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ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
#Paycheck
ゆゆゆゆ
深夜。
部屋の中は静まり返っている。
時計の針の音だけが、やけに響く。
エリオットは目を開ける。
眠れていない。
隣を見る。
チャンスは寝ている。
規則的な呼吸。
「……」
しばらく見つめる。
いつもの顔。
見慣れた輪郭。
――本当に?
ふと、そんな疑問が浮かぶ。
“見ていない部分がある”
頭の奥で、あの声が蘇る。
エリオットはゆっくりと体を起こす。
音を立てないように、静かに。
床に足をつける。
そのまま、迷いなくドアへ向かう。
夜の外気は冷たい。
昼間よりも静かな街。
人気のない路地。
――いる。
街灯の下。
黒いコート。フェドラ帽。
マフィオソは、最初からそこにいたように立っている。
「来ると思っていた」
低い声。
エリオットは足を止める。
「……ああ」
否定しない。
沈黙。
「続きを聞かせろ」
それだけを言う。
マフィオソはわずかに笑う。
「いいだろう」
ゆっくりと歩み寄る。
「彼はな」
静かに、言葉が落ちる。
「一度、すべてを切り捨てた」
夜の空気が重くなる。
「仲間も、関係も」
一歩、近づく。
「私も、その中に含まれている」
視線が絡む。
「……理由は」
エリオットが問う。
マフィオソは少しだけ間を置く。
「選んだからだ」
「何を」
「“今”を」
その答えに、胸の奥がざわつく。
「……じゃあ」
エリオットはゆっくりと言葉を続ける。
「お前は、捨てられた側か」
マフィオソは、否定しない。
「そうなるな」
あっさりと。
だが、その目はどこか歪んでいる。
「だから、追ってる?」
「違う」
即答。
「取り戻しているだけだ」
静かな狂気。
エリオットの喉がわずかに動く。
「……何を」
マフィオソは、一歩踏み込む。
もう、逃げ場はない距離。
「彼の一部を」
そのまま、エリオットを見る。
「――君を含めて」
沈黙。
心臓の音が、やけに近い。
「……俺は」
エリオットが低く言う。
「お前のじゃない」
マフィオソは、ほんの少しだけ笑う。
「分かっている」
否定しない。
「だが、君は彼の中にいる」
ゆっくりと、手が伸びる。
エリオットの頬に、触れる。
冷たい。
「そして同時に、彼は君の中にいる」
指が、わずかに滑る。
「だから――」
顔が近づく。
「君を通して、彼に触れることができる」
息がかかる距離。
エリオットは動かない。
拒絶しない。
逃げない。
ただ、見ている。
その奥で、何かを確かめるように。
「……見えるのか」
小さく問う。
マフィオソは答えない。
その代わりに――
「私の向こうにも」
囁く。
「君の知らないチャンスがいる」
触れる。
キス。
一瞬。
なのに――
時間が引き伸ばされる。
その奥で。
重なる感覚の中で。
別の気配が、確かに“いる”。
触れたことのある温度。
知っているはずの感触。
だが、違う。
同じで、違う。
息が、わずかに乱れる。
キスが離れる。
エリオットは、ほんの少しだけ目を見開く。
「……今の」
言葉が続かない。
マフィオソは静かに笑う。
「見えただろう」
確信。
エリオットは何も言えない。
否定できない。
今、確かに――
“重なった”。
「……気持ち悪いな」
ぽつりと落とす。
だが、その声は完全な拒絶じゃない。
むしろ――
確かめたい、という響きが混ざる。
マフィオソはそれを見逃さない。
「そうだろう」
満足そうに。
「だから、やめられない」
夜の空気が、さらに深く沈む。
境界が、曖昧になる。
どこまでが“チャンス”で。
どこまでが“マフィオソ”で。
そして――
どこまでが、“自分”なのか。
もう、はっきりしない。