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広い運動場に屈強な男たちが眠そうな顔とボサボサの髪の毛をして集まってくる。
横目でチラリとノアを見れば、服装はだらしないのにきっちりと髪の毛はセットされていて、そんなとこで身だしなみに気を配るあたり、悪ぶっていても良家のご子息なのだろうか。
わたしはどんな訓練が始まるのか不安でしかなかったけど、お兄様の身体の均整の取れた筋肉を信じようと思う。
聖女の時に使えた魔法は、お兄様の姿の時は使えないのか、先ほどこっそりと試してみたが、さっぱり魔法が使えない。
一度、この銀の指輪を外して元の聖女の自分の姿に戻り、魔法の力が使えるかを確かめなければならない。
朝練は走り込みと剣の素振りのようだ。
それなら、わたしにも出来ると心の中で安堵した。
大聖堂は山奥にあったため、時々食料の調達などに麓の街まで降りて行かなければならなかったので登山と下山の繰り返しだった。
だから、体力や持久力に、精神力には自信がある。
お兄様の身体はよく鍛えられているから、騎士たちの集団になんとかついていけそうだ。
走り込みが始まるが余裕そのものだった。
私の不安は杞憂に終わった。
鼻歌でも歌って走りたくなるほどにお兄様の身体は体力に余裕がある。
「レオンは今朝も調子良さそうだな。かなり飛ばして走ってるじゃないか。やるな!」
騎士仲間がお兄様の姿のわたしに走りながら話しかけてきた。
「もちろん!わたしのお兄様の身体ですもの!」
「えっ?」
「あっ…違う!そうじゃなくて、ノアも絶好調っぽいから、私の身体も負けていられない…と」
ぶっちぎりの先頭をひとりで走っているノアに視線をやる。
お兄様のことを褒められて、うれしくってつい調子に乗ってしまったが、慌てて話題をノアに変えた。
「そうだな。お前の夢は聖騎士だったもんな。ノアに負けられないよな。あいつも聖騎士を目指しているしな。お前達は親友同士なのに良いライバル関係だな。女性達が「黒の王子」「白の王子」と騒ぐ理由がわかるわ。俺も負けてられねぇ。俺も「赤の王子」でも目指すわ」
そう言って、赤毛の彼はわたしを抜き去っていく。
お兄様は侯爵家の嫡男だから、本来なら騎士団に入らなくてもよかったはず。危険のない文官を目指せたはずだ。
わたしの意思とは関係なく、やむなく聖女になってしまって泣き言ばかり言うわたしのために聖騎士を目指し、側でわたしを守ると宣言してくれたお兄様。
「聖騎士になるのが夢」だと周りに話してくれていたのね。
初めて知るお兄様の夢に瞼が熱くなる。そして、お兄様のその気持ちがとてもうれしい。
そして、ノアとお兄様はルームメイトでもあるけど親友でもあり、お互いに聖騎士を目指すライバルでもあったのね。
初めて、お兄様に親友がいたことも知った。
そして、わたしのお兄様は女性に人気があるらしい。
「黒の王子」は黒髪のノアを指すのだろう。お兄様は金髪だからさしずめ「白の王子」と言ったところかしら。
ちょっと不良っぽいけどその危なく悪い雰囲気のノアと品行方正でキラキラしているお兄様が背中合わせで並ぶ姿を想像し、誰がつけたのか「黒の王子」「白の王子」とは上手いこと言うなと思わず満面の笑みになる。
お兄様はどんな女性に興味があるのかしら。あとでお兄様の親友だというノアにそれとなく聞いてみよう。
もしかすればお兄様の願いは女性と付き合いたいとか、両想いになりたいとかかも知れない。その願いを叶えなければ。
同年代の同性と接する機会もなく、山奥の大聖堂で祈りの日々と、王妃教育の勉強漬けだったわたしにとって、親友というキーワードには憧れがある。
つい「親友」という言葉にうっとりしてしまう。
朝練が終われば、流し込むように朝食を食べるのがここでは普通らしい。
他の人のペースについていけず、結局あまり朝食を食べられず時間切れとなった。
これには早急に慣れていかなければと気合を入れなおす。
この時にノアがじっとわたし(お兄様)を見ていたことには全く気付いていなかった。
お兄様は騎士団の中では頭脳明晰な方らしく、午前中は城下の見回りや馬などの世話をする仕事ではなく、事務仕事をしていたらしい。
事務室は騎士団という男所帯なので書類で埋もれているのかと思っていたが、きれいに整理整頓がされていて、お兄様の机の上もとても綺麗だった。さすがはお兄様。
お兄様の仕事内容は、騎士団に届く山のように積まれた嘆願書を読み込み、それについてどう対処するかを予算を考慮しながら、起案していくらしい。
お兄様の隣の机にはノアが座っており、騎士団の経費関係の仕事をしていた。
さすがはお兄様のライバル。彼も優秀らしい。
お兄様がやりかけていた書類に目を通す。
起案の仕方はお兄様が過去に作った書類を見ればわかるので、なんとかなりそうだ。
こんな時に辛くて仕方なかった王妃教育が役に立つとは。
しかし、嘆願書の内容は思わず眉をしかめてしまう内容であった。
魔物が夜な夜な出現しては田畑を荒らし、また遠吠えなどでうるさくて眠れない夜を過ごしているから、村や街に被害が出る前に騎士団に討伐に来てほしいという要請である。それがいくつもある。
魔物の出現。この国では、このために騎士団が存在すると言っても過言ではない。魔物が頻繁に出現するのだ。
わたしも山奥の大聖堂で日々、女神に魔物を出現を抑えてほしいと祈っていた。
わたしは無意識で手を組み机に肘を立て、額を手につけて、魔物の出現から民を守ってほしいと女神に祈った。
「レオン?」
ノアがわたしを魔物でも見るような眼をして、こっちを見ている。
「なぜ、祈っている?」
「嘆願書に魔物が出現すると書いてあったら祈るだろう?」
他の人も作業の手を止めて、わたしを見ている。
「レオン、嘆願書の山が減らないからと言って、神頼みするのはやめろ。お前、昨夕から調子が悪そうだけど大丈夫か?」
「えっ?普通祈らないの?」
「祈るの?」
ノアが聞き返してきた。
ここでは祈らないことにやっと気づく。
「祈らなくて良い?んだ」
「本当にお前大丈夫か?祈る時間があったら、その山のような嘆願書を一枚でも減らせ。祈っても女神は助けてくれない。騎士団で討伐が現実だろう」
ノアが不思議そうな顔をしているが、心配をしてくれているようだ。
「だ…大丈夫。つ、疲れているだけだ」
ノアの顔を見ていると、お兄様の中身がわたしであることがバレそうな気がして、視線を逸らした。
「レオン、明日は休みだし今夜は飲みに行くか?」
視線を合わせないわたしをじっと見つめながら、ノアが誘ってきた。
「あっ、俺もいく!」
「俺も!」
わたしは返事をしていないのに、どうやら事務室の面々で今夜は飲みに行く話にどんどんなっていく。
気づけば、今夜は飲み会ということになった。
お兄様の願いを叶えなければならないのに、お酒を飲んでいる場合だろうか?
でも、わたしにとっては人生初の飲み会と飲酒である。
一度は行ってみたいと思っていた飲み会。そして、飲んでみたかったお酒というもの。
もう、夜が待ち遠しくなってきた。
レオンがわたし(お兄様)を不審に思っていることにも気づかず。