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一週間、本当に忙しかった。
やっぱり外回りオンリーの勤務は体に応える。
小熊くんの若さを本当に実感した。
「鈴木、大丈夫か?早く帰れそうなら帰れよ」
ヘトヘトの私を見て、いつも意地悪な部長まで優しい言葉をかけてくれる。
「大丈夫です。小熊くんがよくやってくれていますから」
「そうか」
高田が内勤を初めて1週間、
やっと週末となり来週からは地獄の外回りから解放される。
「すまなかったな」
息も絶え絶えに座り込んだ私に、高田が缶コーヒーを差し出した。
「いいわよ。お互い様だし」
今までいっぱい助けてもらってきたんだから、これくらいなんてことはない。
「明日休みだよな?」
「う、うん」
何、休出するつもり?
そんなに仕事が残ってはいないはずだけれど。
「なあ鈴木」
ん?
「明日、時間があるか?」
「うん、仕事?」
「いや、世話になったから、食事でもどうだ?おごる」
「いいよ、ゆっくり休みなよ」
私もしんどかったけれど、高田も残業続きだったはず。
体だってまだ本調子ではないのに。
「俺はもう平気だ。昼でいいか?近くまで行ったらメールする」
「え?」
これってデートのお誘いかなあ?
***
結局断るタイミングを逃したまま、私は週末を迎えてしまった。
もちろん、その気になれば断ることはできた。
でも、そうしなかった。
気持ちのどこかに、高田といたい気持ちがあったから。
ピコン。
『近くのコンビニまで来てるけれど、出てこれる?』
「うん、今行く」
迷いはなかった。
家からコンビニまでダッシュで5分。誰にも会いませんようにと祈りながら走った。
「ごめん、お待たせ」
「全然待ってないから」
変わらずさわやかな高田がいた。
「さあ、どこ行こうか?」
カーナビを操作しながら、目的地を探している。
「無理したら、また足が痛くなるんじゃないの?」
「もう大丈夫」
「でも・・・」
「行くなら、映画か、ショッピングか、水族館か、美術館。って、お前と美術館ってイメージじゃないな」
「悪かったわねえ」
どうせ私に美術館は似合いません。
「怒るなよ。ほら、どこにする?」
うーん。
映画は座っていられるけれど、他はみんな歩かないと行けないし。
大勢の人が集まる映画館って、そんなに好きじゃない。
なんだか落ち着かなくて、集中できないから。
「映画見るよりも、DVDを借りて帰って家で見る方が好きなんだけれど」
「はあ?せっかくの休日を家で過ごしたいの?」
「うん」
***
しばらくジーッと考えていた高田。
「本当にそれでいい?俺に遠慮してない?」
「うん」
嘘ではありません。
「昼飯は?」
「買って帰ろうよ」
「お前、絶対無理してるだろう?」
「してない。本当にゆっくりしたいの。今週は忙しかったから」
途端に、高田の顔が曇った。
「ごめん、そんなつもりじゃないの。それに、忙しかったのは高田も一緒でしょ?」
「まあな」
「だから、ゆっくりしましょ。月曜から、また忙しくなるんだから」
「ああ。でも、年寄りみたいだなあ」
「悪かったわね」
「で、お昼何にする?」
「うーん、ハンバーガー」
「はあ?」
呆れられている。
「違うの、本当に食べたいの。学生時代からファーストフードは母にとめられていてあまり食べられなかったのよ。だから、時々無性に食べたくなるの。でもほら、1人では行きにくくって」
大学に入るまで、私はハンバーガーもインスタントラーメンも食べたことがなかった。
そんなものだと思っていた。
「じゃあ夕食は食べに行こう」
「いや、夕食は作るよ。とは言っても私のリクエストはカレーだけど」
「カレー?」
すごく不思議そうな顔。
「あのね、うちのカレーって母さんのこだわりが強くって、カレールウを使わずにスパイスから作るのね。でも、私はそれが嫌い。とにかくフツーのカレーが食べたい」
こんな気持ち、誰にもわかってもらえないよね。
「そういえば俺んちもルウを使ったカレーって出てこなかったなあ」
「一緒だねぇ。だから時々、無性に給食のカレーが食べたくなる」
「そうだな。じゃあ、買い物してDVDを借りて帰るか」
「うん、ハンバーガーもね」
「ああ」
クスッと笑った高田の顔が、とてもかわいかった。
***
「.ふーん、美味しい」
大きな口を開けてハンバーガーをほおばる。
きっと、白川さんの前ではこんなふうにハンバーガーを食べることはできない。
高田の前だからだよね。
「おいっ」
「ん?」
「ここ、ケチャップついてる」
口元に指をあて、指摘された。
ああ、ホントだ。
紙ナプキンで拭きながら、どれだけ警戒心がないんだろうと呆れてしまう。
「DVDどれから見る?」
うーん。
借りてきたのは話題の新作映画と、海外の連続ドラマ、高田リクエストのアクションものと、私の希望した切ない恋愛もの。
「まずは話題作から?」
「そうだな」
リビングのテーブルの上にチョコやスナック菓子を広げ、ソファーを背にクッションをいくつか並べた。
「始めるぞ」
「うん」
広くて立派な部屋に置いてあるテレビもまた期待を裏切らない大きさで、画質も最高。
映画館に行かなくて良かったと本気で思った。
「飲み物持ってくる?」
「いいよ。お昼のドリンクがまだ残っているから」
「そうか」
テレビに向かいソファーを背に座った私の横に、高田が座り込む。
距離が近くて緊張してしまうのは私だけ?
「眠たくなったら寝ていいぞ」
「寝ないわよ」
もう、馬鹿にして。
選んだ映画はSFもので、結構アクションシーンもあり目が離せなかった。
ああー。
うわー。
時々声を上げ、体を動かすと、当然高田にぶつかってしまう。
そのたびにドキドキして・・・ホント、私達って変な関係。
「そろそろカレー作るか?」
そう声がかかったのはSF映画を見終わり、海外ドラマのシリーズものを3話ほど見終わったときだった。
「そうね、用意するわ」
「手伝うよ」
「うん」
カレーは約束通り、市販のルーを使ったオーソドックスなもの。
具材も、ジャガイモ、にんじん、タマネギと豚肉。
「豚肉のカレーって家では出なかったなあ」
「うちも。意味もなく高そうな和牛の角切りを使ってあって、カレーにはもったいないよって思っていた」
「ふーん」
私が野菜と肉を炒め、高田がご飯を炊き、あっという間にできあがっていく夕食。
その時間がとても幸せだった。
「食うか?」
「うん」
2人で作ったカレーはやはり美味しかった。
高田はおかわりまでしてくれて、作った私としてはいい気分。
***
「うーん、面白かったね」
シリーズもののドラマを見終わったところで、ギューッと伸びをした。
「うん、いい休日だった」
高田も満足そう。
「どうする?そろそろ時間だろう?」
「う、うん」
確かに、時刻は10時過ぎ。
これ以上遅くなれば、やかましく言う人が出てくる。
でもねえ、
「私達、まるで高校生みたいだね」
「へ?」
「だって、いい年した大人が門限気にしてるなんておかしいじゃない」
「仕方ないだろ。お前の家、うるさいんだから」
「まあ、そうだけれど」
それって私のせい?
「送るよ」
鍵を手に立ち上がった高田。
「・・・帰りたくない」
つい本音が出た。
「お前がまた、」
呆れたように私を見下ろしている。
「だって、ほら、借りてきたDVDも残っているし」
「いい加減にしろ」
言葉は強いけれど、優しい口調。
もしかして、同じ気持ちでいてくれたら・・・
***
「私達の関係は何なの?」
以前から聞きたかったことを口にした。
「仲間、友人、同志。かな?」
「会社の仲間?友人の1人?って事?」
「ああ。でも。鈴木は特別だ。共に戦う同志だからな」
「高田の中で、私は女ではないのね?」
「鈴木はカテゴリーになんて分けられない」
「でも・・・」
真面目な高田が私を家に呼ぶのは今付き合っている人がいないから。でも、高田に好きな人ができれば、私はもうここに来ることもなくなる。その程度の存在って事?
「詳しいことは言えないが、俺は誰ともつきあう気はないし、もちろん結婚するつもりもない。それは鈴木だからって事ではなくだ。色々と事情があるんだよ」
「ふーん」
事情は私にもあるから、詳しくは聞かない。
「なあ鈴木」
「なに?」
「1つだけ言っておく、この部屋に女性を入れたのは鈴木だけだ。これからもお前以外入れる気はない」
え?
意外だな、高田ってモテそうなのに。
「正直、俺はお前が好きだと思う。一緒にいるとくつろげるし、楽しいとも思う。でも、先には進めない。理解してくれ」
好きだの一言が、頭の中でグルグル回っている。
きっとこれは、Likeって意味で、loveではないんだ。
でも、うれしい。
「卑怯かもしれないが、お前に好きな人が現れたら、俺は邪魔する気はない」
「うん」
返事をしたものの、何か腑に落ちない。
でも、苦しそうな顔が、これが精一杯なんだと言っている。
きっと私は高田を困らせてしまったんだ。
「ごめん、帰る」
「ああ、送るよ」