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「詩織ちゃん、久しぶり!最後に会ったの何年前だっけ?大人になるとなかなか会わないもんだなぁ」


兄と家にやってきた男性がリビングにいた私に親しげに声をかけてきた。


兄と一緒にいるのだから、兄の友人なのだろう。


なんとなく見覚えのある顔だけど、誰か分からなくて首を傾げる。



「あれ?俺のこと覚えてない?ほら、中学・高校の頃によくこの家にも遊びに来てたじゃん」


「……もしかして健《けん》ちゃん?」


「あたり~!」



どうりで見覚えがあるはずだ。


ずいぶん洗練された雰囲気に変わってしまってるけど、当時の面影がまだ伺える。


健ちゃんこと、|植木健一郎《うえきけんいちろう》は、兄の幼なじみだ。


昔はこの近くに住んでいて、兄とは子供の頃から仲が良い。


家にもよく遊びに来ていたから、私も一緒に遊んでもらったりしたものだ。



……でもそんな健ちゃんがなんで今ここに?それにお兄ちゃんも実家に帰ってくるなんて、どうしたんだろう?



ここは私たち兄妹の実家だ。


都内23区に隣接した市に位置している。


都内に通うには少し遠いけど、通えない距離ではない。


私は今もここに住んでいて、兄は職場への利便性を求めて数年前に実家を出て一人暮らしをしていた。


健ちゃんも確か大学生になった頃にはもう地元を出て、都内に住んでいたはずだ。



「今日は2人してどうしたの?」



リビングのソファーに腰を下ろした2人にとりあえずアイスコーヒーを出しながら尋ねた。


思いがけずに兄と顔を合わせられて嬉しい私の声はいつもより少し弾んでるかもしれない。


今だに実家に住んでいるのは、まさにこういう機会を少しでも逃したくないからだった。


社会人になった今、兄との繋がりを保てる場所、それが実家なのだ。



「学生の頃の写真を探しに来たんだよ」


「そうそう、俺の実家にもさっき悠と行って来た」


「写真?」



どうやら昔の写真が手元になくて実家にまで探しに来たそうだ。


でも昔の写真なんて今さら何に使うのだろう。


兄と健ちゃんが2人で思い出に花を咲かせるというわけでもないだろうに。


そう疑問に思っていると、兄が察したように口を開いた。


「結婚式で使うんだよ。ほら、よく映像が流れる時に新郎新婦の昔の写真が紹介されるよね?あれ用にね」


「結婚式用……」



ついさっきまでの弾むような気持ちが急速に縮んでいく。


迫りくる現実を突きつけられた。



「いや~悠に結婚先越されたな。この前聞かされた時には俺もビックリしたわ」


「健はそういう相手いないの?」


「俺?ないない。人の話聞いて楽しんでばっか。最近周りが幸せラッシュで羨ましい限りだわ」


「昔から健は人の恋路に首突っ込んでばっかりだもんね。僕が自分の恋愛ごとを人に話さなくなったのは健のせいでもあるからね。あまりにも健がうるさいから」


「あはははは!マジ?それは悪かったなぁ」



目の前で兄と健ちゃんがなにげない会話のやり取りを繰り広げている。


兄が女性関係を隠す原因は健ちゃんだったらしい。


おかげでこれまで私は兄から聞かずにすんでいたことを思うと、健ちゃんに感謝かもしれない。



「で、詩織ちゃんはどーなの?こーんな美人さんに成長したからには、彼氏の1人や2人くらいいるんでしょ??」



今度は話の矛先が私に飛んできた。


私は恋愛関係の話を人とするのは苦手だ。


実兄を想ってるなんて口が裂けても言えないし、経験もないしで、話す話題を持ち合わせていないのだ。


女性同士だとすぐ恋愛トークになりがちだけど、そんな時にただ押し黙っているしかできない私はいつも輪に入っていけないでいる。


「健、さっそく詩織に話を振るなよ。健が煩わしくて詩織も僕みたいになっちゃうかもだし。詩織だって聞かれたくないよね?」


「えっ、あ、うん……」


「ほら、詩織も詮索されたくないってさ」


どう答えようかと口ごもっていたら、間に兄が入って健ちゃんをいなしてくれた。


兄は私が恋愛関係に首を突っ込まれたくないのを察している節がある。


今まで彼氏を紹介したこともないのだから、話したくないと思われて当然なのかもしれない。


「え~聞きたかったのに、残念だな。ところで今日って平日だけど詩織ちゃん仕事は?俺たちは有休だけど、詩織ちゃんは平日休み?」


健ちゃんはそれ以上聞き出すことは諦めてくれたようで話題を切り替える。


今度は仕事の話だ。


現在絶賛無職の私はどう答えようかなと一瞬逡巡する。



「詩織はスーツブランドのショップ店員だからシフト勤務なんだよ」


するとまた兄が私に代わって健ちゃんに答えた。


その言葉で、そういえば兄にもまだ仕事を辞めたことは言っていなかったなと思い出す。



「……あ、実はね。仕事辞めたの」


「えっ!詩織、仕事辞めたの!?いつ!?」



兄は驚いたように私を見る。


そんなふうに顔を向けてもらえるだけで嬉しくなってしまう私は現金なヤツだ。



「2ヶ月くらい前かな」


「そういえば、その頃に突然海外旅行に行ってたね。あれ、仕事辞めたからだったんだ」


「……うん、まぁそんな感じかな?」



本当の理由は違うけど、そういうことにしておこう。


兄が勘違いしてくれるなら良いことだ。


まさか兄が結婚すると告げたことが理由だなんて死んでも知られたくない。



「てことは、詩織ちゃんは今無職?仕事探してたりする?」



私と兄のやりとりを静観していた健ちゃんが、突然そんなことを尋ねてきた。


これで仕事の話は終わりかなと思ってたから、仕事探しについて聞かれて意外に感じる。


しばらくゆっくりしていた私は、ちょうど最近になって次の仕事を探し始めたところだった。


ショップ店員という経歴を活かすなら、同業他社なんだろうけど、アパレルは女性が多い職場だ。


女性同僚との関係不和で前職を辞めたこともあって、それは気が進まなかった。


どうしようかと悩んでいる真っ最中で、なかなか難航している現状だったのだ。



「うん、無職だよ。ちょうど次を探してる最中だけど?」


「ちなみに秘書とか興味ある?」


「……秘書?」



思いもよらない言葉だった。


健ちゃんの意味するところが分からず、私は首を傾げた。


「実はさ、俺の会社で新しく社長秘書を採用しようって話があってさ。詩織ちゃんにどうかな~って思って」


「私が社長秘書……?でも全然秘書の経験もないけど?」


「さっき悠が詩織ちゃんはスーツブランドでショップ店員してたって言ってたじゃん?俺もスーツ買う時にお世話になるけど、ああいうとこの店員さんってビジネスマナーもしっかりしてるし、対応も丁寧だし、秘書に向いてると思うからさ」



それは思いがけない意見だった。


でも確かに、ビジネスパーソンの方々を相手に接客・販売する仕事だったから、スーツの知識はもちろん、ビジネスマナーや丁寧な接客が求められていた。


お客様は自分より年上、そして地位がある方が多いからだ。


考えたこともなかったけど、秘書の仕事に通づるところがあるような気もする。


経歴を活かすならアパレルしかないと思い込んでいた私にはない新しい視点だった。



……でも秘書って、それこそきっと女性が多い職場だよね……??



「俺、ベンチャー系のIT企業に勤めてんだけど、ここ数年で事業が拡大しててさ。今まで秘書とかいらなかったんだけど、そろそろ社長を補佐する人いるよな~って話になってんだよ。まぁ社長の世話係って思ってくれればいいから。どう?やってみない?」



どうやら新設ポジションで、他に秘書はいないらしい。


ということは、懸念している女性の職場ということもなさそうだ。



……私で役に立てるのならやってみようかな。以前と全く違う仕事に挑戦してみるのも、今までの自分を変えるいいキッカケになるかもしれない。



前向きに考えだした時に、ふと疑問が浮かび上がった。


話を聞いていた兄も同じタイミングで同じことを思ったらしい。


私が健ちゃんに聞くより先に兄が疑問を投げかけた。



「ところで健、詩織を誘うのはいいけど、健に社員を採用するような権限あるの?」



まさにそれだ。


社長秘書なんていう大切なポジションを面接も受けずに決めてしまえるもんなんだろうか。



「あ、それ?大丈夫、大丈夫!今までも社員の紹介で入社したやつなんていっぱいいるから。それに、なにげに俺、創業初期からいるから社長の右腕って感じのNo.2なんだよね~。最近は専務って役職もついたし!」



この若さで専務なんてすごい。


知らない間に昔の知り合いは大出世していたようだ。



「だから俺の紹介ならすんなり決まるはず!で、どう?詩織ちゃん、やってみる?」



そう改めて問われ、私は頷く。



「私で役に立てるならぜひ!」


せっかくの貴重な機会に、思い切って飛び込んでみようと思った。


それに健ちゃんが専務を務める会社なら働きやすそうだし安心感もある。


その日は健ちゃんと連絡先を交換し、後日また連絡をもらえることになった。




1週間後ーー。


六本木の高層ビルのワンフロアにオフィスを構えるIT企業Action(アクション)のエントランスの前に私は立っていた。


無人のエントランスには、電話機と内線番号が置いてあり呼び出す仕組みになっているようだ。


着いたら携帯に電話してと健ちゃんから言われていた私は、電話機ではなく自身のスマホを操作してコールする。


すぐに電話に出た健ちゃんから、「今から迎えに行くからそこで待ってて」と言われ、その場に佇む。


ショップ勤務だった私にとって、こういうオフィスという場そのものが新鮮だ。


立ったまま健ちゃんを待ちながらも、周囲をキョロキョロと見回した。



私の採用はあの実家での日から瞬く間に決まった。


翌日には健ちゃんから電話がかかってきて、来週から来てと言われたのだ。


履歴書の提出も面接もしていない。


こんなにアッサリ雇ってもらうことになって良かったんだろうかと逆に心配になった。


それを言えば、「俺は過去にも実績あって信頼されてるから」と健ちゃんは言う。


以前に健ちゃんの紹介で入った社員が活躍しているそうで、見る目は確かだという評価を得ているらしい。


「詩織ちゃーん!お待たせ!」


すぐにエントランスに現れた健ちゃんは、ピンストライプのオシャレなスーツに身を包み、社員証のストラップを首から下げている。


この前とは全然雰囲気が違って目を瞬いた。


「さすが、元スーツブランドの店員だけあって、パンツスーツが板についてるね~」


健ちゃんの方こそスーツが板についてると言いたいところだったが、先にお褒めの言葉を頂いてしまった。


初日ということもあって、気合を入れて私も前職の時に来ていたスーツを着ているのだ。


「じゃ、さっそく社長のところに行こうか。社内の中はまたあとで案内するよ」


「ありがとう、健ちゃ……あ、植木さん」


「呼び方は昔のままでいいけど?」


「さすがに専務に向かってそう呼ぶのはどうかと思って」


「そんな堅い社風じゃないし気にしなくてもいいけどね。まぁ、詩織ちゃんの好きにしたらいいよ」


「うん、そうするね」



いくら昔馴染みだろうと、新人が専務に馴れ馴れしいのはよくない。


人前では話し方もきちんと敬語で接するべきだろう。


そう思いながら、社長室に案内してくれる健ちゃんの後ろに続いて歩いた。


途中、何人かの社員の方々とすれ違う。


「新しい子ですかー?」と気軽に専務である健ちゃんに話しかけてくる社員も多かった。


堅い社風ではなく、本当にフランクな環境のようだ。


「本当にフランクな社風なんだね」


「そうでしょ。なにせ社長と俺がそんな感じだからさ。詩織ちゃんも緊張しなくて大丈夫だから」



社長と健ちゃんは大学の時の友人だそうだ。


社長が一人で立ち上げた会社に、翌年に健ちゃんが加わり、ここまで成長してきたという。


特にスマホゲームの「モンスターエクスプローラー(通称:モンエク)」が数年前に大ヒットして以降、急速に事業が拡大したらしい。


普段ゲームをしない私でもモンエクという名前は聞いたことがあった。


異業種とも積極的にコラボしてよく話題になっていたからだ。


今では社員数も200名くらいまで増え、それでもまだ人手が足りないくらいとだと健ちゃんは言う。



……そんなスピード感のある会社で秘書としてちゃんと務まるかな。心配だな。



緊張しないでも大丈夫とは言われても、緊張と不安は止められそうにもなかった。



「社長室はここね。社員の執務室のすぐ近くではあるけど一応個室なんだ。ちなみにその隣の部屋が専務室、つまり俺の部屋ね」


「はい」


「詩織ちゃんは、普段は社員の執務室の社長室から一番近いあそこの席で仕事してもらおうと思ってるから。総務部と同じデスクだから、あとで紹介する」


「分かりました」



執務室内に入り、他の社員の目もある状態となったため、健ちゃんに対しての言葉を丁寧なものに切り替える。


多くの社員が働く執務室は人の話し声でざわついていて、こちらに気づいた人からは物珍しそうな視線を向けられた。



「それじゃ、まずは社長に挨拶に行こうか」


「はい」



トントントン


健ちゃんが社長室のドアをノックすると、中からすぐに「どうぞ」という声が返ってくる。


慣れた様子で遠慮なくドアを開けて中に入っていく健ちゃんに続き、私も中に踏み込んだ。



「千尋、連れてきた~」



ドアが閉まり、健ちゃんの視線を追って私もデスクに座る男性の方へ目を向ける。


デスクでは、上質なグレーの三揃いスーツを着こなした黒髪の男性がパソコンに向かって仕事をしていた。


その男性は健ちゃんの声で顔を上げこちらを見る。


これから秘書として仕える社長と真正面から視線が重なった。



「あっ……!」



近くにいる健ちゃんにも聞こえないくらいの小さな驚きの声が思わず口の中で漏れる。



その社長は、私の知っている人だった。


「知り合い」ではない、「知っている人」だ。



なにしろ一度会っただけ、それっきりの人。



そう、社長室にいたのは、パリで出会ったあの瀬戸さんだったのだーー。

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