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羽海汐遠
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#魔道具職人
こはる
471
フユめん
190
長い長い階段を下りながら、アイリは話し始める。
「あの冬の日に、お姉さんに助けてもらって。わたし、警察に通報したの。だってまさか、異世界に行ってしまったなんて想像もしていなかったから」
現場に残されたユーリのバッグから、身元はすぐに分かった。
自宅におらず、一夜明けて会社に出勤をしなかったために行方不明扱いとなった。
アイリはあの夜の出来事を正直に話したが、「何かのショックで記憶が混乱している」と言われるだけで取り合ってもらえない。
「お姉さんのご両親に会いました。二人ともすごく心配して、やつれてしまっていた」
そう聞かされて、ユーリの心が痛む。
この国に来た当初はよく家族を思い出していたのに、いつしか間遠くなっていた。
「何度警察に掛け合っても、ろくな捜査をしてもらえなくて。かえってわたしを頭のおかしい子扱いして、カウンセリングを勧めてくる始末」
それでアイリは一人で調べ続けた。
事件の影響で志望の大学に落ちてしまったけど、気にしなかった。
同じような行方不明事件を調べては訪ね歩く。費用はアルバイトで稼いだ。
アイリの両親は娘の行動をやめさせようとしたので、途中で家を飛び出した。
「……そんな。あなたにそこまでの負担をかけていたなんて」
その話を聞いて、ユーリは心が潰れそうになる。
あの夜、ユーリはただ少女を助けたくて夢中で動いただけだった。その結果がこんなことになっていたとは。
アイリは振り向いて笑顔を見せた。
「いいんですよ。お姉さんが気にすることは、なんにもないの」
そうして五年以上を調査に費やしたが、収穫はなかった。
諦めが頭をちらつくようになった頃、変化が起きる。
「あの魔法陣が、また現れたんです」
季節はやはり冬の終わり。半月のかかる夜に、あのときの再現のように道に魔法陣が現れた。
アイリはもうためらわなかった。自らそれへ飛び込んでこの国へ、当時のユピテル共和国へやって来たのだ。
アイリはすぐにユーリを探した。
けれどもユーリの姿はどこにもなく、それどころか異世界転移者として名前すら残っていなかった。
「おかしいと思った。わたしは魔法と魔力の才能がずば抜けていて、大魔道なんて呼ばれる立場になったのに。他にも地球から来たと思われる人は、ちゃんと名前が残っていたのに。お姉さんだけ影も形もないんだもの。だから気づいたの。地球とこことは時間軸が違うんじゃないかって」
時間のずれはユーリも気づいていた。けれども過去と未来が逆転しているとまでは思っていなかった。
「わたしはずっとお姉さんを待っていたけど、ヤヌスの英雄が現れる周期は少なくとも百年単位。わたしが生きている間は無理かもしれないと思った。だから魔力だけを切り離して、魔の森に置いておいた。それがこのわたし」
アイリの黒髪が揺れる。
髪の隙間から覗く白い首筋を見ながら、ユーリは言った。
「そんな。それじゃあ、あなたは」
「人間としてのわたしは、とっくに寿命で死んでるよ。七十三歳だったかな、この世界としてはけっこう長生きしたほう」
魔力を切り離すにあたって、アイリは大規模な魔法を仕込んでいた。
いつかの未来にやって来るユーリを探し出して、もう一度会うために。
「この『わたし』は役割があってね。お姉さんを探しながら役割を果たすのは難しかった。だから使い魔を作ったの」
ユーリの足元に小さな気配が走ってくる。小犬の姿に戻ったシロだった。
シロはユーリを見上げてから、アイリの足元まで行く。アイリは小犬を抱き上げた。
「お姉さんが魔の森に来てくれて良かった。この子は単独では、あまり遠くまで行けないから」
「クゥン……」
シロの声を聞きながら、ユーリは疑問を口にする。
「もし私がブリタニカ属州以外の場所に行っていたら、どうするつもりだったの?」
「それは確信があった――というか、魔法で予知したから。わたしの子孫とお姉さんの存在が交差するってね」
肩越しに振り向いたアイリが、どこか複雑そうに笑っている。
「あの人の子供を産んだのは、そんなつもりじゃなかったけど。わたしの血がこの世界に根付いていく未来があったから、予知ができたんだ。皮肉だなあ……」
どういう意味だろうとユーリは思う。それを尋ねようとしたとき、アウレリウスが口を開いた。
「始祖アイリよ。貴女がどうしてここにいるのかは、おおむね承知した。だが一つ教えてほしい。なぜ魔王竜の体から出てきた?」
「あぁ、それは」
アイリは視線を前に戻して言った。
「わたしの魔力を核として、あの魔物を作ったから」
「何……?」
「これから行う大魔法には、大量の魔力が必要になる。大魔道と呼ばれたわたしの魔力でも、全く足りないほどの量。何百年も魔の森から魔力を吸い上げて、集めておかなければいけなかった。集めた魔力を魔物の形で固めて、地下に置いたの」
「お前が魔王竜を作っただと!?」
アウレリウスの声に明確な怒りと憎しみが混じった。
「あれのせいでどれほどの犠牲が出たと思っている! 我が父と伯父、それに兵士が三千人以上死んだ! どんな目的か知らないが、何ということをしたんだ!」
彼はユーリの肩を掴んだ。
「戻るぞ、ユーリ。こんな化け物の話は聞く価値もない。大魔法とやらもろくなものではないに決まっている!」
「決めつけないでくれる? その頭の固さ、誰に似たのよ」
アイリの冷たい声とともに、火花が飛んだ。
ユーリには何の影響もなかったが、アウレリウスの手に痛みと衝撃が走る。彼は舌打ちしてユーリから手を離した。
「だいたい、あの魔物――魔王竜って呼ぶ? あれさ、大して強くなかったでしょ。あれは魔力集めが目的だから、戦闘用に作ってないんだって。抑制用に白竜を用意しておいたから、どうとでもなったはずなのに」
「あれが『強くない』だって……?」
アイリの投げやりな言葉にユリウスが呻いている。
彼女はちょっと振り返って、子孫たちを眺めやった。
「なんかさ、五百年前と比べて弱体化してるよね。人間も魔物も」
「そうなの?」
思わずユーリは口を挟んだ。アイリの言い方にどこか含みを感じたからだ。
アイリは困ったようにユーリを見て、また視線を前の方に戻した。
「まあ……魔の森の魔力を集め続けていたから、強い魔物が生まれなくなって、人間も影響を受けたんだと思う」
「それってつまり、アイリのおかげで魔物が弱くなっていたってこと?」
「まあそうなるかな?」
「じゃあアイリのおかげで、今まで魔物の被害が減っていたのよね?」
「うん、まぁ。でも被害を減らすのが第一目標じゃなかったから。あくまで大魔法の魔力集め」
アイリはモゴモゴと答えた。
ユーリの背後でアウレリウスが深い息を吐いた。
「第一目標ではなかった、ということは、相応に見込んではいたのだな。貴女は魔王竜の被害の責任を、ただかぶるつもりだったのか」
「……いくら戦闘用じゃなくても、莫大な魔力量だもの。たとえ白竜がいても、犠牲が出るのは分かってた。他の魔物を弱体化させたところで、チャラにはできないでしょ。特に八年前は、誤作動で目覚めてしまったから」
アイリは下を向いている。そうしていると長い年月を生きた大魔道ではなく、見た目通りの少女のような印象を受けた。
五百年間の被害抑制と、その代わりの一度、二度の大災害。
たとえるならば、ダムの建築である。ダムに関わる治水、防水の恩恵全てと、決壊したときの非常に大きな犠牲。
その是非の判断は誰にもできないだろう。
誰もが無言で階段を下りていく。
穴の壁は魔王竜の血肉がゆっくりと流れ落ちていて、どこか非現実的な雰囲気を漂わせていた。
黒い魔力は下に流れるに従って色を失い、徐々に透明になっていく。
やがて壁に点々と明かりが灯り始めた。目を凝らせば、明かりは文字の形をしている。
「これ……日本語?」
すぐ横の光を目にしてユーリが言った。アイリは答える。
「そう。この世界の魔法はいい加減でね、意志の力に魔力さえ込められていれば、形式は割とどうでもいいの。だから魔法陣に日本語を使っても構わないわけ」
「遺物……」
後ろの方でヴィーが呟いた。アイリが振り返る。
「あぁ、わたしが作った魔道具、そんな呼び方されてるんだね。お姉さんとか、他の地球人に向けてのメッセージを兼ねて、いろいろ日本語を書いたんだ。今考えると、英語のほうがよかったかな」
「わふん」
アイリの腕の中でシロが鳴いた。彼の首輪も遺物の一種。小犬の姿でも白竜の姿でも、首にぴったりとフィットしている。当然だ、シロはアイリの使い魔なのだから。
さらに階段を下る。やがて流れる魔力がほとんど完全な透明になった頃、アイリは言った。
「もうちょっとで底に着くよ」
コメント
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いやもう…泣きそうになりました。アイリが五百年もの間、ユーリに会うためだけに魔力を切り離して、魔王竜すら作ってしまったっていう執念がすごすぎて。ユーリのために大学も家族も捨てて、寿命が尽きるまで待ち続けたんだと思うと胸が詰まります。それでいて「お姉さんが気にすることはない」って笑顔で言える強さ…本当に綺麗で切ないです。アウレリウスの怒りも当然だけど、アイリの自己犠牲っぷりが痛いほど伝わってきました…!