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これまでのどんなプレゼンよりも、心臓に悪い。
私は今、涼さんの実家である一ノ瀬本邸の、広大で重厚な応接間に座っていた。
隣には、完璧な微笑みを湛えた「夫」としての涼さん。
そして正面には、一ノ瀬グループの総帥であるお義父様とお義母様。
「——琴葉さん。涼がこれほど熱心に選んだ相手だ、どんな素晴らしい女性かと思っていたけれど……少し、地味すぎやしないかしら?」
お義母様の冷ややかな言葉が、胸に突き刺さる。
私は反射的に俯きそうになった。
けれど、それを遮ったのは、膝の上で握りしめていた私の手を、優しく包み込む涼さんの大きな掌だった。
「母さん。彼女の良さは、目立つ華やかさではなく、その芯の強さと誠実さにあるんだ。……僕にとっては、彼女以上に隣にいてほしい女性はいないよ」
涼さんはそう言って、私の肩を自分の方へ抱き寄せた。
その顔は、誰が見ても「妻を愛してやまない夫」そのものだった。
「……涼様。私を差し置いて、そんな風に彼女を庇うなんて」
部屋の隅には、招待客として同席していたエリカ様の姿もあった。
彼女の嫉妬に満ちた視線が、私たちの距離の近さを射抜いている。
「今日は親族の集まりだ、エリカ」
「さあ、琴葉さん。冷めないうちに食べて、甘さ控えめのマカロンだよ」
涼さんは、まるでお姫様を扱うように私に甲斐甲斐しく世話を焼く。
一口サイズに切って食べさせてくれようとするその姿に、親族たちからは
「あんなに冷徹だった涼さんが、あんなに甘くなるなんて……」と驚きの声が漏れていた。
(……やめて、涼さん。そんなに優しくされたら、これが『演技』だってわからなくなっちゃう)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
一ノ瀬家の「完璧な嫁」を演じなければならないプレッシャーと
彼の「完璧すぎる愛」の境界線で、私の心は悲鳴を上げていた。
「少し、お手洗いへ失礼します……」
耐えきれなくなって席を立ち、中庭に続く廊下に出た。
冷たい空気に触れて、ようやく一息ついた時、背後から涼さんの足音が聞こえた。
「……琴葉さん。疲れさせてしまったかな?」
「…その、涼さん。もう、十分です。あんなに頑張って演技していただかなくても、私は大丈夫ですから……」
震える声で告げた私に、涼さんは一瞬、傷ついたような顔をした。
けれどすぐにその表情を隠し、私を壁際に追い詰める。
「演技、か……君には、今の僕がまだ『嘘』をついているように見えるのかい?」
琥珀色の瞳が、夜の闇の中で怪しく光る。
彼の手が私の頬を撫で、そのまま逃げられないように耳元の壁を叩いた。
「……そろそろ、本気でわからせてあげないといけないみたいだね」
親族たちがすぐそこにいる邸内で、彼は私を飲み込むような深い、深い視線を向けた。
契約という名の安全地帯は、もうどこにも残っていなかった。
#ワンナイトラブ
#ざまぁ