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#溺愛
桜咲かな
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雲花ヒヨ
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桜咲かな
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夢野ひより
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◆◆◆◆
牛脂が引かれ白い煙の上がる大きな鉄板の上に、煉瓦の様に美しい直方体に切り分けられた牛塊肉が置かれる。その牛肉は薄暗い店内でも分かる程美しいピンク色の表面に、まるで稲妻が走ったかのような美しい刺しが入っており、鉄板の上で油が漏れ始めている。
目の前で調理を行う黒いエプロンを身に着けた料理人は、手早く牛肉の表面に塩コショウをまぶしたかと思うと、両手に持った大きなヘラで牛肉の塊を素早くひっくり返した。あふれるばかりの肉汁が飛び散り、少し焦げ目の付いた牛の表面が露になる。そんな牛肉の表面を軽くヘラで押さえると、同様の工程を六面全てで行った。
全ての面が丁度良く焼ける。すると、長細いナイフを取り出し牛肉を素早く切り分け、ヘラを使い2つの黒い皿に盛り付けた。
「どうだい? 中々美味そうだろう。」
隣に座る女性が銀色のロングヘア―を揺らしながら、カウンターに片肘をついて上目づかいにこちらを見る。
「中々どころか――あんな肉、今まで見たことないですよ。」
してやったりと言った表情でニッと微笑む彼女はメルラブの店長だ。更に、有名な美容系のインフルエンサーで地下アイドルのプロデュースまでしているらしい。初めに聞いたときは冗談かと思ったが、彼女の名前を検索すると大量のショート動画が表示される。1000万再生を超えている動画すらあった。
俺は彼女に「頂きます。」と断った後、カウンターに置かれた肉を一切れ持ち上げる。
これでもかと思える程の油が流れ落ち、黒い皿の上に水たまりを作る。これが、A5ランク神戸牛のシャトーブリアン――テレビでしか見たことが無い。都市伝説の類かと思っていた……。箸で持ち上げたままにしておくと、肉が重力に耐えられず切れてしまいそうなので、急いで口の中に入れる。その瞬間、旨味の暴力が口の中を襲い、計算されつくされた塩味とコショウの風味が後からやってきた。
「今まで食べてきた肉とは何だったのか?」と思えるくらい美味い。油が多いのに全くしつこくない。それどころかさっぱりとすらしている。しかも、本当に肉かと疑いたくなるくらい柔らかい。全ての歯が抜け落ちたとしても、食べられるのではないか?
これがもし料理漫画だとしたら、絶叫して悶絶し、背景が爆発していたに違いない。しかし、現実ではたった一言だけ口から言葉が漏れるのみだった。
「凄い……。」
そんな俺の姿を見て、彼女は堪えるように「くくくっ……」と笑う。
「まさか、料理を食べて『美味い』でも『不味い』でも無く、驚愕の言葉が出るとはね――。しかし、その表情を見られただけで良かったよ。」
俺だって驚いているさ。しかし、あまりの美味さに脳が処理をしきれなかったのか、思わず言葉が漏れ出してしまったのだ――と言うか俺、そんなおかしな表情をしていたか?
「あまりにも美味しくて……。」
「それは良かった。では、私も食べさせて頂こうかな。」
そう話し、彼女も皿の上の肉を箸で掴み口の中へと入れる。
「やはり美味いな。」
彼女は肉を咀嚼してから飲み込むと、満足そうな表情を浮かべている。
なぜ、俺が彼女と一緒に食事をしているのか――。
◆◆◆◆
アイさんとミィが俺の隣の部屋に引っ越してすぐの頃、アイさんから『ミィがメルラブに復帰する』と聞いた。そのため、久しぶりに働くミィの様子でも見に行こうと思い、数日後メルラブへと向かったのだ。
その日はアイさん、マイ、ミィと談笑をし、会計を済ませメルラブから出た。その瞬間、女性に呼び止められた。
「貴方がユウトさんですね。」
電子タバコをしまいながら話す彼女に目を向ける。
「はい。私がユウトですが……もしかして、メルラブの関係者の方ですか?」
「まぁ……Melty Loveの店長です。アイが世話になったようで、一言礼を言いたくて。」
頭を下げる彼女にたじろぎ、両手を振る。
「そ……そんな、俺は何もしていませんよ。アイさんの異変に気が付いた、ミィちゃんを褒めてあげて下さい。」
彼女は頭を上げると、口元を抑えながらクスクスと笑う。
「アイやミィが懐く理由が、少し分かった気がしました……。では今度、お礼と言っては何ですが一緒に食事でもどうですか? 私にごちそうさせてください。」
「はい……はぇ?」
◆◆◆◆
そんなこんなで彼女に食事へと誘われ、こうして一緒にディナーを共にしているわけだが……まさか、こんな高級店だとは思っていなかった。トップインフルエンサーって毎日こういうお店で食事をしているのだろうか?
改めて彼女のことを見る……顔立ちはアイさんにも負けないくらい整っており、人気である理由が良く分かる。それにメイクも本当に最低限しかしていないだろう。しかし、肌も唇も瑞々しく……何というか、彼女もアイさんやマイ、ミィと同じようなオーラと言うか……人を引き付ける何かを感じる。
ただ、一点気になるところが……。
コメント
1件
このエピソード、一気に大人な雰囲気になりましたね。神戸牛の描写が丁寧で「旨味の暴力」という表現に思わず笑ってしまいました。アイさんたちと同じく、店長にも何か秘密がありそうな「一点気になる点」で締めるのが上手い——次が気になります。