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「巫山戯るな」
手を払えば、その指先に当てられた花瓶が床に落ちて、盛大に音を立て、散らばった。破片、そして、中に入っていた見舞いの花も、ぐしゃぐしゃだ。だが、そんなことに気を配ってやれるほど、余裕はなかった。
「遥輝……落ち着け」
「落ち着いていられるか。俺が、眠っている間のこと、全部はけ」
「い、いったとおりだ……かはっ、マジで、お前、落ち着け」
胸倉を掴めば、ルーメン、俺の親友の灯華は苦しそうに、声を漏らす。そして、相容れないというように、冷たい視線を俺に向けていた。
俺はそれが頭にきて、彼をそのまま投げ飛ばした。ガンッと鈍い音を立てて、ルーメンが棚にぶつかる。いつもなら、謝っていたところだが、今回は謝る気はなかった。暴力を振るっている姿を見られれば、エトワールに軽蔑されるかも知れないが、だが、許せなかったのだ。
「俺が眠っている間に……エトワールは、聖女としての地位を剥奪され、聖女殿から追い出された挙げ句、俺は、トワイライトと婚約することになっただと。俺が、それを、そのまま受け入れると思ったのか。父上に、今すぐ……」
「だから、お前のそう言うところだよ」
頭を抑えながら、俺は、ルーメンに引き止められた。何故、止めるのかと睨み付ければ、頭を冷やせというような顔で俺を見てくるルーメン。
ルーメンがしっかりしてなかったからこんなことになったのではないと分かっている。でも、俺は行き場のない怒りを誰かにぶつけることしかこの感情を抑えることが出来なかった。
もう、聖女殿に言っても、エトワールはいない。俺は、エトワールへの接触禁止令を出されてしまっていた。俺が眠っている間に、全て終わったと言わんばかりに、皇帝陛下としては、全て丸く収めたのだろう。
皇帝陛下の都合の良いように。
「クソッ」
机を壊す勢いで叩けば、ルーメンの目が鋭くなった。
俺の味方であるはずのルーメンが、敵に見えてしまい、俺は、ルーメンを睨み付ける。
「何だ、何か言いたいことでもあるのか」
「一旦落ち着け。もう、どうにもならないことだろう」
「どうにもならない?それですませるのか?俺は……ルーメンは、俺が、彼奴の……エトワールが好きな事を知っていただろ。なのに、どうにもならないことで済ませろというのか。お前の、恋人は、無事だったから安心しているんだろう。そうだろう」
「遥輝、話を聞け」
「お前の話は聞きたくない」
「これ以上、暴れてみろ。また、謹慎を食らうぞ。そうすれば、エトワール様を探しに行くことが出来なくなる」
「探したとしても、引き離されるがオチだ。それに、エトワールの方が危ない」
「分かっているなら」
「だとしてもだ、俺は、この結果に満足していない。目が覚めて、大切な人がいなくなっている悲しみ、分かるだろ。お前だって、そうだ」
と、俺は、普段は踏み込まない、灯華の地雷に踏み込んだ。
彼は、ハッとしたようなかおをしたが、言葉には出さず拳を握る。冷静な俺なら、きっと言わなかっただろう。だが、俺の味方なのか、敵なのか分からない言動をする此奴を信じてられるほど、俺は冷静じゃないのだ。それが、例え親友だったとしても。
ルーメンは灰色の髪をくしゃりと歪めながら、なんで分からないんだ。と、漏らす。
分からないのはこっちだ。
受け入れろと、どうして、この状況で言えるのか。俺が、怒るのを分かっていて、いっているのか。それほど、バカではないと思っている。何年一緒に生きてきたと思っているんだ。理解している。
だからこそ、今回のこと、何故そこまで、俺に落ち着けというのか、分からなかった。
エトワールが苦しい目に遭っていて、また、周りを巻き込んで、不幸が連鎖しているこの状況をどうにかしようと思っているのに、それすらさせてくれない。
皇帝陛下、自分の父親に当たる存在が、あまりにもクズ過ぎて、今すぐにその老人の首を跳ねたいくらいには、頭にきている。魔力が暴走しないのが、不思議なくらいにだ。
「どうしようもなくなったのは、分かっている。だが、受け入れたくない。この現実を受けいれたら、俺は、エトワールを忘れることになるだろう」
「そこまで行かないだろ。ただでさえ、お前は、皇帝陛下と仲が悪いのに、これ以上仲が悪くなったら、どうするつもりなんだ」
「お前は、どっちの味方なんだ」
「俺は」
「俺の味方じゃないのか」
「聞けよ」
一方通行だ。
こんなにも激しくぶつかったことはあるだろうかと思うぐらいには、灯華に俺はぶつかっている。八つ当たりかも知れない。
後から聞いた話、俺の暗殺を企てた、手を貸したのが、灯華の……ルーメンの恋人、エトワールの親友であり侍女であるリュシオルという女だったらしい。その女が、投獄され、罪を着せられ、このままでは、処刑されかねない状況だったと。今の俺と同じ気持ちを、灯華は味わっていた。恋人のために最善を尽くそうとした灯華の気持ちは分かる。何よりも、大切な恋人を守りたい気持ちも、いたいくらい分かる。
だが、それでも。
俺にとって大切なのは、その女ではなくて、エトワールだ。いや、その女が死ねば、エトワールが悲しむのは目に見えている。だからこそ、どちらも救わなければならない。そうしなければ、エトワールだけではなくて、灯華も苦しむことになっただろうから。
そうして、灯華の恋人の容疑は晴れ、彼は、改めて、安心できる状況になったわけだが、逆に俺は、追い詰められていた。
何故、エトワールだけが苦しい目に遭っているのか。聖女殿を追い出される事になったのか。トワイライトと婚約関係になってしまったのか。
ああ、頭が痛い。押し潰されそうだ。
「お前はいいよな、恋人が助かったのだから。それも、エトワールのおかげでだというじゃないか。それでも、お前は、エトワールの味方をしないのか」
「味方をしないと言っているわけじゃない。だが、お前は、感情にまかせすぎだ。前も、そうだったけどさ、エトワールの様のことになったら我を失って暴走する。それを、俺が何回止めたと思ってるんだよ。お前は、俺よりも頭が良いし、要領が良いだろう。だから、そう言うのもっと、自分で管理しろよ」
「お前が、同じ状況に立ってもか」
「お前は皇太子だ」
「……」
「お前が、皇位を継がなければ、他の奴になるかも知れない。そうしたら、あの皇帝の意のままの世界になる。また、苦しむ人間が出てくる。だからこそ、お前は、皇位継承権を手放しちゃいけないんだ。わかれよ」
「だったとしても、あのクズの息のねがかかった奴は、この世に何万といるだろう。元老院もそうだ。どこもかしこも、頭の固い連中ばかりだ。俺が皇帝になれたとしても、エトワールは戻ってこないだろう」
「死んだわけじゃないだろう」
「死んだわけじゃなければ良いのか」
「悪い……」
と、灯華は、それ以上言えないというように、口を閉ざした。
死んでなければ良いのか、良くない。確かに、生きていてくれればいい。だが、あの皇帝のことだ。また、何か根回しして、エトワールを追い詰めるに違いない。
俺が、あの時、暗殺者の攻撃を喰らっていなければ、こんなことにならなかったのだろうか。
いや、それ以前に、エトワールの隠していたこと、全てに気づいて、俺が彼女を救ってあげることが出来ていれば……
(ある意味今回も、エトワールに救われて……俺は)
何も出来ていない。いつも、助けられてばかりだった。
救いたいし、助けたいし、安心させて抱きしめてあげたいのに。俺はいつも抱きしめられて、守られる側だ。きっと、皇帝の話をそのまま聞いて、聖女殿を出て行ってしまったのだろう。
灯華から、まだ詳しい話は聞けていないが、きっとエトワールは最善を尽くしても、あの結果だったに違いない。あの皇帝のことだから、きっと……。
「クソ……」
「遥輝」
「俺に出来ることは何もないのか」
「……」
「エトワール……俺は、彼奴を苦しめてばかりだ」
「……遥輝」
きっと今以上に、俺は動きにくくなる。皇帝が死なない限り、俺は自らエトワールに会いに行くことは出来ないだろう。せめて、声が聞きたかった。別れる前に……
「こんな別れかたってないだろう……」
ようやく掴んだ幸せが、一気に崩れる音がした。
どうしてこうなったのか、理解できない。何を何処で間違えたのかも、理解できないからこそ、俺は頭を悩ました。答えが出ない。
頭の中から、エトワールの笑顔が消えていくように、俺は、もう一度、机を殴って、怒りをぶつけた。
「クソ……クソ……」
俺は結局、彼奴を幸せにしてやれない。
「えと……わーる……巡、巡」
会いたい、今すぐに。