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「んーっ」
カーテン越しに差し込む朝の明かりで目を覚まし、ベッドの中で思いっ切り伸びをする。そしてゴロンッと転がる広いベットの上。
(…… このベッドに一人は広過ぎるよ)
そんな事を考えながら、思い出すのは昨夜のやり取りだ。
『——もうこんな時間か。そろそろ寝ておかないと、明日の朝起きられなくなるな』
ノートパソコンの前に椅子を二つ置き、一緒にインターネットで料理のレシピ探し&プリントアウトをしていた時、司さんが画面の端にある時間表示を見て言った。
『明日の朝、早いんですか?』
(何もないなら、別に寝坊しても問題ないのでは?)
一緒に好きな料理のレシピ探しをするのが楽しくて、この時間が終わってしまうのがちょっと嫌だった。でも、私はそんな我侭を司さんに言うような妻だったのかわからず、ちょっと言い出し難い。
司さんはちゃんと“今の私”と向き合おうとしてくれているみたいなのに、度胸の無い私は、あまり彼の中に居る“自分”とは違う事をしたくないと思ってしまうのだ。
『いいや、特にはない。ただ、唯にちゃんと三食食べさせてあげたいからな。店長の差し入れはあるが、それだけってのもな』
優しい声でそう言われたのが嬉しくって、我侭を言ってしまいたい気持ちは一瞬でどこかに飛んでいってしまった。
(司さんの手料理はとても美味しいからなぁ。もちろん、一緒に出してくれた店長の料理も美味しいけど、なんだろう…… 愛情の差?——なんて、私ったら何考えてんだろ)
『ベッドはさっきの部屋のを使ってもらえるか?俺は別の部屋で寝るから』
『え、そうなんですか?』
『…… あ、うん。だって流石に、ね』
ちょっと困った表情を一瞬すると、司さんが座っていた椅子から立ち上がり、ノートパソコンの電源を落とした。
『寝る前にシャワー使うなら、着替えとか全部寝室のクローゼットにあるから。あ、でも傷に染みるか…… 』
(——ね、ねる前にお風呂っ!?)
卑猥でも何でもない普通の言葉だっていうのに、変に深読みしちゃって、心臓がばくんっと跳ねてしまった。
『きょ、今日はいいかな…… 。明日にしておきます』
(でも下着だけは寝る前に替えないとな)
『うん、わかった。俺はシャワーを浴びてから寝るから、気にしないで先に休んでいて』
そう言いながら、部屋のドアの前まで行き、ノートパソコンのある部屋から出ようとした時、司さんの足がぴたっと止まり、椅子に座ったまま彼の事を目で追っていた私の方を向いてくれた。
『おやすみ』
ニコッと微笑み、司さんが部屋を出る。
『おやすみなさい』と答えると、シャワーを浴びに司さんは部屋を出て行ってしまった。
——昨夜の回想が自分の中で終わった途端、私はむすぅとした顔になった。
「むぅ…… 」
(一緒に寝たいなぁとか思っちゃったりする私って、気が早いのかなぁ?)
形だけかもしれないけど、結婚生活の記憶はなくったって、今だって私は司さんの奥さんなのに。気を使ってくれているのか、もともと一緒に寝る習慣がないのか。いやいや、この広いベッドが家にあって、でも隣の部屋にはベッドは置かれていなかったから、それは無いかと一人勝手に結論付ける。
私は掛け布団にどさっと覆い被さると、ぎゅーっとその布団を抱き締め、そのままゴロゴロと広いベッドの上を転がり始めた。
「ああっもう!」
やきもきする気持ちを少しでも発散しようと、右に左にと転がる。
(…… あれ?ちょっと楽しくない?これ)
ギリギリまで攻めて、逆に戻る。このベッドから落ちるか落ちないかの繰り返しが、なんだかゲームみたいに思えてきた。
ゴロンゴロンゴロン——
ピタッ
ゴロゴロゴロ——
「…… お楽しみの最中悪いけど、それはダーメ」
突然聞える司さんの声。急に抱き締めていた布団から引き剥がされ、ベッドから私の体が浮いた。その事にビックリし「ふあぁっ!っ」と叫びながら顔を上げると、司さんが私の腰を、お米でもかついで運ぶみたいに持ち上げていた。
「頭を怪我してるんだから、転がったら駄目だろ」
「は、はい…… 」と答えはしたが、変な遊びをしていた事を見られてしまった恥ずかしさで小さな声しか出ない。まるで叱られた子供の様な気分だ。
「ほら、朝ご飯出来たから着替えたら食卓までおいで」
そう言うと、彼はそっと私の身体をベッドの上に戻した。
「楽しかったか?」
司さんは軽く腰を曲げ、私の耳元まで近づくと、耳にかかる髪をそっと除けてそう囁いた。耳にかかる彼の息に、否応なしに頬が桜色に染まってしまう。
「ちょ…… ちょっとだけ」
表情を隠すみたいにベッドシーツへ顔を埋めながら、そう呟く。
「じゃあ、続きは治ったらだな。その時は俺も一緒にやってみようか、唯となら楽しそうだ」
司さんは私の髪からゆっくりと手を離し、居間に続くドアの方へ戻って行く。
「——ご飯が冷める前に来てくれな」
司さんがそう言い残して部屋を出ると、ドアを閉めた。
それと同時に、ベッドから床へとドサッと音をたてて、わざと転がり落ちる。フローリングの冷たい床に頬をくっつけ、私は「恥ずかしぃ…… 」と小さな声で呟いた。