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「野宿!」
「野宿になっちゃうねえ」
「いや、宿、宿が良いんだけど」
「っていっても、エトワールが、へんなところいっちゃうからだよ」
「じゃあ、転移魔法」
「コスパが悪いんで」
「ケチすぎない?」
「いや、エトワールが全部悪いんじゃない?」
森の中。
目の前には大きな湖。そして、周りには木、木、木。
完全に迷子だった。
いや、なんでこうなったとか、原因が思い出せないから、もの凄く頭の悪い人になっちゃっているんだけど。ほんと、どうしてこうなったんだろうな。
後ろで、呆れてものも言えないと、集めてきた薪に火をつけて、本気でここで野宿を始めようとしているラヴァインを私は睨み付けた。そんな睨みも、きかないというように、ラヴァインは火の魔法を発動し、薪に火をつけた。というか、はじめから、火の魔法さえあればいいじゃんと思ったのだが。
「本気で、ここで野宿するつもりなの?」
「たまには良いんじゃない?新しい体験っていうのも」
「……良くない。熊に襲われたら」
「俺が守る」
「格好いいこと言っても駄目」
「格好いいって思ってるんだ。ありがと」
なんて、ポジティヴに捉えるものだから、こっちからも、もういうことなんて何もなくて、燃える火を、ただただ見つめていた。
道に迷っちゃったのは、私の落ち度。風魔法で帝都まで行けば良いんだけど、宿屋が開いているかも不明。後、まあ、リスク的に考えたら帝都の宿屋に止るのって、危険なんじゃないかって思っちゃう。だから、これが正解って訳じゃないけど、これでよかったのかなあとかも思う。でも、寝袋とかないのに、どうやって寝れば? って、疑問も浮上する。
(慣れてるのかなあ、こういうの)
ラヴァインは何でも慣れていそうっていう偏見があった。でも、此奴って一応、貴族のボンボンなんだよね? って、本当に、ラヴァインって謎だわあ……と、彼に感心しているのか、呆れているのか分からない目を向けてしまう。すると、彼の満月の瞳と目が合ってしまって、私は思わず逸らしてしまった。
「何見てるの、えっち」
「えっちじゃないし……アンタってほんとよく分からないな、って思って」
「分からないって。俺こそ、エトワールのこと分からないよ。だから、知りたいけど。まあ、教えてくれないだろね」
「教えてくれないって……聞かないから」
「聞いてるじゃん。何回も。でも、一定の線引きというか、そういうのしっかりしてる女性だなって言うのは思ってる。まあ、それが正解。全部さらけ出すものじゃないよ。隠すところは隠した方が良い。弱みをみせるのは、本気で信頼している相手だけ。でしょ?」
「……アンタは」
「何?」
「何でもない」
パチパチと燃える炎が当たりそうで、私はひょいと避けた。
まさか、此奴と野宿することになるなんて誰が思っただろうか。初めての旅……こっちの世界にきて、初めての、野宿。いや、後にも先にも野宿はこれが初めてなんだけど。
不思議な感じだった。
嫌じゃない。
どちらかと言えば、二次元引きこもりだったから、アウトドアじゃなくて、インドア派だったし、今でも、家に引きこもっていたいよくは強いんだけど、それでも、嫌じゃないというか。ラヴァインと一緒だからかなとか、思っちゃって。
本当に自分で自分が分からなくなった。
「……隣良い?」
「いいよ。エトワール。寂しくなっちゃった?」
「寂しくって、アンタずっと隣にいるじゃん」
「確かに」
と、ふはっと笑った、ラヴァインは、どんな感情でそんな表情を浮べているんだろう。なんでこんな状況で心底楽しめるのか凄く不思議だった。
彼にとっては、当たり前というか、慣れているからだろうか。私はちっともなれていないけど。
(色々ありすぎて、整理がつかない)
飛び出す形で、聖女殿から出てきたわけだけど、本当に明日の暮らしもどうなるか分からない状態になっちゃった。どうなるのか、本当に予想できなくて、もしかしたら死んじゃうかも知れないって、そんな不安もあって。のたれ死ぬのだけは簡便だなとは思っているけど。
「……」
「いいよ、もたれ掛っても」
「いや、悪いし」
「じゃあ、俺が、もたれ掛られたい」
「何それ」
肩を抱かれ、私は、ラヴァインの元に引き寄せられる。自然と、拒絶はしなかった。誰かに、抱きしめられたかったのかも知れない。
静かな湖は、風一つふいていないいなくて、満月をそのままそっくりうちしていた。いつか、アルベドといった湖に似ているなって感じながら、私は、満月を湖越しに見る。
満月が綺麗って思えるだけ、まだ心はすさんでいないのかも知れないって。
「どうなっちゃうんだろ」
「不安?」
「…………不安っていったら、アンタを不安にさせそうでいや」
「何それ。俺は、不安じゃないよ」
「まあ、アンタは何も失ってないわけだし」
ちょっと酷い言い方だったかも、謝りたい、と思って顔をあげれば、そこには、湖に映る満月よりも美しい、瞳があった。思わず息をのめば、彼はふわりと花が咲くように笑う。
「見惚れた?」
「よく聞くけど、見惚れていないし、私はリース、一筋……だし」
そんなリースとも、もう会えないんだけど。
最高のデートのはずが、最悪のデートになって、こんな形で、お別れすることになるなんて思っていなかったから。
こうなるなら、こうなるって分かっていたならもっと早くに、好きだって気付ければ良かったかも。
(ううん、ああやって死闘を乗り越えたからこそ、見えてきた、彼の良さというか、惹かれていく過程がなかったら、きっと好きになっていなかった)
此の世界にきて、エトワールと、リースとしてもう一度出会えて、色んなドラマがあったからこそ、今の私達の関係があるんだと思った。じゃなかったら、きっと今頃付合っていないと。
「……」
「寂しい?」
「仕方ないことだって、割り切ってる。でも、皆に……皆にあいたいよ」
「それが、エトワールの気持ち?」
「うん……」
見ない振りしていた。傷つくから、考えないようにしていたのに、どうして、掘り起こそうとしてくるのだろうか。嫌な奴、と私は思いながら、彼の肩に頭をぶつける。
ラヴァインだけが、私の隣にいる。彼は、なんで……
「いいと思うよ。その気持ち持っていて」
「でも、会えない。会ったら、今度どうなるか分からない。エトワール・ヴィアラッテアのこともある。だから、私、解決……解決しても……もう、分からない。どうすれば良いの」
「……」
「助けて欲しい」
ぽろりと零れたその言葉は本音だった。しまい込んでいた本音。最近、何処かに落としてきてしまった本当の感情。それが、出てしまって、もう、ダメだと、涙がボロボロ零れてきた。
決壊してしまったそれは、止めようがなくて、私は、人目も惜しまず泣いた。醜態をさらすとか、ラヴァインの前だとか、そう言うの、関係無くて。
辛くて、辛くて、どうしようもなくて。寂しくて、冷たくて、苦しくて。
胸が張り裂けそうだった。
リュシオルが助かったのは嬉しい。でも、親友としてもう言葉が交わせないってことが悲しい。
ようやく、彼との関係が落ち着いたのに、グランツが私の護衛として、また一皮むけて、その成長をずっと見守っていたかったのに。
アルバともっと甘いもの食べに行っていればよかったとか、話したいこととか、可愛い服が似合うか持って、着せてあげたかったとか。
トワイライト、トワイライトには幸せになって欲しいけど、その幸せを噛み締めている隣で、彼女を見ていたかったと。世界一可愛い妹の笑顔を隣で見ていたかった。ずっと、姉妹でいたかったのに。
私は――!
頭に浮かんだ黄金の彼が、私にもう微笑みかけてくれないような気がして、その声が、私の名前を呼んでくれないような気がして、苦しくなった。会えない恋人。もう、恋人じゃないかも知れない。だって、これから、リースとトワイライトは結婚して、リースは、皇位を譲り受けて。
それで幸せになれるなら良い。でも、幸せになれないのなら。
「うっ……うぅ……あ、ああぁ……ああっ!」
ダメだ、止らなかった。年甲斐もなく泣いている。
目が痛い、鼻だってひくひくする。でも、涙が止ることなかった。一生懸命止るように手で目を擦ってみたけど、痛くなるばかりで、ちっとも涙は枯れてくれない。これまでため込んできたものが止るはずもなかった。
此の世界にきてから何度も泣いたけど、きっとこれが一番辛い。
恐怖の感情よりも、喪失の感情の方が辛いって思ってしまった。別の辛さがあるけれど、私にとって、孤独は耐えられなかった。
家族の無関心、学校での虐め、それら全てが孤独に追い込んだ、孤独を突きつけたものだったから。それがフラッシュバックして胸を締め付ける。
呼吸だって荒くなったし、はっ、はっと、息が続かなくなる。
耐えてきたけれど、もう耐えられない。
誰か、私の苦しみを拾いあげて。辛さに優しさという中和液を与えて。
「――エトワール」
「ラヴィ……な……っ」
ただ触れるだけ一秒だったか、コンマ一秒だったか、もう分かんないけど、確かにそれが当たった。
鼻孔一杯にチューリップの香りが広がっていく。暫くそこに漂って、あの目に焼き付いて離れないレイ公爵家のピンク色のチューリップがそこら中に咲いたようだった。
離れていく唇を見て、私は一瞬だけ、涙が止る。
何をされた?
「な……んで」
キス。
湿っぽい唇。確かにキスされたんだと、指で何度かなぞりながら、私はラヴァインを見た。
だって、此奴、今。
怒るとか、そんな感情はわいてこなかったけど、何故だろう。此奴にキスされるのが、初めてじゃないってそんな気がした。
前にも一度、バカみたいなタイミングでキスしてきた奴がいたから。
大好きな人とのキスとはまた味が違う。でも、そのキスを私は忘れたことはなかった。
「ごめん、涙を止める方法、分かんない。いやだったかも知れない。拒絶してもいい、嫌いになっても良いよ。でも、泣かないで欲しい……けど――」
彼の瞳が揺れた。大きく揺れた。そして、懺悔するように、彼は目を伏せると、ふうと息を吐いた後、私を見つめる。真っ直ぐに。満月の瞳はこれでもかというくらい輝いている。
「また、君を……――お前を泣かせるかも知れない」
その声は、聞き覚えのある声で、私は、信じられないものを目の前にして、かたまってしまった。
先ほど見た髪色は、見間違いじゃなかった。私が、見間違えるはずがないから……でも、そこまで、考える余裕がなかったのかも知れない。頭から色んなものを排除していたから。
何処かで気付いていたんじゃないかって、自分でも思っている。
けど、ここまで気づかなかったのはよっぽどだ。
「――アルベド」