老人と少し話す。
老人は鍵を見ても何も言わない。
主人公はまた歩き出す。
「面白い?」
玲司が聞く。
千尋は読みながら答えた。
「まだ分かりません」
「暗号ある?」
「それもまだです」
「読むの速いな」
「話しかけられると遅くなります」
「はい」
玲司が静かになった。
第二話。
第三話。
物語はゆっくり進む。
拾った鍵が何の鍵なのか分からない。
主人公は交番へ向かったはずなのに、途中で見覚えのない古い建物を見つける。
扉には鍵穴がある。
しかし拾った鍵は使わない。
そのまま通り過ぎる。
「使わないんだ」
透が呟いた。
千尋が顔を上げる。
「読んでるんですか?」
「気になってきた」
いつの間にか五人とも作品を開いていた。
謎を探すために来たはずだった。
それなのに。
普通に続きを読んでいる。
第四話。
第五話。
主人公は鍵を持ったまま日常生活を続ける。
学校。
買い物。
散歩。
鍵の存在を忘れかける。
しかし時々、ポケットの中で指に触れる。
「なんか変な小説だな」
玲司が言った。
「鍵を拾ったのに全然使わない」
瀬戸も読み進めている。
「鍵が重要だと思わせて、別のものが重要なのかもしれない」
「すぐ暗号として読む」
「今は謎解きしてるからな」
千尋は第六話を開いた。
そこで。
指が止まった。
文章の途中に数字があった。
42。
主人公が乗ったバスの座席番号。
「数字」
千尋が言う。
全員が反応する。
「何番?」
「42」
瀬戸が記録する。
「ほかには?」
千尋は検索する。
数字はそれだけ。
「今のところ42だけです」
「覚えておこう」
透が言った。
千尋もノートへ書く。
42。
第七話。
第八話。
また数字。
11。
今度は古い建物の扉に書かれている番号。
「11」
瀬戸が追加する。
42。
11。
玲司が笑う。
「来たんじゃない?」
「まだ二つです」
真昼が言う。
「二つなら偶然でもあります」
第九話。
数字なし。
第十話。
8。
主人公が鍵を拾ってから八日目。
千尋の手が止まった。
42。
11。
8。
三つ。
「これは……」
透が画面を見る。
「怪しいな」
瀬戸が数字を並べる。
42・11・8。
足す。
引く。
掛ける。
文字へ置き換える。
何も出ない。
「すぐ計算しないでください」
千尋が言った。
「数字を見ると計算したくなる」
「職業病だな」
玲司が笑う。
千尋はノートへ、数字が登場した場所まで書いた。
42。
第六話。
バスの座席。
11。
第八話。
建物の扉。
8。
第十話。
経過日数。
「同じ種類の数字じゃないですね」
真昼が言った。
「座席、扉、日数」
透も首を傾ける。
「共通点がない」
瀬戸が数字を見つめる。
「だからこそ意図的にも見える」
千尋は続きを読んだ。
第十一話。
主人公はとうとう鍵を使う。
だが、最初に見つけた古い建物ではなかった。
自宅の物置。
ずっと前から開かなくなっていた小さな箱。
拾った鍵が、なぜかそこへ合う。
箱の中には手紙が一枚。
手紙には、主人公自身の名前が書かれている。
そこで第十一話は終わる。
「急に不思議になった」
玲司が言った。
千尋は最終話を開いた。
第十二話。
手紙を読む。
だが、内容の大半は書かれない。
主人公が最後に窓を開ける。
朝の光が部屋へ入る。
鍵を机へ置く。
そして物語は終わる。
千尋は最後の一行まで読んだ。
数秒。
誰も話さなかった。
「……終わり?」
玲司が最初に言った。
「終わりです」
「手紙の内容は?」
「書かれてません」
「鍵は?」
「拾った理由も分かりません」
「なんだこの小説」
千尋は少し笑った。
「そういう作品なんじゃないですか」
「気になるところ全部残して終わった」
「だから覚えてしまうのかもしれません」
透は前回のサイトへ戻った。
入力欄。
作品タイトル。
作者名。
42。
11。
8。
組み合わせ。
どれも通らない。
WRONG.
「違う」
玲司が机へ伏せる。
「十二話読んでWRONGはつらい」
千尋は日本語版を閉じなかった。
「まだEnglish版があります」
真昼がすでに開いていた。
丸眼鏡の奥の目が、文章を追っている。
「同じ話です。でも……」
真昼が第一話へ戻る。
日本語版。
English版。
二つを並べる。
「細かく比較したいです」
「翻訳が違うだけじゃない?」
玲司が聞く。
「その可能性もあります」
真昼はノートへ一行書く。
「だから、違いを全部見ます」
千尋もEnglish版を開いた。
自分の英語力では、真昼ほど細かくは追えない。
それでも、同じ場面なのは分かる。
主人公。
朝。
道。
鍵。
似ている。
同じ。
でも。
どこか違う。
「これ、管理者が見つけさせたかったのは小説そのものじゃないのかもしれませんね」
千尋が言った。
透が振り向く。
「どういうこと?」
「この作品を見つけることが次の謎じゃなくて」
千尋は画面を切り替えた。
JAPAN。
English。
またJAPAN。
「二つあることに気付くところまでが、入口なのかもしれません」
真昼が小さく頷いた。
「私もそう思います」
瀬戸は42・11・8を保存する。
「この数字は?」
千尋は少し考えた。
「分かりません」
「暗号じゃない可能性もある」
「あります」
「なら消す?」
千尋はすぐに首を振った。
「残します」
透が笑う。
「真昼みたいになってきたな」
「最初から記録するほうです」
千尋はノートへ丁寧に書いた。
42・11・8。
今は意味不明。
その横に、小さく丸を付ける。
午後八時四十六分。
グローバル解読フォーラムにも、STORY GARDENの存在が広まり始めた。
作品ID0317。
『朝に落ちる鍵』。
世界中からアクセスが集中する。
しかしサイトにはGoodボタンがない。
コメント欄もない。
閲覧数も表示されない。
昨日まで誰にも気付かれず置かれていたかもしれない小説が、突然、世界中で読まれ始めた。
それでも作品ページの見た目は何も変わらない。
数字は増えない。
順位も上がらない。
ただ。
そこにある。
千尋はその静けさが少し気に入った。
何千万人が読んでも。
一人だけが読んでも。
画面は同じ。
「誰も読まない小説だったのに」
千尋が呟く。
透が聞く。
「ん?」
「今は世界中で読まれてますね」
玲司が笑った。
「作者、びっくりしてるかな」
「作者が今も見ていれば」
真昼が返した。
その一言で、少し静かになった。
作品が投稿されたのは、かなり前。
管理者はなぜ、この作品を知っていたのか。
作者R.N.は何者なのか。
管理者と関係があるのか。
それとも。
ただ、誰にも注目されていなかった作品を見つけて、謎へ利用しただけなのか。
透が作者ページを保存する。
「これも残しておく」
作品一覧。
投稿年月日。
プロフィール。
JAPAN版。
English版。
全部。
千尋も十二話を保存した。
そして最後に、42・11・8。
三つの数字をもう一度見た。
バスの座席。
建物の扉。
経過した日数。
意味はつながらない。
暗号らしくも見える。
ただの物語上の数字にも見える。
千尋はノートを閉じた。
今は、それでよかった。
分からないものを無理に答えへ変えなくてもいい。
物語は見つかった。
次は。
二つの物語を比べる。
真昼が丸眼鏡を直し、JAPAN版とEnglish版を並べた。
「明日までに、文章を全部比較してみます」
玲司が顔を上げる。
「十二話全部?」
「全部です」
「大変そう」
「動画を一コマずつ見る人に言われたくありません」
玲司が黙った。
透が笑う。
瀬戸は42・11・8を眺めたまま、小型ノートPCへ保存する。
千尋は机の横に置いていた分厚い本を手に取った。
今日読むはずだった本。
けれど、すぐには開かなかった。
パソコンには、まだ『朝に落ちる鍵』が表示されている。
Goodボタンはない。
コメントもできない。
読んだことを作者へ伝える方法すらない。
それでも。
誰かが昔ここへ置いた物語が。
長い時間を経て。
百兆ドルへ続く謎の一部になった。
千尋は作品の最終行をもう一度読んだ。
そしてページを閉じる。
机のノートには、三つの数字だけが残った。
42。
11。
8。
この夜。
五人はそれを、次の謎を解くための候補の一つとして保存した。
重要なのか。
偶然なのか。
まだ誰にも分からない。
ただ。
誰も読まないはずだった小説は。
確かに、次の扉の前まで彼らを連れてきていた。