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色々辛いことがありすぎて、誰よりも優秀なのに自己肯定感が低く 自分に全く自信が持てなくなっている尊さんが痛々しい....😢 朱里ちゃんは 忍のことをきっと覚えていて、彼に逢いたいと思っているよ…✨
忘れてることなんてないよ〜!あーゆー時だったから顔の記憶はいまいちかもだけど、忍って言えば思い出すよ〜!!!
↓ガン見👀間違いない🤭朱里ちゃんはもちろん、恵ちゃんもレベル高いと思う美女コンビ✨✨ 尊さん恵ちゃんにお願いしといてよかったね。救わられてるはず🥺
それから、本当に生活のすべてに色がなくなったように思えた。
飯を食ってもうまくない。映画を見ても、本を読んでも感動できない。
俺のマンションには、母の形見のグランドピアノがある。
もともと母は速水家から勘当されたあと、身一つで父と結婚しようとしていた。
だから所持しているピアノは速水家に縁のある物ではなく、父が母にマンションを買い与えた時、一緒に贈ったものだ。
学生時代、父は音楽室で母が弾くピアノをうっとりとして聴いていたらしく、将来は子供にピアノを習わせたいと決めたようだ。
グランドピアノのある環境で育った俺は、自然と音楽を愛するようになった。
十歳までは母にピアノを師事し、篠宮家に移ったあとは、父に『ピアノだけは続けてほしい』と頼まれて都内のピアノ教室に通った。
ピアノ教室の先生には期待され、コンクールにも出場してそこそこの成績を収めた。
だが音楽学校に入るつもりはなく、プロになるつもりもない。
クラシックも好きだが、自由さを求めてジャズピアノに手を染め始めた。
ピアノは唯一、俺が自分を表現する手段だった。
篠宮家で弾けば怜香がうるさいと言うのは目に見えているので、俺のピアノは防音が効いた借り物件に移された。
寝食は篠宮家でしていたが、他の時間はその部屋でピアノを弾いて過ごし、ひたすら勉強した。
――だが今は、ピアノを弾いても楽しいと思えない。
宮本も今まで付き合った女性たちも、全員怜香のせいで離れていったと知り、行き場のない怒りを抱くものの、どこにも発散できない。
食べるのも面倒臭くなり、缶コーヒー一本で済ませる日もあった。
そんな中、俺の心を救ったのは、中村さんから送られてくる朱里の写真や動画だった。
『…………は、……よく食うわこいつ』
スマホの動画では、以前より笑うようになった朱里がハンバーガーを食べている。
《マジで? 朱里二個目?》
最近よく動画に登場するようになった田村が呆れたように言い、朱里は《お腹すいたもん》と言って二個目のハンバーガーに手を伸ばす。
《栄養が全部胸にいってるんじゃない? 私に分けてよ》
そう言ったのは中村さんだ。
《分けられるなら分けてあげたいよ。こないだだって痴漢に遭って……、あー、腹立つ》
朱里が痴漢に遭ったと聞いて、気持ちが穏やかでなくなる。
だが田村と付き合い、側に中村さんもいるなら……と自分に言い聞かせた。
朱里はしばらくモグモグと口を動かしていたが、溜め息をついて呟いた。
《家に帰りたくないな》
俺は彼女の今の家庭環境を思い、溜め息をついた。
朱里の母親は再婚し、現在は継父と継兄、継妹と暮らしている。
高校一年生の思春期まっただ中に生活環境が変わり、朱里が動揺していない訳がない。
おまけに今までは母子家庭だったのに、新しい生活空間には血の繋がっていない〝男〟がいる。
《お父さんはいいんだけど、亮平が気になるんだよね。こないだなんて学校まで迎えに来たんだよ? クラスの人に彼氏かって聞かれて困ったもん》
《家族になったばっかりだし心配だったんだろ。朱里は考えすぎだよ。そうやって家族を疑うのは良くないと思う》
田村に言われるが、朱里は首を横に振る。
《……心配……だったのかもしれないけど、……なんか違うんだよなぁ。ハッキリしないけど、雰囲気がねっとりしてるんだもん》
そのあとも朱里は継兄への不満ともつかない感情を吐露したあと、大きな溜め息をついて継妹への愚痴をこぼした。
《美奈歩は私への当たりが強いったら。同じ空間にいるだけなのに、わざとらしく大きい溜め息つくんだよ。……どうすれっつーの》
《朱里は巨乳美少女だから、お兄ちゃんを取られるって思ったんじゃない?》
中村さんにからかわれるように言われ、朱里は彼女を睨む。
《家族なんだから体型とか顔とか関係ないでしょ。……もしも亮平がそういうところを気にしてるんだったら……。うわあああ……! 鳥肌立ってきた!》
嫌がった朱里は、高速で手を動かして自分の二の腕をさする。
《……ところで恵、なんでいっつも動画とってるの?》
《いいじゃん。可愛い朱里を記録に残しておきたくて》
《パンダの成長記録か!》
朱里は中村さんに明るく突っ込み、ポテトに手を伸ばした。
『……なんとかやれてるみたいで良かったな』
あの時命を救った朱里が、こうして普通の生活を送っているのを見ると気持ちが安らぐ。
(……いつか直接会ってみたいって思うのは、危険な考えなんだろうな)
ベッドの上に仰向けになった俺は、スマホを置いて目を閉じる。
あれから二年経ったし、忘れてる……事はないと思うが、顔をハッキリ覚えているかと言われたら、難しいだろう。
俺はこうして写真や動画を見て朱里の成長具合を知っているが、彼女は二年経った俺の姿を知らない。
昔からの友人であっても、まったく連絡を取らない間、少しでも雰囲気が変われば判別がつかなくなる可能性は高くなる。
朱里を助けた時の俺は大学生だったから髪の色を少し明るくしていたし、髪も今より長かった。
だが今は黒に染め直して短めに切り、サラリーマンとして相応しい格好になっている。
――きっと分からないに決まってる。
俺は心の中で、期待する自分を否定した。