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「ルキッ……!」
「聞いて、マリエッタ」
私の制止を遮るようにして、ルキウスが私の右手をその手で包み込む。
「キミになら、どれだけ連れ回されても苦にならないよ。キミがたくさん悩んで、好んで買った大切な品々を任せてもらえるのだって、僕からしたらとてつもない名誉だし」
だからね、マリエッタ。
砂糖菓子のような甘い声で、ルキウスは続ける。
「キミが今日のお供に僕を選んでくれて、本当に良かった。ありがとう、僕を頼ってくれて。もしもキミが他の誰かを連れて行ったなんて聞いたなら、その幸運な相手の家まで赴いて、マリエッタと出会った経緯から僕を押しのけて楽しんだ感想までみっちりと尋問……問いただしに行ってしまうよ」
「……ルキウス様。言い換えたところで、意味はさほど変わっていませんわ」
「あはは、だって羨ましいもの。剣を使わずに話し合いで済ませようとしているだけ、偉いと思うけどなあ」
「絶対に、おやめください」
ルキウスのことだもの、本気に違いない。
(たかが私と買い物に行ったくらいで”黒騎士”が押しかけてくるなんて、とんだ災難ね……)
まあ、友達のひとりも作れない私に、そんな日が来るのかはわからないけれど。
気を付けなきゃ、と心に刻んだ私の意識を、ルキウスが「ともかくだよ」と呼び戻す。
「マリエッタの言う通り、人は変わる。もちろんキミも、僕も。けれど、これだけは誓えるよ」
ルキウスは私の指先を引き寄せ、口づけをひとつ。
「大好きだよ、マリエッタ。キミを誰にも譲りたくない。この気持ちだけは、決して変わらないから」
「っ、ルキウス様……」
「マリエッタのお願いはなんでも聞いてあげたいけれど、”嫌ってほしい”ってお願いは叶えてあげられないかな。ごめんね」
立ち上がったルキウスが、ぐいと私の手を引いた。
わ、と勢いに傾いた私の腰を抱き寄せ、まるでダンスのホールドに似た体制をとったルキウスが、楽し気に目じりを蕩けさせる。
「世界で一番に愛してほしいってお願いなら、すぐに叶えてあげられるんだけどね?」
音楽など流れていないのに、踊り出すルキウス。
「な……っ、い、いりません! そもそも私は、婚約を破棄して頂きたく……!」
そう口にしながらも彼の調子に合わせてすんなりと踊れてしまうのは、長年の積み重ねが身体に沁みついているから。
だって幼い時から、彼がずっと練習相手になってくれていたのだもの。
多少奇抜なステップも、ルキウスが導くままにくるりと回ってみせてしまう。
「ルキウス様っ、聞いてますの!?」
「もちろん。僕がマリエッタの話を聞き逃すはずないもの」
「なら、踊っていないで婚約の破棄を……!」
「でもマリエッタだって、僕を嫌いなわけではないでしょう?」
「それは……っ」
たしかに私が婚約破棄をしたいのは、アベル様と新たな婚約を結びたいからで、ルキウスが嫌いなわけではい。
ぐっと言葉に詰まった私に、「本当にキミは可愛いね、マリエッタ」とルキウスが苦笑する。
それがここで「はい」と嘘でも頷けなかった私に呆れているのだと分かってしまったから、私はつい口を尖らせて「……嘘は、嫌いですの」と告げるしか出来ない。
ルキウスは宥めるような瞳で、
「昔からそうだもの。知っているよ。そして僕はそんなマリエッタを、心から尊敬しているし」
だからね、と。
ダンスを止めたルキウスが、妙に真剣な顔で言う。
「キミはどうしたって、”悪女”になんてなれないんだ」
「…………」
どうして。
どうしてそう、悲しみを帯びた瞳で私を見るのだろう。
先ほどまでの甘さとも、戯れめいたそれとも違う。
どこか祈るような響きを含んだ言い回しに違和感を覚え、尋ねようとした刹那。
「楽しそうなトコ悪いね、お二人さん」
「! ミズキ様」
「用意が出来たから運ばせてもらうよ。ほら、ルキウス。マリエッタ様はお疲れなんだから、余計な体力使わせるんじゃないよ」
「心配ないよ。マリエッタが歩けなくなったなら、僕が抱いて連れていくし」
「え!? へ、平気ですわ! まだまだ自分で歩けます!!」
「ほーら、ルキウス。あんた、マリエッタ様が可愛くてたまらないのは分かるけど、あんまり強引なことやってたら嫌われちまうよ。お前さんはもうちと節度ってもんを覚えたほうがいい」
ねえ、マリエッタ様。
同情に似た眼差しを私に向け、ミズキ様が机上に運んできたトレイを置く。
彼にサーブされたのはティーカップではなく、小さな花瓶のような筒状の入れ物。
白い湯気のたつ水面を覗き込んでみると、よく知った茶褐色ではなく、葉に似た緑色をしている。
「これは”緑茶”っていう飲み物でね、私の国では紅茶よりも身近なお茶なんだ。ティーカップではなく、この”湯のみ”で飲むことが多いのさ。持ち手がないし、熱いから気をつけて。よく吹いて冷ましてから、ね」