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第二章 真実と混乱第1話 最初のざわめき(Day89)
《午前6時・日本/都内・通勤電車》
電車の中が、異様に静かだった。
イヤホンから流れるニュースアプリの音声が、 車両の空気をさらに重くする。
「国連が発表した“オメガ・カウントダウン”により、
世界は本日をもって残り89日としました。
最新の衝突確率は23%。 各国は冷静な行動を呼びかけています。」
スーツ姿の会社員が、目を閉じたまま天井を見つめている。
女子高生たちの会話は消え、スマホの画面だけが明るい。
「……もし本当に落ちたら、卒業式ってないのかな。」
誰も答えなかった。
《午前6時/テレビ ワイドショー「モーニングJAPAN」》
昨日の“オメガ・カウントダウン”の影響で、
番組開始から空気が重い。
MCの女性アナウンサーが言う。
「昨夜からSNSでは“直径220m説”が拡散しています。
本当にそんな巨大な隕石なのでしょうか?」
モニターには、
“巨大な黒球が東京タワーに迫るCG”が映る。
出演者A(男・60代)
「220mっていったら……ちょっとした小山ですよ?」
出演者B(科学解説者)
「もちろん正式な数値ではありません。
ただ、SNSで一部の研究者が推測として述べた数字が 独り歩きしている状態ですね。」
出演者A
「もし本当にそんなのが落ちたら……?」
科学解説者
「沿岸に落ちれば数百メートル級のメガ津波。
陸地なら、広島型原爆の数万発分以上の衝撃が……」
スタジオが静まる。
視聴者テロップが流れる。
《怖い》
《学校どうしよう》
《買いだめした方がいい?》
《政府は何を隠してるの?》
アナウンサーの声がわずかに震えていた。
「……あくまで“SNSで広まっている話”ということで、
本日の番組では“事実との区別”をしてお伝えしていきます。」
しかしこの時点で、
視聴者の心はすでにざわついていた。
#今日をどう生きるか
#オメガカウントダウン89
#地球終了まであと89日
《都内・中学校職員室》
担任の女性教師が校長に尋ねた。
「校長先生、今日の授業……どうしますか?
生徒たち、“あと89日で地球が終わる”って、朝から泣いてて。」
校長はため息をつき、窓の外の校庭を見た。
「……授業をする。
“普通”を続けることが、一番の救いだ。」
チャイムが鳴る。
だが教室では、半分の席が空いていた。
《東京・大手商社オフィス》
重役たちが会議室で沈黙していた。
大型モニターには為替チャートが真っ赤に点滅している。
「輸入契約、全部止めろ。
“90日先の納品”なんて、誰も信じちゃいない。」
「社員の出勤も減らすべきです。
皆、“最後の時間”を家族と過ごしたがってます。」
室内の照明がやけに眩しく見えた。
彼らの誰も、仕事の意味を説明できなかった。
《銀座・高級ホテルスイート》
富豪の男性がテレビを消した。
「……結局、金では宇宙は買えないか。」
秘書が静かに頷く。
「資産の一部を国外に移しました。
ただ、逃げ場はどこにもありません。」
男はシャンパンを注ぎ、
「ならせめて、良いワインを開けよう」と笑った。
笑い声の裏に、乾いた咳がこぼれた。
《渋谷・スクランブル交差点》
街頭ビジョンには、鷹岡サクラ首相の映像。
淡々とした声で語る。
「“恐怖を共有する”ということは、
同時に“理性を守る責任”を持つということです。
冷静さを失った国から、滅びていく。 どうか“今日を生きる”選択をしてください。」
周囲では記者が中継をしていた。
「国民の間では、買い占めとデマが拡大。
一方で“祈りの集会”や“生き方を語る配信”も急増しています。」
《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》
白鳥レイナが部下たちを集めていた。
「確率はまだ23%。でも、数字の意味は変わった。
“ゼロじゃない”ってことが、現実になった。」
モニターに映る世界各地の観測網。
アンナ博士の顔も画面に現れる。
「レイナ、昨日の日本の発表、見た。
あなたの国の首相……本物だね。」
「彼女の声は、国をまとめようとしてる。
でも、人の恐怖はもっと速いの。」
「……だから科学がいる。」
アンナの言葉に、白鳥は少し笑った。
「ええ、科学は“希望の翻訳機”だから。」
《報道フロア》
新聞記者・桐生誠はデスクに顔を伏せたまま、
モニターのニュースを見ていた。
「……視聴率、上がってるな。」
編集長が皮肉を言う。
「“終末”は最高のコンテンツだ。」
「……やめましょうよ、そういう言い方。」
「現実だ。人は“怖い話”で安心するんだ。」
桐生は拳を握った。
「なら、せめて“怖い”の中に、人間を残しましょう。」
《荒川河川敷》
城ヶ崎悠真は、沈黙の街を眺めていた。
昨日まで“真実を暴いた英雄”と持て囃されたSNSアカウントは、
今日には“デマを流した裏切り者”に変わっていた。
政府が正式に「オメガ・カウントダウン」を発表した途端、
人々は安心を求めて“非公式な情報”を敵に回したのだ。
「……これが人間か。」
呟きながら、ポケットから小さなメモ帳を取り出す。
中には数字の羅列と、赤い印が一つ。
「“接近確定データ”——まだ、誰も信じてない。」
遠くで雷が鳴った。
夜の空が、静かに裂けていた。
《夜・総理官邸》
官邸の外では、報道陣が夜を徹して待機している。
中園広報官が入室。
「総理、各局とも“明日の朝まで特番”を続けるそうです。
経済、宗教、教育、全部“オメガ一色”です。」
「そう……それでいいわ。」
「え?」
サクラは静かに紅茶を置いた。
「今は“沈黙”より“混乱”の方がまし。
混乱の中で、人は考える。
どう生きるか、どう終わるか。」
藤原が言った。
「それでも、総理はまだ“希望”を信じているんですね。」
サクラは少しだけ微笑む。
「ええ。人は、恐怖を見た後じゃないと希望を選べないもの。」
《ラスト:テレビニュース字幕・ナレーション風》
『政府は冷静な行動を呼びかけています。
オメガ・カウントダウン——残り89日。』
『あなたは、今日をどう生きますか。』
画面の隅、白い文字が光る。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.