いざ結婚式という一大イベントが終わり、どっと襲ってきた疲れに、車の座席でついうとうととしていると、頭がふっと撫でられて、
「よくおやすみ」
耳元に囁く低く柔らかな声に誘われるように、いつの間にか瞼は下りた……。
やがて車が停まった気配がして、ハッとして目を覚ます。
「寝ちゃってたみたいで、すいませんッ」
彼にもたれてすっかり眠ってしまっていたことに気づき、慌てて謝ると、
「何も謝ることなどない。疲れたなら眠ればいいし、君が私に頭を預けてくれるのは、幸せな思いでしかなかったから」
そう優しげな言葉がかけられて、改めてこの人と結婚できてよかったという想いを心の底から実感した。
彼の部屋へ戻り、ようやくひと息をつく。
──と、ソファーで隣に座った彼が、「……今日の君は、本当に綺麗だった」と、感慨にふけるかのように口にした。
「……貴仁さんも」
浮かんだ彼のタキシード姿に、思わず照れてうつむくと、
「ほら顔を上げて、私にもっとよく君を見せてくれないか」
顎先に指が掛かり、つと上向かせられた。
彼の顔が近づき唇が触れると、今夜っていわゆる初夜じゃないのかなと、不意に気づかされてしまった。
「……何を、考えていて?」
彼が唇を離し、不思議そうに尋ねる。
「えーっと……別に……」
初夜のことを考えてたなんて、さすがに言えなくて、口ごもると、彼が「本当に、何もないのか?」と、ますます不思議そうに首を傾げた。
「……な、ないです。ほんとに、まったく……」
なんだか口を開けば開くほど、ドツボにはまっていくような気がして、
「えっとあの……そ、そうだ、貴仁さん、香水をつけてくれるんでしたよね?」
上滑りする気持ちを切り替えようと、思い出した香水の話を振った。
「ああ、そうだったな。……つけてみてもらえるか?」
「つ、つけて?」と、よけいにまたドキドキとする私をよそに、
彼は知ってか知らずか、「ああ」と淡々と返すと、
「……前に君が言っていただろう? つけるのは、ここがいいと」
着ているシャツの胸を無造作にはだけた。
彼の素肌が目の前に迫り、これじゃあ気を少しでも逸らすはずが、全然逆効果でと感じる。
……だって、貴仁さんって、
天然なフェロモンが匂い立つようで、無性に色っぽいんだもの……。
ドキドキしながら、彼の鎖骨辺りにシュッとコロンをひと吹きする。
「うん、とてもいい香りだな」
彼がシャツの襟元に顔を寄せ、香りを確かめると、
「……どうだ? 匂うだろうか?」
今度は私の鼻がくっ付きそうなくらいに、自らの胸元を近づけてきて、
「はっ、はい……」と、恥ずかしさのあまり、伏し目がちに頷いた。
鼻先をくすぐる甘ったるいような香りは、正直コロンだけじゃなく彼のフェロモンも混じっていてと感じると、より胸が高ぶってしまう。
「……どうして下を向く?」
目を伏せた顔を気づかうように問いかけられて、
「だって……」と、口ごもる。
「そんなに強張らないでほしい。でないと、私まで緊張してしまう」
困ったように眉間にわずかなしわを寄せて言う彼に、
「貴仁さんも?」と、顔を振り仰ぐ。
「ああ……しないわけがないだろう。こんなにも、君が間近いのに……」
目の縁を薄っすらと赤く染めて口にする彼に、込み上げるたまらない想いのまま、吸い寄せられるように唇を触れ合わせた。