宗親さんにこんな表情を向けてもらえる資格が、今の私にはない気がして。
一刻も早く、康平に触れられたおぞましい感触を、熱いシャワーで洗い流したい――。
***
部屋に戻るなり宗親さんにソファに座るように促されて、私はシャワーに直行したい気持ちを賢明に押さえつける。
「お風呂場で濡れたら沁みるでしょう?」
言われて、救急箱を取ってきた宗親さんから、先ほど応急処置で当てられたラップを取り払われて。
「幸い傷自体はそんなに大きくないみたいでホッとしました。傷口も綺麗に洗い流せてるみたいだ」
言われて、傷口をすっぽり覆い隠してしまう湿潤パッドをあてがわれて。
「一応上から防水フィルムもかけときますね」
まるで看護師さんみたいに、手際よく私の傷口を覆ってしまう。
「あ、あの……本当に何から何まで……有難うございます」
ラップで包まれていた時より痛くない気がするのは、傷口に触れる部分が柔らかな素材に変わったからだろうか。
「じゃあ、あの……私、お風呂へ……」
ギュッと胸元を握りしめたままの手が、段々感覚を失ってしまう程度には私、力を入れてそこを閉じ続けているみたい。
早くこの服を脱ぎ捨てて、全部全部リセットしたい。
そう思うのに、立ち去ろうと踵を返したところで、宗親さんに手を握られて引き止められてしまう。
「あ、あの……」
――まだ何か御用がおありなんでしょうか?
戸惑いに揺れる目で宗親さんを見上げたら、そのままグイッと引き寄せられて、彼の腕の中に閉じ込められた。
「んっ、ぁっ……」
そうしてあごを捉えられて口付けを落とされた私は、どうしたらいいのか分からなくなる。
――わ、私、汚れていますっ!
――宗親さんに触れて頂ける資格なんてないんです。
――せめて……せめて綺麗に全身を清めた後じゃ……ダメですか?
「宗親さっ、……だ、めぇっ」
あれこれ思って、一生懸命宗親さんの胸を押し退けて顔を賢明に背けたら、宗親さんが有無を言わせず私を抱き上げた。
「あ、あのっ」
オロオロする私のことなんてお構いなしに、そのままお風呂場に連れ込まれて、宗親さんに乱暴に身包みを剥がされてしまう。
「やぁ、……ダメっ」
胸元に、康平に乳房を鷲掴まれた時についたらしい鬱血痕が五つみえて。
グッと元彼の指先がやわ肉に食い込んだ時の痛みが蘇った私は、必死にそれを手で覆い隠そうとして宗親さんに阻止されてしまう。
自分では気付かなかったけれど、脱衣所の鏡に映った自分の姿をふと見たら、首筋にも両手首にも同じように指の痕が残っていて。
胸にばかり気を取られていたけれど、宗親さんはずっと私のこんな醜い姿を見ていらしたんだと思ったら、恥ずかしさにブワリと涙が込み上げた。
「やっ。宗親さ、お願っ、離して……っ」
言葉を発した途端、堰を切ったみたいに涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「春凪、お願いですから少し落ち着いて? 大丈夫だから」
下着姿の私を、宗親さんが鏡から覆い隠すみたいに真正面からギュッと抱きしめて、切なくなるぐらい苦しそうな声音でそうおっしゃる。
私は泣きながら、目の前の宗親さんにしがみついた。
――涙と鼻水が彼の胸元を汚してしまうかも知れない。
そう思うのに、泣くのも抱きつくのもやめられなくて。
宗親さんが心底愛しい、と伝えてくれるみたいに、そんな私の身体を包み込んで下さるのが堪らなく心地よかった。
「春凪、お風呂に入りましょうか」
どのくらいその状態でいたのか分からない。
でも泣きすぎて頭がボーッとしてしまう程度にはそうしていたのかな。
泣き疲れて判断能力の鈍った頭は、日頃だったら絶対に「不可」だと判断するはずの宗親さんとの入浴を「可」にしてしまった。
小さくコクッと頷いたら、私から腕を緩めた宗親さんが、あっという間に裸になって。
彼の、彫刻像のように磨き抜かれた肉体美に照れてドギマギしているうちに、私もなけなしの下着を取り払われていた。
もちろん一線を超えたことがある相手だ。
裸で抱き合ったことだって何度もあるはずなのに、薄暗い寝室と違って煌々と明るい照明の下で宗親さんと肌を触れ合わせているんだと思ったら、必要以上にドキドキしてしまう。
恥ずかしさと照れ臭さにギュッと縮こまった私をほぐすみたいに、浴室に入るなり宗親さんが所在なく立ち尽くす私の唇に優しく口付けを落とした。
お湯になるのを待つためかな。
そっぽを向かせたままコックを捻られたシャワーヘッドから、まるでノイズのようにシャーッという流水音が流れ続けている。
それがぼんやりとした頭に心地よく響いてきて、私は宗親さんからのキスにうっとりと身を委ねて。
宗親さんの唇が、首筋に降りてきたのを感じて「んっ」と小さく喘いだら、「春凪は本当に可愛いね。大好きです」と、宗親さんが熱のこもった声をすぐ耳元で吹き込んでくる。
大好きな宗親さんの低音イケボで告げられる「大好き」はじんわりと私の心に染み込んで、傷ついた心を優しく包み込んだ。
まるで麻薬みたいな彼の声にうっとりと身を委ねていたら、チクッとした甘やかな痛みが首筋に走って、私は宗親さんがそこにキスマークを残したんだとぼんやりと思った。
その行為は首筋から手首、手首から胸へと続いて。
いつしか私は、直接当てられないままに湯気とノイズだけを撒き散らすシャワーで温められた壁に押し付けられるようにして、宗親さんからのキスを享受していた。
肌にチクッとした痛みが走るたび、康平から与えられた屈辱が吸い出されていくようで嬉しくて。
「宗親さ……」
――お願い。もっとして?
コメント
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嫌な記憶に上書きして貰えて良かった〜。