テラーノベル
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gtkyで三日月ステップのパロです
文字が多いというか説明文が多いというかセリフが少ないというか
とにかく、めちゃくちゃ長いです。
お気をつけて…
今回は2話に分かれててエンドが2つあります
ハッピーエンドとメリーバッドエンドをお楽しみやがれください!!!!!!
ちょっとgtさんとkyの年齢分かりづらいのでだいたいの設定置いときますね
gt→14歳の中学2年生。kyに一目惚れをし、恋人も作らずkyを想い続けている。
ky→7歳の小学3年生。とあるきっかけでgtの家に遊びにいくようになり、仲良くなる。優しいお兄さんとしてgtのことが好き。
※gtky
年齢差
登場人物の年齢変更
mobの登場がそれなりに多いです(ky、gtの親族的なポジ)
gtさんが超激重
少しだけrt、usの登場あり
気づいてない、誰1人。俺の気持ちは、誰も気づいてくれなんかしない。
近所に1人だけ、小さな子供がいる。1ヶ月ほど前に隣に引っ越してきた小学3年生の男の子で、名前は「キヨ」という。俺は、その子に一目惚れをしてしまった。
初めて会ったのは、引っ越しの挨拶に来てくれた時だった。
夕焼けが街を朱の色に染める頃、ぼんやりとテレビの画面を眺める。突然インターホンが家に鳴り響き、母親が黄色い声を作って対応する。すぐに俺が呼ばれた。どうやら、隣の空き家に親子が引っ越してきて、挨拶をしに来たらしい。そんなことしなくても、どうせ交流はないのに。重い足を動かして玄関へ移動し、母親と並んで来訪者の対応をする。
目の前に現れたのは、若い婦人と小学生低学年くらいの男の子だった。
「こんばんは、こんな時間に。隣に引っ越してきた◯◯です。こっちは、息子のキヨ。ほらキヨ、挨拶して」
「…」
母親の衣服をぐしゃぐしゃに掴んで、離す気配はない。幼いからなのか、人見知りなのかわからないが目を合わせたくないようで、キヨを見つめる俺の目から視線を逸らしていた。
その瞬間から俺の心は全てキヨに向いていた。
すべすべで触り心地の良さそうな白い肌。綺麗に手入れされた髪。少し吊り上がり気味の紅葉色に染まった目。口をきゅっと結んだ澄まし顔は外国の人形のようで、全てが愛おしく感じた。
「キヨ、っていうの?俺はガッチマン。これから仲良くできたら嬉しいな」
屈んでキヨと目線を合わせ、少しでも話しやすいようゆっくり優しく言葉を投げかける。どうやら少し安心したようで、顔をこちらに向け、しっかりと目を合わせ口を開いてくれた。
「ガッチ、まん…?かっこいい名前だね…!ガッチさんってよんでもいいっ?」
「うん、いいよ。やっと話してくれた」
かわいいかわいいかわいい。キヨの声は先ほどの様子とは打って変わって明るく、同時にぱっと顔に笑みが灯った。つられて思わず口角が上がる。何も考えずとも、話が弾んで止まらなくなっていく。こんなに家族以外と話をするのは、始業式以来だ。
そしてやがて、邪魔が入った。こんな時間に来たのもあって、もう帰らなければいけないらしい。もうそんな時間か。一生、ずっとああして話していたかったのに。
「ばいばい、ガッチさん!またお話しようね!」
「うん、ばいばいキヨ」
冷ややかな空気が夕日によって朱く染まっていた。無邪気に手を振り、満面の笑みで「ばいばい」を連呼するキヨが、俺には酷く愛おしく思えた。いつかまた、会える時は来るのかな。
今日は母親が夜勤でいない。食事も、洗濯も全て1人でやらなければいけない。3日に1回は必ずある、俺だけ取り残される日。俺はこの時間が大嫌いだった。ずっと教師の話をノートに書き連ねて、家に帰ってきて、すぐに宿題を終わらせて、やることがない。どうしようもない無気力に襲われて、リビングのソファに乱暴に横たわる。
瞼が重くなってきて目を閉じかけた時、聞き慣れたインターホンの音が聞こえた。誰だよ、こんな時間に人を呼び出す酔狂なやつ。眠気を振り払い、画面越しに来客と言葉を交わす。
「…はい」
「うっ…ひっ、ぐずっ…」
「キヨ!?」
液晶画面に映し出された人物は、目元を真っ赤に腫らして涙をこぼす片想いの子だった。すぐに玄関の扉を開け、キヨの肩に手を置く。
「キヨ…!?なんで!なんで泣いてるの…?」
「ゔっ…友達と…けんかしちゃって…ひっ…もう嫌いって言われちゃったあ…」
キヨを泣かせたやつがいるってことか。絶対に許さない。こんなかわいくて愛らしくて泣いて俺を頼ってくる最高の子を泣かせたなんて。
口にも顔にも滲み出てしまいそうな押し寄せた思いをなんとか退け、小刻みに震えながら鼻をすするキヨを抱えてリビングに連れていく。そのままソファにそっと座らせ、温かい飲み物の用意をしようとリビングを離れようとする。
すると、服の裾が引っ張られて進むことができなかった。 後ろを振り返ってみると、俺のパーカーを引っ張っていた正体はキヨだった。
「…やだ。あっち行かないで…」
部屋に小さな震えた声が響く。弱々しく小さな手で俺を引き止める姿は母猫に縋る子猫のようで、どうしても放っておくことができなかった。歩みを止め、キヨの隣にゆっくりと腰掛ける。
「大丈夫、何があったか話してみて?落ち着いてきたら謝ればいいからね」
「うん…」
途切れ途切れに涙を堪えながら、理由、現状をしっかりと話してくれた。まだ感情の整理がつかないせいで、話が時折しどろもどろになるのがかわいい。話を終えると安心したのか、そのまま横たわって寝息を立て始めた。キヨの頭は俺の膝の上に乗っており、思わず胸がきゅんと締まる。横顔から見えるまつ毛は長く、上に綺麗なカールをしている。頭を撫でてみるとふんわり石鹸の匂いがあたりに充満する。少しだけくるくると巻いている髪の毛は、長毛の猫のような触り心地がした。
「ん…がっちひゃん…」
不意に名前を呼ばれ、身が硬直する。だが、ただのキヨの寝言だった。寝言だろうとなんだろうと、キヨの心にしっかり俺という存在が確立されているのが嬉しくてたまらなかった。会ったことがあるのは、引越しの挨拶の時、学校に行く前の朝の挨拶の時、今回の訪問。指を折って数えてみると、わずか4回程度しかなかった。
それだけ1回1回の印象がよかった、ということだろうか。この地域には、あまり近い年代の人間がいなかったのも大きな理由だろうが、そんなことはどうでもよかった。
「…よかった、な」
名残惜しくキヨの頭にそっと撫でる。そのまま抱き抱えてソファから玄関へ、玄関を開けて隣の家のインターホンを押した。
〜ky side〜
「ん…?」
起きたら、おれの家だった。自分のへやのベッドの上で寝ていた。あのとき、ガッチさんの家に行ったはずだったんだけどな。いっぱい泣いちゃったからなのかわからないけど、目元がなんとなくかゆい。ベッドからおりて母さんがいるはずの1階へ下がっていく。
「キヨ、おはよう。もうこんな時間だけど」
「おれ、今日ガッチさんの家に行ったはずだったんだけど…?」
「ああ、あれね。寝ちゃったキヨをわざわざ抱えて連れてきてくれたの」
「え?ほんとに?」
母さんに聞いてみると、おれがまったく覚えてないことを話しはじめた。ガッチさんの家に行ったけど、レトさんと喧嘩したことをぜんぶ話し終わった後におれは寝ちゃったらしい。ほかの人の家で寝ちゃったことのはずかしさと、連れてきてくれてことのありがとうの気持ちがあった。
やっぱりガッチさんっていい人だなあ。
あの日以来、3日に1回くらいキヨは家に遊びに来るようになった。一緒にやることは、ゲームをしたり、ちょっとした相談をしてきたり。初恋の相手と、これほどの信頼関係が築けたことがたまらなく幸せで、たまらなく嬉しかった。
ピンポーン
今日もまた、いつものお客さんがやってきたようだ。軽快な足取りで玄関の扉へ近づき、ドアノブを押す。
「いらっしゃい、キヨ」
「ガッチさん!おじゃましまーす!」
律儀にお辞儀をし、突き出された俺の腕の下を潜って家に足を踏み入れてく。キヨは俺にとってはまだまだ小さいが、小学3年生にしてはかなり大きい。少しだけ身を小さくして隙間を通っていくのが猫のようでかわいい。ぽてぽてと走るキヨを横目にドアを閉める。向きを変え、そのままキヨの待つリビングの方へ足を運んだ。
「ガッチさんガッチさん!今日なにする?」
「うーん、どんなふうに遊ぼうか」
ゲームのカセットが収納してある棚を漁る。一時期好きなものを見つけたくて色々なゲームをやりまくっていた痕跡だ。パーティゲーム、ホラーゲーム、アドベンチャーからアクションまで一通りは揃っている。
横からひょこっと癖っ毛の頭が飛び出してきた。若干棚の位置が高いようで、背伸びをしながらぷるぷると震えている。
「ガッチさん!これやりたい!」
キヨが指さしたのは、初めてではなかなかクリアが難しい協力ゲー。いわゆる、初見殺しゲーというやつだ。買ったはいいものの、協力してくれるような相手がいなかったため未だ未プレイの作品だ。
「これ?俺まだやったことないけど、これすっごい難しいらしいよ?いいの?」
「大丈夫!ガッチさんとならいっしょに絶対クリアできるもん!」
「…!」
「俺となら」その言葉はただの言葉。
小さい子特有の、思ったことをすぐ口にしてしまう行動の一つだろう。特に深い意味はないとわかっている。「月が綺麗ですね」なんて、こんな歳の子が言うわけないとわかっているのに、どうしても。どうしても特別な意味を探し出してしまう。
「ガッチさん?何してんの、早くあそぼ!」
「あ…!う、うん」
少しだけぼーっとしてたようで、キヨに呼び止められてしまった。急いで棚からお目当てのゲームを取り出し、ゲーム機にそっと差し込む。その瞬間、テレビの大画面にホーム画面が表示されると同時に、かなり大きい音でBGMが家中に鳴り響いた。
いきなりのことでびっくりしたのか、キヨは大きく体を跳ねさせて「にゃっ」と小さく叫んでいた。いきなりのことで耐性がないのは当たり前だが、普通の人間なら誰にでもある現象を好きな人ならかわいいと思えてしまう。猫みたい。俺はあまり驚かないので、その様子をはっきり目の当たりにすることができた。
「あー…びっくりしたあ…」
小さく呟く声も俺にとって聞きとるのは容易かった。「好きな人の声はよく聞こえる」なんて言ったりもするが、今までは迷信だと思っていた。人の声なんてみんな一緒だと思っていた。だが、いくら爆音でゲーム音声が轟こうと、いくらうるさいテーマパークでも、キヨの声ははっきり聞き取れる自信があった。
「よし、2人分のコントローラー準備できたよ。はい」
「ありがと、ガッチさん!絶対今日中にクリアしてやるよ!」
「んふ、がんばろっか」
「なあにこれえ!めっちゃ難しいじゃーん!」
プレイ開始から約30分ほど経った頃だろうか。画面には、数十回目のゲームオーバー画面が映っていた。キヨは座っていたソファの背もたれにだらんともたれかかり、思うがままを吐き出した。
「だから言ったでしょ?すっごい難しいゲームって」
「でもお…ここまで難しいとは思わないじゃん…」
「ガッチさんと一緒にクリアしたかったのに…」
俺の気も知らずに、キヨは頬を膨らしていた。そんなキヨから、またしても予想外の言葉が飛び出る。キヨはときどき、無意識なのだろうが俺の心臓を射止めてくるような発言をしてくる。正直言って、耳にするたび気持ちをキヨにぶつけてしまいそうになるからやめて欲しいのだが、かといって聞きたくないという気持ちは全くない。むしろ、もっと聞きたい。一生どちらかの気持ちが勝利することはないだろう。
ふと時計を見るともう午後5時半ごろを過ぎていて、窓の外はほんのり暗く、空にはしららかな三日月が灯っていた。
「ありゃ、もうこんな時間だよ?いくら家が隣だとはいえ、さすがに門限までに帰らなきゃじゃないかな…?」
「うーん…わかった…また明日次来た時は絶対クリアする!」
むんと口を結び、意気込んだかのように俺に眼差しを送る。邪な感情など一切ない、ただ純粋で清らかな目。周りから見たらこれはただの子供だと思うだろうが、俺にとってはそうではない。何気ないビルの隙間に恋するように、すぐ近くにあるものに魅力を感じ、恋をして、ずっとこの子に見惚れていたい。いつか、この子がいなくなってしまう前に。
小さくて柔らかいキヨの手をそっと繋ぎ、玄関のドアを押して外に連れ出す。
「またねガッチさん!次は絶対クリアしようね!」
「俺も楽しみにしてるね、ばいばい」
お互いに暗い空の中、目を凝らしながら見えなくなるまで手を振り続ける。キヨは無邪気に大きく両手で、俺は顔の下で小さく片手で。これからもずっとキヨと遊んで、ときどき友達について相談されて、この気持ちを打ち明けることはないはずだった。
あの日から6年が経ち、俺は今大学2年生の20歳だ。最後にキヨに会ったのはもう6年も前のこと。だが、まだキヨを想う気持ちは変わらないまま、歳だけを重ねた。
あの日から、キヨはぱったりと俺の家に遊びにくることは無くなってしまった。何があったのか、どうして来なくなってしまったのかはわからない。急に来なくなって、ときどき見かけるくらいの遠い存在。昔は、あんなに近くにあったのに。
キヨという支え…「初恋の人」を失った俺は、中学、高校と勉強も運動もそれなりにこなし、一般人からは頭がいいと言われる大学に合格することができた。でも、それをどこか心から嬉しいと思えない自分がいた。合格した大学は実家からそれなりに遠いところ。一人暮らしに必然的になってしまう。両親と物件を探し、荷物をまとめ、昔と変わらないお隣さんに軽く挨拶をしようと隣家のインターホンを押した。
数秒もしないうちに女性の声がスピーカーから聞こえてきて、玄関のドアが開かれる。
「こんばんは。俺、もう少しで大学に行くんで、もう1週間後くらいにはここ出て行くので挨拶を」
「こんばんは。もうそんな年なのね。大学遠いんでしょ?頑張ってね」
「あはは、ありがとうございます。ところで、キヨ…じゃなくて、キヨくんはいるんですか?」
「キヨはねえ、もう中学生だからね。なかなか友達とか家族以外と話したがらなくて。一応さっきも呼んだんだけど…自分の部屋から降りて来なかったから、もう私が出てきちゃった」
友達と家族以外。ただの言葉が、胸に深く突き刺さる。今のキヨにとって、俺は友達でも家族でもない、ただの近所の人という関係性なのだろう。昔なら、こんなこともなかったのだろうか。無邪気に笑顔を振り撒いて階段を駆け降りてきて、誰よりも早く俺の前に立ってくれていただろう。でも、それはもう昔の話だ。
中学生といえば、ちょうど俺がキヨと仲良くなった時と同じくらいだ。俺は世間で言う「反抗期」というものはあまり感じて来なかったもので、どんな人と対面しても変わらず接することができた。キヨは、そうじゃないのだろう。
「そうですか…せっかくなら、挨拶したかったんですけど。その歳ならしょうがないですね。」
「ごめんなさいね、こんな大変な時期にわざわざ来てもらったのに」
「大丈夫ですよ。ただの自己満みたいな節もありますし、5年前からお世話になっていますしね」
「そういえば、もうここに来て5年も経ったのね。時の流れって怖いわねえ。昔はあなたも、キヨとよく遊んでくれてたものね」
一番触れられたくない話題に突入してしまう。昔話は自分の中だけで完結させたかったのに。もうあれはただの思い出。今更掘り起こしても何も変化はない。無理矢理口角を上げ、潤滑に話が進むよう流す。
「そういえば、そんなこともありましたね」
「キヨったら、帰ってきたら毎回あなたの話ばっかりして、相当大好きだったのね」
大好きだった。昔の状態を表す言葉。今はもう、そんなことは微塵も思われてないだろう。あはは、と適当に流し、最後の挨拶をした後すぐに扉を後にした。
「大好きだった、ねえ」
あの日から早1年半。大学2年生にもなり、レポートの提出や大学での交友関係もだいぶ慣れてきた頃。大学生活2回目の夏休みに入った。夏休みは時間を持て余すほど長く、大量の課題を終わらせてもまだ日数が残るぐらい。
ふと俺は、実家に帰省しようと考えた。帰省するのには十分過ぎる時間があるし、久々に地元の景色を見たい。…そして、キヨは元気にしているか、気になった。すぐに親に連絡をとり、空いてる日にちを確認する。予定を決め、荷物をまとめ、ついでにこっちの方のお土産も用意しておく。
1週間ぐらいは向こうに居れそうかな。久しぶりの家族と、一方的な愛を捧げ続けている人に会えるのが楽しみで心が躍った。様々な感情が混同したまま、俺は空っぽの部屋を後にした。
俺が毎日足を運んでいる大学がある地域はかなりの都会。駅のホームは、どんな日であろうとかなりの人が行き交っている。とある横幅が大きいサラリーマン風の男は眉を下げながらぺこぺこと電話相手に謝り、とあるカップルはまるで2人しかこの世界にはいないと言わんばかりにべったりとくっつきまくっている。こんなことは日常茶飯事で、いつもなら少しだけ「鬱陶しい」と思ってしまう。だが今の俺は、そんなネガティブを全て掻き消してしまうくらいに気持ちが宙を漂っていた。
「久しぶりに電車乗るなあ」
無意識的に独り言が零れる。乗ったのは、およそ1年半前。上京するために乗った時以来だ。久々の感覚にあまり地に足がつく感覚がない。切符を買うのも、改札を通り抜けるのも、乗るつもりはない電車が風を作っていく感覚も久しぶりだった。
やがてお目当ての車両が目の前で停止する。シュー、というか空気が抜ける音ともに目の前の扉が開き、そのまま車両内に足を踏み入れて行く。幸いにも席はほとんど空いていて、どの席を選んでも誰かと隣り合わせになることはわざとじゃない限りあり得ないだろう。一番隅っこの席に腰をおろし、勝手に動いていかないように荷物は持ったままにしておく。ポケットからスマホを取り出し、実家の親に連絡をしておく。
『今電車乗ったよ。多分あと2時間ぐらいかかる』
『お土産あるから楽しみにしておいてね』
しばらくして、車両が大きく左右に揺れる。どうやらようやく移動が開始したようだ。揺られ続けていると、振動が心地よいリズムになって眠気が襲ってくる。もうそろそろ意識が落ちるというとき、ふとひとつの疑問が浮かび上がった。
初恋の人は、昔のままだろうか?無邪気で、純粋で、愛らしくて、清らかな心の持ち主は。勿論、微塵も変わっていないなんてことは絶対にない。人間だから。でも、少しだけ、ほんの少し願い事をするのであれば、昔の思い出を忘れていないで欲しい。
自分の中だけで区切りをつけ、ゆっくりと目を閉ざす。そのまま、俺の意識は夢へと飛んだ。
目を覚ますとギリギリ目的の駅の2つ前で、重たい目をこじ開けながら蛍光色に光る掲示板を凝視する。ぼんやり眺めて数分間。実家の最寄駅でストップした頃、長時間畳続けた腰をようやく伸ばした。心なしか、足がびりびり痺れる感覚がした。改札を出て、すぐに実家の方向へ足を早める。
「ただいま。久しぶり母さん。はいこれ、お土産」
「おかえりなさい。久しぶりね。これそっちの方のお土産?さっそくもらっちゃうね」
見慣れた白っぽいコンクリートの家の扉を開け、声を響かせる。途端にまた見慣れた顔が横から飛び出し、差し出した紙袋を受け取ってキッチンの方へはけて行く。特段変わったようなところはなく、昔と変わった様子はどこにも見受けられなかった。玄関のすぐ横にある洗面所で手を洗い、靴を玄関で脱ぎ揃える。
昔の子供部屋、自分の部屋へ行くために2階へ足を運ぶ。自分の部屋だった部屋も特に変化していなく、出て行った時と同じ。向こうへ持って行った荷物以外全てそのままだった。もう使わないんだから机もベッドも片付けていいのに 。
部屋の隅に重たい荷物をそっと置き、ベッドに腰を下ろす。この1年半ずっと誰も使っていなかっただろうになぜかふかふかしていて、ほんのり花の香りも漂っている。さては俺が来るって言ったから洗ってくれたな。親というのは気が利く人物だ。あとでお礼言っておかなきゃ。そのままベッドに横たわり、長旅の疲れを癒そうと俺は目を閉じた。
「もう7時だけどーー!!?ご飯食べるーー!?」
1階から懐かしながらの大声が聞こえてくる。慌てて飛び起きスマホを確認してみると、時間は7時を過ぎていた。相当疲れていたんだな。ゆっくりとベッドから立ち上がり、1階へ降りて行く。降りた目の前にはダイニングスペースがあり、机の上には豪華な夕食が机一杯に広がっていた。
「せっかく息子が帰ってきたからね、いっぱい作ったのよ?もしかしたら明日の朝ごはんもこれになるかもね」
「それはちょっと困るなあ…でもありがと、母さん」
親子特有の冗談を交えながら、自分の場所だった席に着く。俺の席は、ダイニングの席の中で一番テレビは見やすい位置にある。子供だから優遇されてるのだ。今はもう、20の成人男性だけど。そっと手を合わせ、いただきます、と挨拶をする。そのまま箸を手に持ち、夕食に手をつけ始めた。
夕食も食べ終わり、風呂にも入り、もう自分の部屋にいる。今日は長時間の移動があっただけあって、いつもより体が疲労している。あまり遅い時刻まで起きることはできないだろう。綺麗に整えられたベッドの布団を捲り、中に入る。捲った布団で自分の身を包めば、なんとも言えない安心感と暖かみが降ってくる。もう今にも眠ってしまいそうだ。
俺はそのまま目を閉じ、本日2度目の就寝を迎えた。
小さな鳥の鳴き声と、目に入ってく眩しいくらいの朝日によって目が覚める。体を起こし、時計に目をやると時刻はちょうど朝の8時ごろ。昨日あれほど憔悴しきっていたのに、割と早く起きられていることに吃驚する。10時くらいに起きると思っていたのに。
「…散歩でも行こっかな」
こんな早く起きられた日には、何かしたくなるのが人間というものだろう。部屋着から外に出られるくらいの服に着替え、ポケットに財布とスマホだけ入れておく。この家の中で目が開いているのは今のところ俺だけのようだ。母さんには悪いけど、早めに出かけてしまおう。音を立てないよう階段を降り、そのまま玄関のドアを通り抜けた。
「暑…」
外は蒸し暑く、すれ違う人たちはみんな扇子やら小型扇風機やらを手に持っている。
当てもなく家を飛び出してしまったので、どこに行くか全く決まっていない。ふと、1つだけ行ってみたいところを見つけた。昔俺が通っていた中学校。キヨは俺の隣の家。学区も全く同じはずだ。だから運が良ければ、登校中のキヨを目撃することができる。そう思った俺は、中学校の方へ方向を変え、足を速めた。
しばらく歩くと、どこか見たことがあるような後ろ髪を見つけた。柔らかい茶色の癖っ毛に、襟足だけ紅葉色に染まった髪の毛。間違いなく、キヨだった。久しぶりだ。6年越しの好きな人に興奮が抑えられず、思わずため息が漏れてしまう。背は遥かに大きくなっていて、俺より少し小さいくらいか、同じくらいかぐらい。昔は俺の腰ぐらいまでしかなかったのに。うっとりと見惚れ続け、すたすたと歩くキヨの後ろをゆっくりとついていく。側から見たらただのストーカーにしか見えないが、そんなことはどうでもいい。成長した「初恋の人」を眺められるだけで嬉しかった。
「キヨー、おはよ。だいぶ不機嫌じゃん」
「キヨ君、今日も寝坊した?だいぶ寝癖がついとるよ」
「うるせーよ、うっしーもレトさんも。レトさんに関してはボタン付け違えてるし」
曲がり角から出てきた2人組がキヨに近づく。恐らく、キヨの友人だろう。片方はキヨより遥かに背が低く、黄土色のサラサラの髪に黒マスクをしていた。もう片方はマスクの彼より小さく、三白眼気味の目に眼鏡をかけていた。その2人に会った途端にキヨは緊張が解けたように表情が柔らかくなり、笑顔も増えた。仲睦まじく会話する姿がどこ悔しかった。俺だけのキヨがいい。そんな笑顔を見せてほしくない。あの2人がすごく羨ましい。いろんな感情が唐突に溢れてきて、やがて全て澱んで沈んでいく。いつの間にか、俺は3人と反対方向に歩いて行っていた。
帰ってきて、母さんに心配された。「急にいなくなって、吃驚した。家のどこにもいないから、さっそく出て行ったかと思った」らしい。正直言って、今の俺には「嫉妬」という感情が心を埋めていた。俺もあの2人みたいに、キヨと対等に喋りたい。6年前みたいに、一緒にゲームをして、時々相談をされる。あわよくば、恋人になりたい。でも、恐らく叶わない。
「…あと1回でいいから、キヨとお話したいな」
しばらくボーッとして、気がついたら夕方になっていた。朱の空に、ただ冷ややかに薄く雲が広がっている。ーーもう一度、中学校へ行ってみよう。あの2人はただの友達、として考えていいだろう。再びスマホだけをポケットに突っ込み、玄関を後にする。
夕方は朝と違い、あまり日が照っていなく空気中の湿気のせいかよりじめじめとした空気を感じる。今の時間帯、俺らの時と変わらないスケジュールなら、今頃は全員下校する時間のはずだ。散歩をしているかのように装い、少しずつ中学校に近づいていった。しかし、すれ違う学生は誰も彼も顔も知らない他人。キヨの姿はどこにもいなかった。途中、今朝の2人とすれ違い、キヨはどこにいるのかごく自然に尋ねてみた。
「キヨ…?キヨはなんか、『誰かに校舎裏に呼び出されたから先帰って〜』って言ってたんで、まだ学校じゃないですか?もう用事終わってるかもしれねっすけど」
「キヨ君、すっごいにやにやしてなあ。なんなんだろ」
「…そっか。ありがとう、2人とも」
呼び出されたから、かあ…告白のお決まりの展開じゃないか。どうしても、取られるのは許せなかった。俺よりも長く、純正に愛せる自信なんてないくせに。どうしてもその瞬間がやって来るのを阻みたい。あまりよろしくないことを考えているのはわかっているが、初恋の人が誰かのものになってしまうのは嫌だった。
何がなんでもそれを止めたかった俺は今まで以上に速く、足を動かした。周りの景色がすぐに流れていく。中学校の目の前につき、周りを取り囲む道に沿って校舎裏に移動した。そこには顔を赤らめたポニーテールの女学生1人と、今朝と変わらない赤い顔で突っ立っている赤い襟足の男子学生がいた。間違いない、キヨだ。
女の子が何かをキヨに向かって伝えていた。
「キヨくん!ずっと、前から…その…」
だめ。絶対にその先は聞きたくない。でも、阻みたいと願っていた割には体が動かず、ただ人形のように聞くことしかできなかった。
「うん、何?」
「好きでした!付き合ってください!」
ああ、だめだった。止められなかった。学校は、確かに同じ箱にいる人間に気持ちを伝えたら、欲しいと伝えたら、売られて買った人間のカゴの中に簡単に入ってしまう。途端に虫唾が走る。頭の中が真っ黒でぐちゃぐちゃの何がに覆われて、自分で考えることはできやしなかった。
そんな中、キヨが口を開けた。驚いたように目を見開いてから、落ち着いて。
「ありがとう。でも、ごめん。俺好きな人いるから」
キヨから放たれたその言葉は何より衝撃的で、俺が何よりも聞きたくなかった言葉かもしれない。初めて感情がはっきりと顔に出たのがわかった。今の俺の顔は酷く歪んで、酷く絶望した表情になっていることだろう。体からは力が抜け、立つことがギリギリの身体状態だ。
女の子は目尻と眉尻を下げ、ありがとう、とだけ言ってあの場所を去った。残されたキヨは急に泣きそうな顔になり、空に向かって何かをつぶやいた。でも、聞き取ることができなかった。俺も途端に意気消沈し、ゆっくりと倒れることがないように慎重に家に戻った。
家に帰って、今ベッドに倒れ込んでいるところまでの記憶がない。あの時出かけたのが夕方。今は午後7時頃だろうか。数時間分の記憶がからっぽになっていた。ひたすら頭の中に巡り続けているのは、あの少女漫画みたいな告白シーンだけだった。キヨの発言が頭から離れない。キヨの「好きな人」がぐるぐるして、それ以外のことが考えられない。いつまでも片想いなのがいけなかったのか?家を出る時に、早めに気持ちを伝えておけばよかったのか?どれだけ考えたとこで、昔の出来事を今変えることはできない。キヨは、普通に生きていたら好意を抱かれて告白されただけだ。それなのに。何故こんなに悔しいの?
なんとか気を変えようとスマホの写真フォルダを開く。昔に遡ると、とあるツーショットが顔を出した。日付は、ちょうど6年前の今日。写真は俺とキヨがただピースをしているだけの平凡な写真。昔、キヨにスマホを貸してあげた際に「記念」といって一緒に撮ったものだ。2人とも笑顔なのが、妙に網膜と脳に焼き付く。すぐさまスマホの電源を落とし、寝返りを打って仰向けになる。真っ白な天井がスクリーンのように俺の嫌な記憶ばかり映し出す。
キヨに友達がいるのが、好いている人間がいるのが、一方的にキヨを奪われたようで苛立ちを覚えるそんなはずはないのに。それに、キヨには好きな人がいる。今一番羨ましくて、一番恨めしい人。今キヨがその人に夢中ならば、いくら誰の声で呼んだって答えてはくれないだろう。つまり、これだけ嫉妬していてもキヨは俺のものでもない。だからキヨを想って泣く意味なんてひとつぽっちもありゃしない。
でも、嫌だった。一つの結論が頭に浮かんだ瞬間、俺は無意識に立ち上がり、家を飛び出した。向かった先は、隣の家。俺は隣の家のインターホンを迷わず押した。
分岐
・メリーバッドエンド
・ハッピーエンド
あなたはどちらを選びますか?
コメント
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なんか前にアンケート取ってたやつかこれ!? 片想いが忠実に再現されてる(?)のがまず神ってるし。😇💕 告白されてるとこ見て嫌な気持ちになってるのは「虫唾が走る」で、🐱が「好きな人いるんだ」って言ったのは「一方的に君を奪われた様」の歌詞、か……??? 好きなんだが。結婚しよ🫵💍💕 とりあえずどっちも見てくるます🫡