「……俺は、エトワール様に永遠の忠誠を誓います。貴方の剣になり、盾となります。俺の命はエトワール様のものです」
「あ……えっと」
吃驚した。
私の心臓はバクバクとなって煩かった。グランツが言いかけた言葉はまるで、告白のようにも聞えてしまったから。だから、もしかしたらもしかして、告白されるんじゃないかな……とか何処かで期待している自分がいた。されたところで、その愛に応えるだけの勇気も器もないというのに。きっと、心の何処かで愛されたいとか思っているせいだなと自分で自分を心の中で殴りつつグランツを見上げた。
グランツは、苦虫を噛み潰したような表情をしていて、とても忠誠を誓った人間とは思えない顔をしていた。
何か、言いそびれたとか、言いたいことが言えなかったとか……そういうようにも捉えられる。
ふと、彼の好感度を見れば76%となっていたけど、それが恋愛感情なのか好意なのか忠誠なのかとかもう全く分からなかった。本編のストーリーのことを必死に思い出しても、100%でクリアと言うことぐらいしか覚えていないため、その細かい数値でそのキャラがどんな感情を私、若しくはヒロインに抱いていたかなんて分からない。
(でも、76……だし、きっと恋愛感情じゃないよね……)
そう思うことにしたが、何故か胸の奥底ではもやもやとしたものが渦巻いている。
何だろう、この気持ち。
今まで感じたことの無い、複雑な感情。
乙女ゲームのヒロインだったらこんな時如何するのだろうか。
「ねえ、グランツ。伝えたかった事ってそれだけ?」
「…………はい」
「本当に?」
「…………」
返事がない。ただの屍のようだ。
(じゃなくてッ……!)
グランツが何を考えているのか、今更ながらよくわからなくなった。いいや、初めから分かっちゃいなかったけど。
どれだけ聞いても、それ以上何もないというようにグランツは黙ってしまうし、もうコレでは拉致があかないと思い私もそれ以上聞くことはしなかった。
そうしたら、そうしたでグランツはまた複雑な表情をするから訳が分からない。
「……ここに連れてきてくれてありがとう。すっごく綺麗だった」
「はい、それは良かったです」
「え、もっと何か感想とか……ないの?」
「エトワール様が喜んでくれるだけで俺は良いので」
「そう……」
グランツはそれだけ言うと、視線を逸らしキラキラと輝く城下町を見下ろしていた。優しく吹く風は彼の亜麻色の髪を揺らし、その横顔はとても美しく見えた。
そして、私はその横顔を眺めながら先程の彼の言葉を頭の中で繰り返し再生していた。
『俺は、エトワール様に永遠の忠誠を誓います。貴方の剣になり、盾となります。俺の命はエトワール様のものです』
(やっぱり何処か壁があるというか、距離があるというか……まあ、主人と従者みたいな関係だしそうなんだろうけど……)
彼は、ゲームの中でも攻略キャラデありながら口数が少なかった方だし、確かに好感度は、エトワールストーリーの中で上がりやすいキャラでもあり、ヒロインストーリーでもグランツルートは進めやすかった。だから、それが好感度に表れているのだろうけど。
結局何を考えているか分からないせいで、本当に攻略できているのかすら分からない。
他のキャラはゲーム内ではもっと熱く愛を伝えてきていた気がするから。ああ、あの双子は違うけど。
そうして、流れ始めた沈黙に耐えきれなくなった私は、グランツの名前を呼んで帰ろうと彼に手を差し伸べた。
「如何したの? ほら、帰ろうよ」
「……いや、その、手は……」
「え……あ」
差し出した手を掴まれなかったことに寂しさを覚えつつも、そのまま下ろそうとしたが、何故かグランツに止められてしまった。
まだ何かあるのだろうかと思って見上げれば、彼は暗がりでも分かるぐらいに頬を赤らめ視線を彷徨わせていて、彼が手を取ることにためらっていたと言うことが見て取れた。
相変わらずだと思いつつ、そういう所は可愛いなと思ってしまう。
「握りたければ、握れば良いし。無理に握り返す必要ないから」
「……ですが」
「私は、極力アンタに命令はしないつもりでいる。だって、嫌じゃん。命令されてあれもこれもって」
「……俺は、貴方の護衛騎士ですから。貴方は主で、俺は従者で」
「かも知れないけど」
また、その言い訳を使って逃げようとしているグランツの逃げ場を私は塞ぐ。
私にとっては主とか従者とか関係無い。確かに、守られている立場だって言うのは分かるし、此の世界が階級社会だって子とも理解している。
けれど、今、彼は私にとって大切な人だから。
「アンタが如何したいかって、それで決めていい。アンタの意思で、決定して」
「……エトワール様」
私がそう言うと、少し考えるように黙ってからグランツは私の手をそっと取った。
それは、とても優しい力で、震えていた。何を恐れることがあるのだろうかと私は思ったが、思えば私の方が大胆なことをしているなって思った。
(これが、リースだったら出来ないだろうけど……)
恋人だったのに、恋人つなぎどころか手を繋ぐのでさえ恥ずかしくて出来なかった私が何でグランツの手は取れるのか。差し伸べられるのか。きっと、彼に抱いている感情がリース……遥輝に抱いている感情と違うからだと私は思う。
そうして、つなぎ替えされた手を見ながら頭の中でリース以外の人物の顔がちらつき、そういえば彼奴の手も繋げないな……とか、一人で苦笑した。
それを見てか、グランツは不思議そうに私の顔をのぞき込む。
「ほら、何をしてるの? 早く帰ろう」
「……手を」
「うん」
「繋げたことが……嬉しく、て」
繋いでいない方の手で口元を隠しながら、彼はぼそりと呟いた。
その様子はまるで、初恋をした乙女のように初々しく可愛らしいもので、そんなグランツを見たことがなかった私は思わず、ぽかんとした表情で彼を見つめてしまう。
すると、それを隠すようにグランツは握っている方の手に力を入れた。
「ちょっと、痛い……かも」
「す、すみません」
と、慌てて謝った彼の声は何処か弾んでいるような気がして、思わず眉がハの字にまがる。
謝っているのだろうけど、それが少し感じられないというか。
(気のせい……気のせい……)
そう言い聞かせ、彼の頭上でなった好感度を確認して私は彼にエスコートして貰いながら聖女殿へと向かって歩く。
その間、私とグランツの間に会話はなかったが、沈黙は苦痛ではなく寧ろ心地の良いものだった。
そして、聖女殿に着いて、グランツとはそこで別れた。
聖女殿に入る前にグランツが言った言葉に、私は思わず目を剥くことになる。
彼は、私の耳元で囁いたのだ。
「さっきの言葉は本心ですから。貴方の剣となり盾になると……俺の命は、エトワール様のものなので。俺は、貴方に死ねと命令されれば死にますから」
「……え」
グランツは、そういってぺこりと頭を下げよい夢を。と一言残し去って行った。
私はその背中を見送りながら、震える自分の身体を押さえながらははっ……と乾いた笑いを漏らしていた。
最後に見たグランツの好感度は80%になっており、彼がリースに続いて好感度の高いキャラとなっていた。
「……違う、何か違う……」
と、私は呟いた。
確かに、グランツの忠誠心は本物だろうけど、今までに感じたことのない恐怖を私は身体全体で感じていた。
好感度は高いのに、何か違うと頭の中で警鐘が鳴っている。
もしかしたら、何処かで選択肢を間違えたのではないかと。
別に、グランツを攻略しようとは思っていない。ただ、一緒にいて、そうして上がった結果が今のグランツの80%という好感度なのだ。
「いいや、疲れたし寝よう……」
私は考えることをそこでやめ、先に帰っていたリュシオルと合流し今日あったことをゆっくり話ながら、気づいたら眠りについていた。
まだ、星流祭は後三日間も残っているのであった。