テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「レナ、逃げッ……!」
言葉は途中で断ち切られた。
お化けは自分の首に掛けられた彼女の手を掴むと、力任せに放り投げる。
リズの体が床に落ちて、また何か嫌な音がした。
「いやッ、リズ!!」
這って彼女の元へ向かおうとした私の前に、ゆらりと赤い影が立ちはだかる。
「あ……」
「レナ……」
お化けの興味は私にしかないようだ。
放り捨てたリズには見向きもせず、見上げる私に、舌を手を伸ばした。
「!!」
それでもやっぱり触れることは叶わない。
彼女が再び、背後から『私』に喰らいついていた。
「!」
背後から両腕ごと抱き込み、『私』の動きを封じる。
お化けも必死に暴れるが、その体勢ではうまく力が入らないのか腕を外すことができない。
そのまましがみついて、締め上げていく。
「グアッ……!」
軋む背骨に『私』が悲鳴を上げた。
苦しそうに呻いて、天を仰ぐ。
喘ぐように開かれた口の中で、舌が鎌首をもたげるのが見えた。
「だめッ!逃げてッ!!」
私が叫んだのと同様に、舌が矢の如く飛び出す。その切っ先は、背中からリズの肺を貫いた。
彼女の口からごぼっと新しい血が溢れる。
顔を歪ませたが、それでも手を離そうとしなかった。
それどころか、さらに腕に力を込めていく。
目を閉じて、深く深く抱きしめる。
その姿はまるで、何かを祈るようで……なぜか神々しい。
「ウ、ガアアァッ!!」
いくら痛めつけても離そうとしないリズに、お化けが苛立ちを募らせた。
業を煮やしたのか、その舌が彼女の背中から引き抜かれる。
そしてムチになった舌は、首に巻き付いた。
「やめて。もう逃げてえッ!!」
泣き叫ぶ私の声にも、リズは目を閉じたまま手を離そうとしない。
長さを増した舌が幾重にも巻き付いて、首を絞めあげていく。
やがてミシッと何か軋む音がした。
「ーーレナ」
ふっと私の名を呼んだ。
首を絞めあげられ舌を失った状態では、その声のほとんどが言葉になっていないのに、不思議とちゃんと聞き取れた。
痛めつけられ、歪んでしまった顔で振り返る。
そして、いつもの眩しい笑顔を見せてくれた。
それは私の太陽。
私の世界を照らす、一つの光。
「私たち、ずっと友達だよね?」
月光の差し込む伽藍堂の部屋に、濡れた音が響き渡った。
引きちぎられたリズの頭が床に転がり、体から赤い血柱が噴き上げた。
その光景は、まるで悪い冗談のようで……悲鳴も涙も出ない。
ただ体から力が抜けて、ゆっくりとその場に沈み込んだ。
もぎ取られた頭から赤い血溜まりが広がって、その勢力を増していく。
私は、瞬きもせずにそれを見ていた。
「レナ……」
赤い口がつたない発音で私の名を呼ぶ。
汚れた足が床の血をべしゃりと踏んで、こちらに迫る。
一瞬いろんな感情が脳をよぎった。
けれど多すぎて、どれも途中で弾けて消えてしまう。
だだ腑抜けになって座り込み、広がっていく血溜まりを凝視していた。
「レナ……」
べしゃり。
赤い私が笑顔を浮かべて近づいてくる。
近づいてくる。近づいてくる。
もう少し。もう少しで私に触れる。
けれど急にお化けは悲鳴を上げ、後ろに飛び退いた。
涼やかな音が鳴って、すすけたコインが膝元に転がる。
「だから近づくなと言った……」
背後から声がかかった。
苦しそうな苛立ったような悲しそうな、いろんなものが混じった声だ。
のろのろと振り返ると、いつのまにかフレディが背後に立って銃を構えていた。
苦渋に満ちた視線は赤いお化けに注がれ、私を見ようとしない。
声の主を確認すると、もう一度視線を血溜まりへ戻した。
ああ、広がっていく。広がっていく。
とんと背中に軽い衝撃があった。
「立って。呆けてる場合じゃない」
「…………」
もう一度彼が、足で背中を小突く。
今度は少し強めに。
「立って!」
立て……。そうか、立てばいいんだ。
フレディの冷静な声に、ようやく脳が反応した。
操り人形になった気分で、立ち上がる。
「後ろのドアから外に出て」
彼は腰の鞄から小さなビンを取り出しながら、早口で指示した。
ビンには、キラキラ光る白い砂が入っている。
「トリよ、トリよ。このしろがねの礫はお前を遮る。越ゆること能わず」
そう呪文を唱えると、ビンの砂をドアの前にばら撒いた。
綺麗な砂なのに。
捨てちゃうなんて勿体無いな。ぼんやりとそう思う。
お化けは恨めしげに唸ったものの、白い砂にはそれ以上近寄ろうとしない。
うろうろと、もどかしげな動きを見せていた。
「さあ、出て!」
少し苛立った声と共に、悪魔の部屋から押し出される。
ドアの向こうは、風が吹いていた。
外気に触れたのは、すごく久しぶりな気がする。
東塔と西塔を最上階で繋いでいるその廊下は、窓が大きくくり抜かれて彫刻が施されていた。
それは、空にかかる橋みたい。
「……夜明けが近いな」
ドアを閉めたフレディが、空を見上げて呟く。
言われて、ふわりと窓へ近づいた。
東の空が、黒から紺色に変わり始めている。
まだ明るくはないが、それでも夜の闇を抜け始めたことを知らせている。
おかげで、うっすらと景色が見えた。
眼下に黒い水面が揺らめいている。
水……湖。
そうだ、ここは開かずの修道院。
湖の中に立っている。
『……一度入ったら、二度と出てこられない……』
マシューの声が頭を通り過ぎていった。
私はまた、紺色の空へと目を戻す。
「足止めをしといたから、しばらくは追ってこないはずだ」
足止め……。さっきの綺麗な砂のことだろうか。
「姉ちゃん、歩けるな?とにかくあっちの部屋へ移ろう」
そう言って、彼は先に立って歩き出した。
けれど、まだ空を見上げる。
「……今日は晴れるかな」
フレディが立ち止まって、振り返った。
そんな場合じゃないのに、どうしても天気が気になる。
「雨、降らないといいな……リズは雨、嫌いなの。髪の毛が落ち着かないからって……」
「…………」
「髪の毛がどんなだって、リズは変わらず素敵なのに……」
突然視界がぼやけた。
窓べりについていた手が、痙攣を起こして震え出す。
へりを掴んだまま、ずるずると膝をついた。
膝に涙が落ちて、パジャマに染みを作っていく。
「ずっと一緒だって……。私何にもできないけど、一緒にいるって……決めたのに!!なのに私が殺……!!」
「…………」
彼は静かに歩み寄ってくると、私の肩にそっと手を乗せた。
「天の国は、きっといつでも晴れているから」
小さな体に取りすがり、声をあげて泣いた。
コメント
1件
うわあ……読んでて胸がぎゅっとなったよ。リズ、最後までレナのことを守ろうとして、ずっと友達だって笑顔で言ったんだね……それがもう本当に切なくて。太陽みたいな存在って表現、すごく響いた。フレディが登場したときは少し安心したけど、あの赤い血溜まりの描写がずっと目に焼きついて離れないよ。重いけど、ちゃんと受け止めたよ🌙
#一次創作
ruruha
257
ruruha
848
323