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第101話:夏の十勝、最強の避暑地計画
北海道の夏を、俺は完全に舐めていた。
十勝地方は盆地という地形の性質上、冬はマイナス三十度近くまで冷え込むくせに、夏はフェーン現象の影響で三十五度を超える猛暑日になることが稀によくある。
そして今日が、まさにその『稀によくある』地獄のような猛暑日だった。
ジリジリと肌を焼くような強烈な日差しが、古民家の庭に容赦なく降り注いでいる。
普段は涼しい風が吹き抜ける縁側も、今日ばかりは熱気を帯びており、生命の危機すら感じるほどの暑さだった。
「……あぢぃ……お兄さん、もうダメです……干からびます……」
麦わら帽子を被った小春ちゃんが、縁側にうつ伏せに倒れ込みながら魂の抜けたような声を漏らす。
だが、人間以上に深刻なダメージを受けている者たちがいた。
『……ミャァ……(もう無理、溶ける……)』
普段は神々しい純白の毛並みを誇る神獣シロが、かつてないほどペラペラのスライム状になり、日陰の床板にへばりついている。
自前の『適温25度の神聖結界』すら、この暴力的な太陽エネルギーの前では出力不足に陥っているらしい。
「キュゥゥ……」
「コンッ……」
シロの隣では、分厚い冬毛から夏毛に生え変わったとはいえ、もともと寒冷地仕様のキタキツネであるコン吉とコン次郎が、舌を出してハアハアと荒い息を吐いていた。
このままではマズい。我が軍の最重要戦力であるもふもふ達が、熱中症で全滅してしまう。
ジンバルに固定されたスマートフォンの画面でも、一千万人の視聴者たちが悲鳴を上げていた。
『シロ様が液状化してる!』
『キツネちゃんたちもヤバい! 誰か北海道に氷山を運んでくれ!』
『主! 早くエアコンを!!』
「……皆さん、落ち着いてください。この古民家にエアコンなどという近代的な軟弱設備はありません」
俺は立ち上がり、首に巻いたタオルで汗を拭った。
「ですが、案ずることはありません。俺の『需品科』としての魂が、この危機的状況を打破する完璧なロジスティクスを導き出しました」
「じゅひんか? お兄さん、急に目つきがガチの自衛官になってますけど……!?」
俺は小春ちゃんのツッコミを背に受けながら、物置へと走り、事前にネット通販で調達しておいた大量の資材を庭へと運び出した。
陸上自衛隊『需品科』。それは水、食料、燃料、そして入浴や宿泊設備などの後方支援を司る、部隊の生命線たる兵站のプロフェッショナルだ。
過酷な大自然の中で、いかに部隊の士気と体力を維持する陣地を構築するか。そのノウハウが、ブラック企業で摩耗しきった俺の脳細胞の奥底で、今まさに覚醒しようとしていた。
「第一フェーズ。直射日光の遮断および、気化熱を利用した冷却陣地の構築を開始する」
俺は庭の四隅に頑丈なペグを打ち込み、特大のUVカットタープを広げた。
太陽の南中高度と、十勝特有の午後の風向きを完璧に計算した角度でポールを立ち上げ、ロープに適切なテンションをかける。
ピンッ、と張られたタープが、古民家の庭に巨大な『絶対日陰領域』を生み出した。
だが、これだけではただの日陰だ。
俺はタープの縁に沿って、農業用の微細ミストホースを張り巡らせ、井戸水のポンプに接続した。
スイッチを入れた瞬間、『シューーーッ!』という音と共に、氷のように冷たい地下水が極小の霧となってタープの周囲に降り注ぐ。
気化熱によって、タープの下の気温が物理的に5度以上、一気に下がった。
「うわぁっ……! すっごい涼しい風が来ました! お兄さん、これ完全にリゾート施設のやつですよ!」
小春ちゃんがパァッと顔を輝かせて起き上がる。
「まだだ。第二フェーズ、最終防衛ライン『特大プール』の展開に移行する」
俺はタープの中央に、ファミリーサイズの巨大なビニールプールを広げた。
電動ポンプで一瞬にして空気を充填し、そこに十勝の大地が育んだ、キンキンに冷えた地下水を豪快に注ぎ込んでいく。
水面がキラキラと夏の光を反射し、完璧な日陰の中に、透き通ったオアシスが誕生した。
「作戦完了。これより、もふもふ統合軍による陣地の使用を許可する!」
俺が号令をかけた瞬間だった。
『ミャーウ!!(待ってました!!)』
さっきまでスライムになっていたシロが、弾かれたように跳ね起き、一直線にプールへとダイブした。
ちゃぷんっ!
水しぶきを上げたシロは、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を気持ちよさそうに細めながら、エメラルドグリーンの温泉で見せたあの『反重力スキル』を応用し、冷たい水面の上をアヒルのオモチャのようにプカプカと優雅に浮き始めたのだ。
「キュンッ!」
「コンコンッ!」
コン吉とコン次郎も歓喜の声を上げ、シロの後を追うようにプールへと飛び込む。
冷たい井戸水に全身を浸し、気持ちよさそうに犬かき(キツネかき?)をして泳ぎ回る二匹。
シロは浮いたまま目を細め、体から極上の『冷感マイナスイオン波動』を放ち始めた。
タープ内の気温がさらに下がり、まるで避暑地の高級ホテルのラウンジにいるかのような、究極の快適空間が完成した。
その光景を捉えた配信画面は、もはや制御不能のパニック状態に陥っていた。
『うおおおおおお!! プールだあああ!!!』
『シロ様、水の上浮いてるww 相変わらず物理法則ガン無視ww』
『キツネ兄弟の犬かき尊すぎる……(吐血)』
『主の設営スキル、ガチの軍隊仕様で草』
『この配信見てるだけで体感温度が3度下がったわ』
そして、世界を牛耳るVIPたちも、この完璧な納涼陣地に黙っていなかった。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”GENIUS! Master, you are a genius of logistics! I will send a solid gold water slide for Shiro right now!“(天才だ! 主よ、お前は兵站の天才だ! シロのために今すぐ純金製のウォータースライダーを送ろう!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”A perfect sanctuary defense. The Swiss Alps have nothing on this cool breeze!“(完璧な聖域防衛だ。スイス・アルプスですらこの涼風には敵わないな!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”I want to dive in there too! Booking a private jet to Hokkaido right now!“(私もそこに飛び込みたいわ! 今すぐ北海道行きのプライベートジェットを予約する!)』
「ちょっ、お兄さん! 石油王さんが純金の滑り台を送るって言ってますよ!? シャーロットさんに至ってはこっちに向かおうとしてます!!」
小春ちゃんが悲鳴を上げる。
「……全く、どいつもこいつも少し水浴びをしただけで騒ぎすぎだ。これが金持ちの悪い癖だな」
俺は呆れたようにため息をつきながら、縁側に腰を下ろした。
そして、一日一食のルーティンである昼食の準備にとりかかる。
こんな猛暑日であっても、俺の食生活のストイックさは決してブレることはない。
氷水でキンキンに冷やしたボウルの中には、完璧に炊き上げてから水洗いした『冷やし玄米』。
そして、その上に乗せるのは、さっぱりとしたおろしポン酢をかけた特製の大豆ミートハンバーグだ。
「……いただきます」
冷たい玄米を口に運ぶ。
プチプチとした独特の食感と、噛むほどに広がる素朴な甘み。そこに大豆ミートのさっぱりとした旨味が合わさり、疲れた胃腸にスッと染み渡っていく。
タープを通り抜ける涼風と、シロの冷感マイナスイオンを浴びながら食べるこの質素な飯こそが、どんな高級三ツ星レストランのフルコースにも勝る、俺にとっての究極の贅沢だった。
『主、こんな時でもブレずに玄米と大豆肉食ってて草』
『プールサイドで冷やし玄米食う男www』
『でもめっちゃ美味そうに見える不思議』
『シロ様は浮いてるし、主は玄米食ってるし、今日も限界集落は平和だな』
「お兄さん……本当にブレないですよね。私もお弁当食べていいですか?」
「あぁ。麦茶も冷えてるから、しっかり水分補給しろよ」
小春ちゃんが隣でおにぎりを頬張り始め、プールではモフモフたちが無邪気に水を掛け合っている。
画面の向こうでは、一千万人の視聴者と世界トップクラスの富豪たちが、俺たちのバグった日常を極上のエンターテインメントとして楽しんでいた。
「……さて、今年の夏も、なんとか乗り切れそうだな」
俺は冷やし玄米を完食し、氷の浮かんだ麦茶をぐいっと飲み干した。
俺の需品科としての防衛戦術と、シロの規格外の能力が合わさったこの庭は、間違いなく『世界で一番涼しくて平和な聖域』だ。
どれだけ気温が上がろうとも、どれだけ世界中のVIPが押し寄せようとも。
俺が守り抜いたこのスローライフは、大自然の真ん中で、今日も涼やかに、そして最高に楽しく続いていくのだった。
コメント
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うおおお、需品科の本領発揮回アツすぎる!! 猛暑で液状化するシロ様→戦術的ミスト&タープ設営→プールダイブの流れが完璧すぎて脳が溶けたわ🔥 「風向きと南中高度計算した設営」とか兵站オタクにはたまらん要素よ。冷やし玄米食う主人公のブレなさも最高。金持ちどものギフト連打も含めて、限界集落の平和が尊すぎる…!📡💦
#現代ドラマ
ゆうき あきや
4,036
259
#心理描写重視