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「美味しいっ。凄いですね、お料理出来るなんて!」
野菜の多く入ったお味噌汁を一口食べたのだが、司さんの料理の上手さにビックリした。一緒に出してくれている『火の屋』の店長の差し入れも、勿論文句無しに美味しくって、つい次々に箸がのびてしまう。
「本の通りにやっただけだ。慣れてもいないくせにヘタなアレンジを加え様としなければ、誰でも出来るよ」
「そんな、それでも凄いですっ」
(料理の本を見て作っても、見て作ったはずなのに、私が作ったらその通りには全然ならないのに…… いいなぁ、司さん)
「俺はもともと料理はしない奴で、飯は全部外か弁当だったんだが、必要に迫られたらなんとかなったよ」
「そ、そうなんですか?」
お行儀が悪いって頭では判ってるくせに、「へぇ…… 」と、ぼそっと呟きながら咥え箸をしてしまう。『未来の私』の為にだったのかもと思うと、心境は複雑だが、嬉しい気持ちも感じてしまう
「大事な人の為とか、節約の為とか、理由が明確なら案外すんなりいくもんだ」
(明確な理由?…… 司さんも、何かきっかけがあって料理が出来る様になったの?それって…… 、やっぱり——)
「あの!自惚れかもしれませんけど、それってもしかして、私の…… 為、とか?」
「…… うーん」
頬をかき、司さんがちょっと困った表情をした。
(違ったの!?——うわ、私完全に自惚れの強い馬鹿じゃないっ)
「あまり唯の記憶に無い話をしたくはないんだけど…… 避けてもいられないか」
司さんはふぅと息を吐き出し、話を続けた。
「気になる言い方をしてしまう俺も悪いよな、すまん。でも、料理を始めたきっかけは唯だ、安心していい」
その言葉に安堵し、私はほっとした表情に。
「嬉しいのか?」
「と、当然じゃないですかっ。私の為にずっとやっていなかった事に挑戦してくれたなんて知ったら、そりゃ…… 」
頬が赤く染まっていくのが自分でも判る。
「風邪でダウンしてる奥さんを、ご飯を買いに行く為にでも放置したくはないし。かといって、餓死させる訳にもいかなかったからな。それが始めたキッカケだ」
「別にいいのに。買い物くらいほんの数十分で帰って来られるじゃないですか」
「いやいや、やっぱり気になるぞ?そんな小さな身体で、高熱出して寝込んでたら」
「か、身体は小さくても、ちゃんと大人ですよ!?」
「わかってはいてもやっぱり心配で心配で、添い寝までしたら俺が風邪ひいちゃって。後日、治ったその日に頭を叩かれたよ」
「そ、それは叩きたくなりますね…… 」
安易にそのやり取りが想像出来て、ちょっと楽しくなる。
「そうだ、料理が出来る様になりたいんだったら、台所にいっぱい料理の本があるからそれを見てみるといい」
(あれ?そういえば…… 私って『料理上手な妻』だったそうだけど、思いっきり自分で、『今は料理出来ない』って事ばらしちゃった!?)
だらだらと冷や汗が背中に流れる。『今の私』に失望されたらと思うとちょっと怖い。
「いっぱい頑張った跡のある、唯だけの料理の本がちゃんと残ってるから」
「え…… 」
司さんはスクッと立ち上がると、「見せてあげようか、俺の宝物」と言い、キッチンの方へ歩いて行った。棚の隅に並ぶ料理の本達の中から、一冊のノートを取り出す。それを手に持つと、食卓に戻り、一冊のボロボロになっているノートを私の側に置いた。
「ご飯中で悪いけど、今開いて見て欲しい」
「あ、はい」と答え、パラッと捲る一ページ目。
「『白米の炊き方』?…… 計量の方法…… 調味料の種類…… 」
料理の基本中の基本が、見覚えのある字で細かく書かれている。次のページを見ると、料理のレシピのコピーが綴じてあって、それにも細かく色々メモをした跡があった。
「唯は教えてくれなかったから、これは推測なんだが——」
食卓の向かいに座り、司さんがちょっと嬉しそうに微笑んだ。
「学生時代の唯は、料理が全く出来なかったんじゃないか?」
「あ…… えっと…… 」
もうばれているとは解っていても、素直に『はいそうです』とは言いずらい。司さんの好みが家庭的な子だったら、今の私なんてお荷物でしかないからだ。
「だけど、俺の為にこっそり、必死で、料理を覚えてくれたんじゃないかな」
「 …… 」
返事はせず、ノートに目を戻す。あちこちに丸の書かれた付箋が貼ってあったり、色々な方法で集めたと思われる基本的なレシピに追加で書かれた自分のメモを見てると、私もそんな気がしてきた。
「そう…… みたいですね」
なんだか…… 今の自分の気持ちなんか比じゃない位に、このノートの中には司さんへの『好き』って気持ちが詰まっていて、自分の物なのに気分が悪い。
「——で、これなんだけど」と言いながら、今度は司さんが別の一冊のノートを私の前に出してきた。
それを受け取り、中を開く。開く意味なんて全然感じられない、何も書かれていない、何も挟まっていない真新しいノートだ。
「…… これ、新品ですね」
「うん。俺もまだまだ料理は上手い方じゃないから、今後は一緒に、その一冊を埋めていくってのはどうだろう?」
「え…… 」
「あ、もちろん怪我が完治したらの話しだ。嫌なら無理強いはする気もないし——」と言う司さんの言葉を遮り、私は「やります!」と力強く答えた。
「よかった」
司さんが、ほっとした表情をする。でも、『よかった』は私のセリフだ。彼が、『今の私』の事もちゃんと見ていてくれているんだなって、改めて実感出来たから。
(司さんの事、『好きだ』って思った自分の選択は間違いじゃない)
私はそう強く実感した。