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日曜日。
私はおしゃれをして家を出た。
そういえば、昨日も同じように出かけたっけ。
「一華さん」
家の前の道路に車を止め、白川さんが立っていた。
「お待たせしました」
「いえ、僕も今来たところです」
お見合いの席で見たのとはまた違う、カジュアルなパンツとTシャツにジャケットを羽織った格好。
うーん、さわやかな二枚目。
高田よりもちょっとだけ線が細い分、スマートでインテリな印象。THEお医者様って感じね。
「で、どこへ行きましょうか?」
「お任せします」
別に、投げやりなわけではない。
就職してからあまりにも忙しくて、デートらしいデートなんてしていないから最近の流行がさっぱりわからない。
そういえば、デートどころかここ6年特定の彼氏がいたことがなかった。
うわー、私って女として死んでる。
「遊園地でいいですか?」
「え?」
正直、驚いた。
30前のいい大人の初デートが遊園地って。
もう少し落ち着いた行き先があると思うけれど。
「イヤですか?」
「いいえ」
イヤって訳ではない。
ただ、びっくりしただけ。
そもそも、今日のデートを白川さんが了承したのも意外だった。
白川さんの方から断ってくれると思っていたのに。
「どうしてお見合いを断らなかったんですか?」
唐突だなあと思いながら、どうしてもそれを聞きたかった。
「仲人をしてくださったのは古くからつきあいのある奥様でね。断ることができなかったんです。一華さんはどうして断らなかったんですか?」
「それは・・・」
父さんと兄さんを説得する勇気がなかったから。
「とりあえず、今日一日楽しみましょう」
「はい」
***
白川さんが連れてきてくれたのは公園に隣接した小さな遊園地。
私も小さい頃何度か来た覚えがあるところ。
コーヒーカップやメリーゴーランド、バイキングと観覧車。あとは・・・小さなジェットコースター。しかし、ジェットコースターとは言っても横回転も縦回転もしない一昔前のもの。
それでも、子供の頃来たときには随分広い遊園地だと思ったけれど、大人になってみると手狭な感じ。
「懐かしいなあ」
つい口にしていた。
「やっぱり?」
え?
「美園幼稚園の遠足っていつもここだったじゃない」
えええ?
美園幼稚園は都内の有名私立幼稚園。とは言っても受験勉強オンリーってわけでもなく、躾にもマナーにもうるさいミッション系の幼稚園。
兄も私もそこに通っていた。
「ど、どうして?」
何で白川さんが知っているの?もしかして・・・
「そう。僕も美園幼稚園に通っていました」
へー。
「もしかして、私のことを覚えてるんですか?」
申し訳ないけれど、私に当時の記憶はない。
「残念だけれど、記憶はない。ただ、渡された釣書を見て気づいたんだ」
ああ、お見合いの釣書。私は全く見ていなかった。
「さあ、どれに乗る?」
「えー、どれでも・・・」
どう見ても絶叫系はなさそうだし、どれも安心して乗れそう。
***
「じゃあ、ジェットコースターから。いい?」
「はい」
いくら恐がりの私でもこの程度なら大丈夫。
「よし、行こう」
白川さんに手を引かれ、あまり並ぶこともなく順番はやって来た。
カタンカタンカタン。
小さな金属音を立ててジェットコースターが動き出す。
今日はパンツと低めのパンプスにして良かった。
スカートなんかで来たら大変だったと思う。
ゆっくりと傾斜を上がるジェットコースターを見ながら、そんなことを考えていた。
この時はまだ余裕だった。
カタン。
頂上まで上がり一拍動きが止った後、ジェットコースターが加速を始めた。
ん?
ヤダ。怖いかも。
コース自体はそんなに大きくはないし、回転するわけでもないけれど、ガタガタと揺れる振動が、すごく怖い。
少し左右に振られるだけで、飛んで行くんじゃないかって気がする。
カタン。
金属音を立て、大きく右へのカーブを切った瞬間、私の体にもGがかかった。
「キャアー」
思わず声が出た。
怖い怖い。
無理、誰か止めてー。
「キャアアー」
1度発した悲鳴はもう止らないかった。
***
「一華さん、大丈夫?」
ハンカチで目元を押さえ肩で息をする私に、白川さんがコーヒーを差し出した。
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
紙コップに入ったコーヒーをいただきやっと落ち着いた。
「このジェットコースターって、一見しょぼそうに見えるからみんな油断するんだよ。絶叫系の最新タイプとは別の意味で怖いのに」
どうやら、白川さんは私の反応を予想していたらしい。
まんまと乗せられたようで、気分が悪い。
「私を泣かせたくて、ここに来たんですか?」
意地悪な言い方をしてしまった。
「そうかもね」
「え?」
「一華さんの素顔を見てみたかった」
私の素顔って。
「意地悪ですね」
要は私を困らせたかっただけじゃない。
「素直じゃない一華さんにお仕置きってとこかな?」
「はあ?」
一瞬で顔が赤くなった。
何なのこの人。
私は拳を握りしめて立ち上がった。
「結婚する気もないのにお見合いして、バカなお嬢さんのフリして」
「結婚する気もないのに、お見合いしたのは白川さんも一緒じゃないですか?」
被せ気味に、言い返した。
「そうだね。でも、一華さんから連絡がなければ、この話はなかったことになるはずだった」
うっ。
「どんな心境の変化で、『また会いたい』なんて誘ってもらったのかなあ?」
「それは・・・」
「僕に興味がわいた?」
「いいえ」
全く。
ちっとも。
「じゃあどうして?」
「・・・.白川さんだって、その気がないなら断ってくれれば良かったじゃないですか?」
「俺のせい?」
ううっ。
やっぱり白川さんは苦手だ。
話せば話すだけペースを握られてしまう。
「それで、今日僕を誘ってくれた理由は?」
ちょっとだけ、白川さんの口調がきつくなった
***
「兄に弱みを握られて押し切られました。ごめんなさい」
「フーン。何したの?」
「え?」
「どんな弱みを握られたの?」
「・・・」
答えられない。
私は高田を思い出していた。
昨日一日一緒に過ごして、すごく幸せだった。
無理だとはわかっていても、ずっとこうしていたいと思った。
昨日のあれもデートなのかなあ。お家デート。
ヤダ、私二日も続けてデートしてる。
「華さん。一華さん」
え?
いけない、ボーッとしていた。
「どうしたの、大丈夫?」
「ええ、すみません」
「今、何考えてた?」
「え?」
今って、
「どんな悪さをしたのか、今何を思い出していたのか、言って」
「えっと・・・」
悪さをしたって、最初から私が何かしでかした前提なのが腹が立つ。
「ねえ、一華さん」
「はい」
「医者ってね、結構忙しいんだ。楽して金儲けをしているように思われがちだけれど、月金で外来や病棟の受け持ち患者の診察をした上に、当直や救急当番があったり、山のように来る紹介状や診断書の作成依頼も時間を見つけてやらなくちゃいけない。それを全部こなした上で、学会の準備もしなくてはいけないからね。俺たちみたいな若手の医者にプライベートなんてないんだよ」
これは、忙しい俺の時間を無駄にさせるんじゃないって言ってるんだよね。
「それは申し訳ありませんでした」
素直じゃない私は嫌みっぽく言ってしまった。
「それで、何しでかしたの?」
やっぱり聞きたいらしい。
聞いて楽しい話とは思わないけれど、こうなったら話すしかない。
「ちょっとしたミスをしてしまって、それを素直に話せば良かったのに隠したものだから、大騒ぎになりかけたんです」
「それで?」
「私のせいで同僚や直属の上司が処分されるのが我慢できなくて兄に頼み込みました『なんとかして欲しい』って。その交換条件が」
「今日のデート?」
「はい」
「で、わがまま一華ちゃんはデートの最中にその上司のことを考えていたと?」
「いえ、そんなことは・・・」
「違うの?」
「いえ・・・」
違わない。
***
ククク。
白川さんがおかしそうに笑いだした。
「一華ちゃん素直だねえ。面白い」
お腹を抱えてまだ笑ってる。
「本当にすみません。巻き込んでしまって」
白川さんからしたら、迷惑な話でしかないはず。
「もういいよ。事情はわかった。でも、俺にも色々あって簡単に見合いを断ることができないんだ。できたら君から断ってもらうか、自然消滅を狙いたい」
どうやら相当の事情があるみたい。
「父に話して、お断りするように言います」
「できるの?」
「なんとかします」
するしかない。
私が一番悪いんだから。
「よし、せっかく来たんだから遊園地を楽しもう」
立ち上がって私の手を取った白川さん。
「えー、もう無理です」
あのジェットコースターは2度と乗らない。
「大丈夫、もう怖いのはないから。まずは、観覧車に乗ろう。高いところは平気だよね?」
「はい」
白川さんに腕を引かれ、2人で観覧車に乗り込んだ。
「うわー、すごい。いい眺め」
「そうだね。ほら、あそこが美園幼稚園」
「本当だ」
同い年って事は、きっと幼稚園でも会っていた私達。
記憶はないけれど、今こうして一緒にいるのは不思議な気分だな。
その後、メリーゴーランドやコーヒーカップに乗り、私は十数年ぶりの遊園地を満喫した。
***
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「どういたしまして」
送ってもらう車の中でお礼を言った。
「そうだ、もう一カ所寄り道してもいい?」
「へ?」
「この通りにある本屋に行きたいんだ」
「ああ、蔦の木書店?」
「そう」
蔦の木書店は都内に十数店舗を持つ大型書店。
でも、この先にある店は医学書やビジネス書に特化した品揃えで、私も何度か来たことがある店。
他の店にないようなマニアックな本があったりして、見ているだけでも楽しい。
「私も久しぶりに行きたいです」
郊外型の大型駐車場併設の店舗だけに車はすぐに止めることができた。
「すごい人ですね」
「そうだね。日曜日だからなあ」
店内は学生やビジネスマン風の人で混雑していた。
「僕は医学書が見たいから2階へ行くけれど」
「私はビジネス書を見たいのでこの辺にいます」
「じゃあ、何かあったら連絡して」
「はい」
私達は観覧車の中で連絡先の交換をした。
これから先何かあれば直接知らせようと約束をして。
ブラブラと本を見て歩きながら、新人の頃を思い出した。
元々不器用な私は何をやってもうまくいかず、結果の出せない自分に悩んでいた。
人間そんなときには何かに頼りたくなるもので、よくここに来て色んな人が書いたビジネス書を買いあさっていたっけ。
そんなことをしても頭でっかちになるだけで、いいことなんてないのに。
あっ。
私が好きだったシリーズの新刊が出てる。
棚に手を伸ばした私は横から出てきた手とぶつかった。
「ああ、すみません」
「いえ」
・・・ん?
「「あっ」」
声が重なった。
「何でいるの?」
「お前こそ?」
そこにいたのは高田鷹文だった。
「何してるの?」
「何してるって、ここは本屋だぞ。本を見に来たんだ」
そりゃあそうだろうけれど。
「たまに来るんだよ。この店って品揃えが豊富だから」
「確かに」
「鈴木は?」
「私もこの店が好きで、今日はフラッと立ち寄ったの」
まさかデートの帰りだとは言うわけにもいかず、なんとか誤魔化そうとしてみた。
「フーン」
どうやら疑っている様子はない。
***
「これ買うのか?」
「うん、このシリーズが好きで全部持ってるの」
「俺こっちを買うから、後で交換しようぜ」
「いいわねえ。私読むの早いからすぐに回すね」
ビジネス書って結構値が張るから、貸してもらえると助かる。
ここが本屋さんなのも忘れてすっかり職場の気分で話し始めた私達。
私はこの時、白川さんの存在を忘れていた、
「お前、1人?」
「ううん。連れがいて・・」
なんて説明しようかと思ったとき、
「一華ちゃん」
前方から歩いてくる白川さんと目が合った。
マズイ。と思ってもどうすることもできず、私は固まった。
「どうしたの?知り合い?」
高田の後ろ姿と私を交互に見て、説明を求めてくる。
「うん。会社の同期。偶然ここで会って」
「そう」
そこまで聞いてから、高田が体の向きを変えた。
「会社の同期で高田鷹文と言いま、す」
にこやかに振り向いた高田。
「白川潤です」
なぜか、白川さんの表情は硬い。
「えっと、白川さんは」
なんて説明すればいいんだろうか?
「僕は一華さんのお見合い相手です」
白川さんが自分で言ってしまった。
まあ、嘘ではないし、仕方ない。本当は高田に知られたくなかったんだけれど。
「じゃあ、一華さん行こうか?」
「はい。髙田、またね」
「ああ」
軽く手を振って、私と白川さんは本屋を後にした。
車に乗り込み家に向かう途中、白川さんは元気がなかった。
「彼が、物思いの原因?」
真っ直ぐに前を見ながらボソッと聞かれ、
「そうかもしれません」
正直に答えた。
家に帰ったら父さんにはっきりお見合いのお断りをお願いするつもりだし、今さら嘘をついても意味がない気がした。
「そうか」
そう言ったきり白川さんは黙ってしまった。
それでも家の前まできちんと送り届けてくれた白川さんに、
「今日はありがとうございました」
きちんと頭を下げ、最後になるかもしれないデートは終わった。