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「俺は誰も愛さないーー」

その残酷すぎる言葉を伝えられても諦められないこの気持ち。


それでもいいから、そばにいたいーー。

でも、それはあなたを苦しめているだけなの??


どん底にいた私を助けてくれたあなたは、本当は優しい人だと知っている。

あなたには幸せになって欲しいからーー。私はあなたから去ることに決めた。


最後に望むのはキスひとつ






※※※



木々の緑が生い茂る大きなチャペル。

風で揺れる木々の音と鳥のさえずり。


幸せな人の集まる場所。

一生に一度の主役の一日を……。


最高の瞬間をあなたに……。


そんな自社のCMを頭の中で思い浮かべながら、麻耶は真っ青な空を見上げた。


しかしそんな気分も吹き飛ばすように声が飛び、麻耶は現実に引き戻された。


「水崎!この花の発注終わっているか?」

「はい!大丈夫です!主任!」

「麻耶ちゃん、この模擬挙式のヘアメイク押さえてある?」

「美樹さん、大丈夫です!」


麻耶は忙しく掛けられる言葉に、走りだしながら答えると慌てて腕時計に目を落とした。


(やばい!ぼんやりとしている場合じゃなかった!新規の見学のお客様まであと1時間しかない!あー急がないと!)

麻耶は自分を奮い立たせるように、一度頬を軽く叩くとチャペルへ向かった。


水崎 麻耶 25歳 全国に数十店舗のゲストハウスを展開する大手ブライダル会社、ベストウェディング株式会社のウェディングプランナーになり3年目。

地方から就職と同時に上京し、一心不乱にこのブライダル業界に身を置いている。

身長は165㎝と少し高いが、胸は小さく凹凸の少ないからだが多少コンプレックスだ。濃い茶色の肩の半分ぐらいの髪を一つに束ね、なるべく上品に見える化粧を意識はしているが、ぱっちりとした瞳が返って幼く見える事を気にしている。


そんな麻耶が半年前に異動になった先が、満を持して3か月後の4月上旬にオープンを控える新しいゲストハウス、『アクアグレースAOYAMA』。

大きな2つのチャペルが売りの式場で、東京都内にありながら緑に囲まれた大きな大聖堂はまるで森の中に建つような雰囲気を醸し出している。


大きなステンドグラス、ゴシック様式の細かな装飾が施された大聖堂は、いくつものチャペルをみてきた麻耶から見ても憧れる物だった。

そして、もう一つはまったくの異なった近未来を思わせるようなモノトーンを基調にしたチャペル。

現代の多様なニーズにこたえるために作られたもので、自由な発想で式をできるようにと作られたチャペルだ。


披露宴会場も4会場からなり、それぞれ雰囲気の違ったものになっており、全国にある会場の中でも最大の規模のゲストハウスという事もあり、社をあげて大きなイベントや宣伝を打つ予定だ。


そんな重要なポジションに異動になり、麻耶は仕事に奔走していた。


オープニングイベントの準備はもちろん、式場を見学にくるカップルの接客、すでに挙式日が決まっているお客様との打ち合わせと麻耶はやることで溢れていた。


ミスの無いように麻耶はポケットからメモ帳を取りだすと今日のやることをもう一度確認し、軽く息を吐いて大聖堂へと急いだ。


(えっと、今日は大聖堂メインのご見学だから……お花とチャペルの最終確認をして……うん、間に合うな)


一人で頭を働かせながら大聖堂に入ると、祭壇の前に2人の男女が立っている姿が目に入った。


(えっと……見学予定は入ってなかったはずだけどな……)


麻耶は慌ててお辞儀をするとそっと顔を上げた。

遠くから見てもそのふたりは美男美女で、男性は真っ黒の髪をきちんとセットし、切れ長の瞳、整った顔、そして180㎝はありそうなモデルの様なスタイルに、上品なスーツに身を包んでいた。また、女性もセットアップのスーツ姿に髪をきちんとアップにした綺麗な女性だった。


「ご見学ですか?」

麻耶は祭壇に近づきながら笑顔でその二人をみると声を掛けた。

「え?」

女性の方が驚いたように麻耶をみた。


その問いに麻耶も首を傾げまじまじとその男性を見上げた。


(え……っと、ちょっと待って、嘘でしょ……私なんて声を掛けた??)


「失礼いたしました。社長!」

麻耶は勢いよく頭を下げると謝罪の言葉を述べて1歩後ろに下がった。


そこにいたのは若干29歳の若さにしてこの会社を立ち上げた宮田芳也その人だった。


社内では、世界に展開するMIYATAのグループの会長を祖父に持ち、父が宮田自動車の社長という噂があるが真相は定かではない。


麻耶の知る限りでは、芳也はアメリカの有名大学を卒業し、資産運用で資本金を集めたとかで、6年前にブライダル業界に参入しあっと言う間にこの会社を上場するまでにした人物。

そして身長も180㎝はあり、顔もどこかのモデルより整っている。

引き込まれそうな漆黒の瞳、同じく黒のすこし波打った髪。


憧れる女性社員も多いが、麻耶にとってはあまりにも完璧すぎて見ているだけの存在というより、見ても気づかないぐらいの存在で、遠い壇上や画面の中の記憶しかなく、あまりにも非現実的な人だった。


「私こそ勝手に悪かったね。気にせず仕事をして。えーと?」

「あっ、水崎です。水崎麻耶です」

「水崎さん、がんばってね。急いでいたように見えたけど?」

ビクビクと様子を伺っていた麻耶を見て、少し微笑を湛え芳也は言うとニコリと笑顔を向けた。


(なんて整った笑顔なんだろ……)


そんな事を思っている自分にハッとし、麻耶は時計に目をやると、「いやー時間!」ついそう叫び、慌てて花のチェックや、祭壇のチェックをバタバタと始めた。


クスクスと社長の笑い声に一瞬ムッとして動きを止めたが、すぐに仕事にとりかかった。



「社長!」

そんな空気を壊すように、チャペル内に響く声とともに、慌てた様子でこの式場の総責任者であり、館長の村瀬始が入ってきた。

「ああ、館長悪かったね。急に呼び出して」

「悪いと思っていますか?連絡なしに急にくるとかやめて下さい!」

社長相手にやけに語気の強い言い方をするな……。なんとなく気になり、麻耶はチラッと2人を目の端にとらえた。


「その方が社員の士気もあがるだろう?さっきその子には見学と間違われたぞ」

そんな始の言い方を気にすることもなくにこやかな笑みを浮かべて、芳也は麻耶に目を向けた。


(やめて!館長にそんなことばらさないでよ……)


麻耶は背中がスッと寒くなるような感じがして慌てて聞こえないふりをした。

しかし、そんな芳也の言葉などお構いなしに、

「え?ああ、水崎さんいたのか」


始のそのひどい言い方に麻耶は心の中でため息をつきながら、「お疲れ様です」とだけ返した。


「水崎さん、次の見学のお客様、私も見ていていいかな?反応を直接確認したいから」

「はい。もちろんです」

麻耶は芳也の声に慌てて立ち上がると、ニコリと笑顔を向けて頭をさげた。

「邪魔はしないように秘書と見学者を装って座ってみているからね」

ふんわりと笑った芳也に、麻耶は目を奪われた。


(うわー本当に本から抜け出てきたみたいに格好いい……。あのきれいな人は秘書なんだ……秘書さんって感じだな)

麻耶はみょうに納得すると、芳也たちの方に近づき、

「では、ご新郎様ご新婦様のお出迎えに行ってまいりますので失礼いたします」

そう声をかけると麻耶はチャペルを後にした。


大聖堂から続く階段の真ん中辺りで麻耶は振り返ると、真っ青な空とグリーンの中に幻想的に佇む大聖堂を見上げ大きく息を吸った。


(がんばらないとね……)


麻耶は時間の10分前には入り口に待機していた。


(あっ、今日の見学のお二人は入籍済のお二人か……)


山口 隆 ・ 沙苗 様


程なくして現れたお二人を案内して大聖堂に麻耶は向かっていた。


同じ会社の同僚というふたりはとても大人の雰囲気で、優しく新婦を見守る新郎は幸せそうだった。


「では、こちらにお立ち下さい」

20段はある階段をゆっくり登り、本番さながらにふたりにチャペルの外の前に立ってもらい、「入場です」と声を掛けてドアを開ける。


「うわー!!!!すごい!きれい!」

キラキラした瞳を向けるふたりに、麻耶はさらに説明を続けた。

「バージンロードは40メートルあり、右手にはパイプオルガンもあります。イギリスの教会の物を使用した本格的なもので音も重厚感があり、お式に品格と壮大さを演出します」

麻耶の説明に2人は目を輝かせて祭壇の前に立った。

「ここで式をしたいね」

「ああ」

二人のやり取りを聞いて麻耶も内心ほっと息を吐いた。

「パイプオルガン聞いてみたいな……」

ご新婦様の声にご新郎様が麻耶を見た。

「音だけでしたら。当日はプロの演奏者がもちろん参りますが」

「いいんですか、すみません。こいつ会社では仕事の鬼なんですけど、プライベートでは夢がいっぱいで」

ニヤリと笑った新郎に、「もう!」そう言って肩を叩く新婦を麻耶は笑顔で見ていた。


麻耶は「では少しだけ」そう断り、パイプオルガンの前に座ると、記憶をさせているスイッチをさわり鍵盤を一つおした。

幻想的なボーンという音がチャペル内に響き、二人は「すごく響く…」と息を飲んだのが麻耶にもわかった。


これこそこの会場の売りだ。まるでヨーロッパにいるような幻想的で荘厳な雰囲気。

「音の響きや、光の反射すべてにおいて社長がこだわり抜いて建てた」という館長の言葉を思い出し、後ろに座る芳也を急に意識した。


麻耶は軽く息を吐くと、ステンドグラスを見上げているお二人を横目に鍵盤に指を運んだ。

昔からピアノをやっていた事もあり簡単な曲だけならと聞かせる練習をしてきていた。

〝カノン″聞けば大概の人が聞いたことがあるだろうその曲をゆっくりと奏で始めると、チャペル内は一層荘厳で厳粛な雰囲気が広がった。


「さわりだけですがイメージが湧けばいいのですが」

とニコリと笑って麻耶がふたりの元に戻ると拍手をして迎えてくれた。

「もう、ばっちりイメージが湧きました!ありがとうございます」

「では、まだ未完成の会場もありますが、他もご案内しますね」



麻耶はちらりと目の端で芳也達をとらえ、軽く会釈をすると大聖堂を後にした。


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