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莉久⚁⚄[低浮上]
33
#ご本人様には関係❌
第4話 半年経った
最終確認と必要な手続きが、すべて終わった。
龍清が記録板を閉じる。
その瞬間、先ほどまで柔らかかった表情が、職員のものへ戻った。
「以上で、人型化準備区域における支援を終了する」
明瞭な声だった。
「今後、生活上の相談や医療支援が必要になった場合は、一般窓口を利用すること。戦闘任務に関する診療と調整は、配属先を通して申請できる」
「分かった」
「お前はもう、自分で状態を伝えられる。必要な時に支援を求めることも、自立の一つだ。何でも一人で片づけようとするなよ」
「ああ」
龍清は一つ頷いた。
それから、閉じた記録板へ手を置いたまま、熊を見る。
「卒業おめでとう、魁篤」
職員として告げられた、最後の言葉だった。
「ありがとう、龍清」
熊は立ち上がった。
区域内で使用していた入域札を外し、龍清へ差し出す。
龍清はそれを両手で受け取った。
もう、この札を使って利用者として戻ることはない。
二人は並んで廊下を歩いた。
この半年、毎日のように通った道だった。
生活訓練室。
調律室。
龍清に書類を読まれながら、寝台の上で由来反応へ耐えていた部屋。
見慣れた扉を一つずつ通り過ぎる。
熊は振り返らなかった。
ここで学んだことは、ここを出たからといって失われるものではない。
正面に、人型化準備区域と一般区域を分ける境界が見えてくる。
龍清が扉を開けた。
「行けるな?」
「ああ」
熊は自分の足で境界を越えた。
龍清も、見送りのためにその後へ続く。
扉が閉じる。
区域名を示す札は、二人の背後へ回った。
もう、職員と利用者ではない。
「これで見送りも終わりだ」
龍清が言った。
「ここから先は一人で――」
「半年経った」
龍清の言葉が止まった。
「……覚えてたか」
「忘れるわけがない」
「だよなぁ。あんな指切りまでしたんだから、忘れてくれてる方がおかしいか」
龍清が視線を泳がせる。
「……それにしても、卒業した直後に来るとはな。熊さん、もう少し余韻ってものを――」
「龍清」
名前を呼ぶ。
龍清の口が閉じた。
熊は、目の前の男をまっすぐ見た。
「今度は、由来反応に押されているわけではない」
身体の内側に、あの日のような熱はない。
視界が狭くなるほどの欲求も、相手の言葉を聞こえなくする衝動もない。
自分が何を望んでいるのか、今は言葉で分かっている。
「半年、考えた」
待っていたのではない。
龍清の答えだけを頼りに、卒業までの日々を過ごしてきたわけでもない。
自分の身体を知った。
自分の意思を伝える方法を覚えた。
他者と暮らすための規則を学び、これから担う仕事も自分で選んだ。
そのすべてを積み重ねた今でも、思いは変わっていなかった。
「俺は、お前が欲しい」
龍清の目がわずかに見開かれる。
「龍清。俺と一緒にいてくれ」
沈黙が落ちた。
龍清は何かを言いかけ、口を閉じる。
それから額へ手を当て、大きく息を吐いた。
「……はは。ちょっと待て待て、熊さんよ」
焦りを隠すように笑っている。
「分かってはいたけど、お前、本当に一切逃げ道を残さないな」
「お前は逃げないと言った」
「言った。言ったよ」
龍清は顔を上げた。
もう笑ってはいなかった。
「だから、俺も逃げない」
職員としてではなく、一人の男として熊を見る。
「半年後も同じ気持ちなら聞かせろって、俺が言ったんだったな」
「ああ」
「俺も、半年ずっと考えてた」
龍清は一度だけ息を吸った。
そして、先ほど決まったばかりの名を呼ぶ。
「俺もお前が好きだ、魁篤」
熊の香が大きく揺れた。
胸の奥から湧き上がった熱が、一気に全身へ広がっていく。
それでも、身体は先に動かなかった。
拳を開き、自分の意思でその場に立ち続ける。
「抱き締めていいか」
龍清の頬が赤くなる。
「……今も、ちゃんと聞くんだな」
「聞く」
「そうか」
龍清は照れたように視線を逸らし、それでも逃げなかった。
「ああ。来いよ」
許可を得てから、熊は腕を伸ばした。
龍清の身体を抱き寄せる。
半年間、触れたいと思うたびに思い出してきた男が、今は自分の腕の中にいる。
思わず力が入った。
「ちょ、おい。待て待て、熊さん――」
龍清の声に、熊はすぐ腕を緩める。
だが、完全に離れる前に、龍清の手が背へ回った。
「離れろとは言ってない」
熊は動きを止めた。
「お前、でかいんだから少し加減しろって言ってるんだよ」
「ああ」
「まったく。困った熊さんだなぁ」
呆れた声だった。
けれど、その腕は熊の背から離れない。
「……魁篤」
龍清が言い直す。
「これからは、そっちで呼ばないとな」
「ああ」
熊は今度こそ、龍清を痛めない力で抱き締めた。
*
しばらくして、二人はようやく身体を離した。
龍清は赤くなった顔を誤魔化すように衣を整える。
「さて。いつまでも区域の前で突っ立ってるわけにもいかないな」
「ああ」
「行くぞ」
龍清が歩き出す。
熊も、その隣へ並んだ。
もう、利用者として後ろをついていくのではない。
同じ場所へ向かう男として、同じ歩幅で進んでいく。
数歩先で、龍清が振り返った。
「帰るぞ、魁篤」
「ああ」
熊は、自分の名へ応えた。
二人は並んだまま、人型化準備区域を離れた。
コメント
1件
うわあ……もう、この回だけで泣きそうになりました。龍清が「卒業おめでとう」って職員として最後の言葉をかけるところから、もうダメでした。そして熊さんが「半年経った」って切り出す展開、ずっと待ってたんだなって思うと胸が熱くなりました。 「抱き締めていいか」って、ちゃんと聞くところが本当に熊さんらしい。許可を得てからぎゅっとして、すぐに離れようとしたら龍清の方が背中に手を回して離さない、そのやりとりがもう……尊すぎてページを閉じてしまいました。二人ともちゃんと「自分の意思」で選んだんだなって伝わってきて、すごくいい読後感です。