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昼食を食べたカフェに併設されたデリで、夕食用のおかずをいくつか購入してから、二人は瑠維のマンションに戻ってきた。
明日は仕事だし、一人なら少し怠けてしまおう。そんなふうに思いながら冷蔵庫に商品をしまう。
「春香さん、僕はこれから出かける準備をしますが、もしインターホンが鳴ったら出ずに教えていただけますか?」
「うん、もちろん」
そう告げて瑠維は書斎へと入っていく。
ここは瑠維の家だし、彼を通すのが当たり前だと思うのだが、わざわざそう告げるということは、何か知られたくない相手が来るのだろうか。
ま、まさか女性ーー? 好きになるのに時間がかかるし、彼女もいないと言っていたはずなのに、実はそう言う相手がいたりするのだろうか。
でもよく考えればその方が無駄に傷付かなくて済むのかなーーそう思うのに、どうしてこんなにモヤっとするのだろう。
その理由を本当はわかっていた。思っている以上に、自分の中での瑠維の存在が大きくなっているのだ。
これじゃあ沼にハマって抜け出せなくなっちゃうーーしかももしフラれたら、すぐに浮上することは困難だろう。
キッチンに立ちながら、悶々と考え事をしていると、
「春香さん?」
と呼びかけられて、ようやく我に返る。
「は、はい⁈」
春香は瞳に飛び込んできた瑠維の姿を見て、思わず息を飲んだ。
瑠維はグレーのスーツに身を包み、再会した時と同じくコンタクトをつけているようだった。
春香の胸が大きく高鳴る。耳にまで届くほどの心臓の音は驚くほどの速さで打ちつけ、息を止めてしまったため、呼吸も激しく乱れた。
再会してからは普段着ばかりだったから、こういうギャップは心臓に悪すぎるーー。元々イケメンの瑠維が、更にカッコよく見えてしまう。
「ボーっとしていましたけど、どうかされましたか?」
「えっ、いや、なんでもないの。気にしないで」
「そうですか? それならいいですが……」
その時、スーツのジャケットの襟が立っているのを見つけた春香は、彼のそばまで駆け寄る。
瑠維の向かいに立つと、スーツの襟元へ手を伸ばした。
「瑠維くん、襟が少し立ってる」
「えっ……」
「うん、これで大丈夫ーー」
そう言ったのも束の間。互いの顔が至近距離まで寄っていたことに気付き、春香は目を瞬きながら硬直した。
「……春香さん、近いです」
「だ、だよね! つい襟に気を取られちゃった。ごめんなさい!」
無表情、そしていつもの冷静な口調でそう言われて、慌てて離れた。
「……こういうこと、簡単にやってはいけませんよ。大抵の人はすぐその気になりますから」
「そ、そんな簡単にやりません! 今のはたまたま……その、瑠維くんだったから……」
「……僕だったから?」
すると瑠維は下を向き、しばらくしてからは顔を上げた。
「わかりました。その言葉を信じますが、油断は禁物ですからね」
「き、肝に銘じます」
「それならば良いです」
何故自分が怒られているのかわからなかったが、やけに瑠維が満足そうに鼻息を荒くしていたので、今はそのままにすることにした。
「パーティーはどこでやるの?」
「SKホテルです。もうすぐ迎えが来るはずなんですが……」
瑠維はスーツのポケットからスマホを取り出し、メッセージを確認する。しかし連絡が来ていなかったようで、大きく息を吐いた。
その時だった。玄関の方で音がしたかと思うと、突然リビングのドアが勢いよく開かれ、肩までの黒髪の女性が中へ入ってきたのだ。
「先生! お迎えにあがりました!」
三十代前半くらいだろうか。パンツスーツに身を包んだ女性は、部屋の中を見渡しながら歩いてくる。そしてキッチンにいた春香と瑠維を見つけると、驚いたように二人を交互に見つめた。
「あ、あなたは誰ですか!」
急に険しい表情になり春香を睨みつけると、ガツガツと歩いて二人の間に両手を差し込み、引き剥がそうとした。
「ちょっ……あなた! 先生から離れなさい!」
あまりの剣幕に、町村のことを思い出して体が震えた春香を守るように、瑠維は春香の肩を抱いて自分の背後に移動させる。
彼の腕に抱かれ、町村のことをすぐに頭から追い出すことは出来たが、冷や汗と心拍数を抑えることは出来なかった。
「|鮎川《あゆかわ》さん、大丈夫ですから落ち着いてください」
「大丈夫って……じゃあその方はなんですか⁈ まさかまた……!」
「違います。彼女がここにいるのは僕の意思です。僕自身が彼女にいてほしいとお願いして留まってくれているだけなので、余計なことは言わないでください」
瑠維が険しい表情で大きな声で話すのを見たのが初めてだった。それは目の前の女性も同じだったようで、驚いたように目を見開くと、ギュッと口を閉ざした。
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白山小梅
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