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僕の焼いた魚は真っ黒こげだ。
「おいしいよ。テオ」
「絶対嘘だあ……僕が食べるよ、そんな焦げた魚」
「何言うの? テオが焼いてくれたことに価値があるんだから、もったいないじゃん」
「その考え方が僕にはよくわからないよ」
自由散策は滞りなく終わった。時間となり皆が夕食を作り出す。ちゃんとした料理道具を持ってきた人ほど、狩りや食材調達に失敗して、ひもじい思いをしているようだった。腕に自信があった学生もリサーチが甘かったのか、動物をしとめることができなかったらしい。みんな、自然の厳しさを痛感し、ひもじい思いをして夜を過ごすことになった。
かくいう僕たちは、アルフレートのおかげでとんでもない量の食材調達に成功した。
森を進めば食べられるキノコや山菜、甘い果実を見つけることができ、イノシシだって二頭ぐらいしとめることができた。釣りをすれば、魚が取れたし、調理もアルフレートは成功していた。僕なんかついていっても役に立たないくらい一人で何でもやってしまった。釣りに関しては『釣り糸に必ず魚が引っかかる加護』なるものを持っているらしく、百発百中だったっぽい。本当に、チートだと思う。きっと、キノコや山菜を見つけられたのも加護のおかげなのだろう。詳しいことは聞いていないからわからない。
他の人たちにおすそ分けできるほど食材を手に入れられたわけだが、一応研修のルール上譲渡はできないので、僕たちはありあまる食材を抱える羽目になった。腐るといけないので、僕の水魔法の派生魔法、氷魔法で冷凍保存したけど、それにしても研修中に食べられる量じゃない。これでも、だいぶ自然に返したのだが。
「本当に、アルはすごいね。一人で生きてけるくらい、たくましくて」
「そんなことないよ。俺は、一人じゃ生きてけないよ。テオがいなきゃ、死んじゃう」
「またそういって……アルは、強いよ」
旅のメンバーもものすごくアルフレートに感謝していたことだろう。彼がいたら、野宿で困ることはない。剣技だけじゃなくて、魔法も十分に使えて、加護持ちで。彼はそれはもう仲間にもてはやされていただろう。
パチパチと目の前で火が燃えている。その揺らぐ炎を見ながら、僕はアルフレートが焼いた魚を口にする。小さい口でぱくりと食べれば、あまりの熱さに口をやけどしそうになってしまう。彼に水を渡され、なんとかのみこんで、ふうと息を吐く。ゆっくりね? と言われて、再度ぱくりと食べれば、いい塩加減、焼き加減の魚の風味が広がる。かなり肉厚で、でもほろほろと口の中でほろけておいしかった。アルフレートが作ってくれたキノコのスープも格別で、デザートに作った木の実のプリンもプルプルでちょっと舌触りがざらっとしてておいしかった。料理もできる、何でもできるアルフレートに感心してしまう。
「な、なに。そんなじっと見て」
「ん? 食べてるテオもかわいいなって思って」
「食べにくいよ! って、アル、もう食べちゃったの?」
うん、と言って彼は僕のほうを見た。食べるの早いんだ……そういえば、子供時代からそうだった気がする。昔は、蜂蜜くるみデニッシュを目にもとまらぬ速さで食べてのどに詰まらせていたな、と懐かしくなった。さすがに今はそんなことしないだろうけど、あの頃のアルフレートと変わっていなくて安心する。
食べているところなんてかわいくないんだけどな、と思いながら僕は食べ進め、また目の前の薪に目をやる。
「アルは一人で生きてけるよ。だって、何でも一人でできちゃうんだもん。僕なんかいなくても……だって、僕がいなかったとき、こうやって旅の仲間と野宿していたんじゃないの?」
「え……ああ、ああ、うん。そうだね」
「アル?」
今の間は、なんだっただろうか。少し驚いたような目で僕を見て、それから少し視線を下に落とす。
研修が始まったときもそうだったけど、この話題を振ると、どうもアルフレートの言葉にキレがなくなる。もしかして、仲間との旅を続行したいのだろうか。いや、僕のことが好きだって言ってくれているから、そんなことないのかもしれないけど……自惚れじゃなければ。でも、あいたい気持ちがちょっとだけあるんじゃないんだろうか。
(アルの旅の仲間っていったら、王女様とか、聖女様とか、後は盗賊に亡命国の騎士、とかだったよね)
RPGらしいメンツだったし、拠点を構えてからは、自由にチーム編成もできた。ゲーム内ではそれが楽しかったが、仲間を置いていくっていうのはちょっと心苦しいところもある。
パチパチと音を立てて燃える火をアルフレートも見つめていた。そのラピスラズリの瞳に赤色が移り込む。珍しく、きゅっと自分のほうに足を寄せて、アルフレートは少しだけ寂しそうに目を細めていた。
「人は一人じゃ生きてけないよ。俺は、旅をしてる時も……ううん、テオと別れてから、テオのこと考えなかった日はなかった」
「アル……」
「本当は、村から出てくなかったし、父さんとも母さんとも離れたくなかった。蜂蜜くるみデニッシュも食べられなくなっちゃったし。それに、自分に向けられた期待に、責任に押しつぶされそうだった」
と、アルフレートはぽつりをこぼした。
火の粉が、パチっと飛んで、宙に浮いて消えていく。
少しだけ、アルフレートの中身を見た気がした。彼が、そう思っていたということを知らなかったわけじゃない。けど、学園に来てからその話を一回も聞いていない気がするのだ。聞いたのは、そう、まだ貴族の養子になって間もないころあの夜会で――
あの頃のアルフレートもすでに勇者としての風格があって、貴族の子供になっていたような気もした。僕なんかよりもずっと馴染んでいて、令嬢たちのあこがれの的で。だから、僕はあそこから逃げ出したかった。ずっと一緒だと思っていたら、離れ離れになってしまって、それでいざ再会してみたら遠い存在になって。そして、逃げ出した。釣り合わないと。
(期待、責任……今も、アルは感じてるの?)
世界を救うまで、いや救ってからも彼は英雄として、勇者としての役割から解放されないだろう。勇者が、いずれ英雄となり、その英雄は未来永劫語り継がれるわけで。それを、アルフレートは考えている。未来まで彼を縛り付けている。
「本当は、あの時すごく胸が痛かった。テオが、俺のこと他人みたいに言ったあの夜。俺の目の前が真っ暗になった。谷に突き落とされたかと思った」
ゆっくりとこっちを見た彼の目の縁は、赤くなっていた。今にも泣きそうなくらい、ラピスラズリの瞳を潤ませている。ズキンと、胸が痛む。それと同時に、やってくる罪悪感は今までに感じたことのないものだった。
「ご、ごめん……」
「ううん、いいよ。俺も考えなしだった。テオに再会できたことが嬉しくって、テオのこと考えてなかった。周りの目とか、ただテオがいてくれて、会えて、それだけでうれしくなっちゃってたから」
大丈夫だよ、と優しく言ってくれるけど、僕は首を横に振った。
「僕は、逃げた。あの夜、アルの隣にいる資格ないって、怖くなって逃げた……から。アルのいう通り、だし。傷つけた。ごめん」
あの日の後悔がぶわっと押し寄せてくる。今でも思い出す。僕が、伯爵に用もないのに何かと理由をつけてアルフレートのもとを去ったとき。僕に手を伸ばしていたアルフレートがどんな顔をしていたかって、一瞬、ほんの一瞬見えただけなのに、今でも昨日のことのように思い出せる。
(だから、学園で再会した時、その時のこと覚えていないのかなって思って……)
安心してしまった。過去のことをなかったことのように、ホッと。でも、それは間違いだった。
あっちも、忘れるはずがなかった。
「いいよ。もう昔のことだし。ちょっと思い出して、悲しい気分になるだけだから。今はね、隣にテオがいるから」
と、アルフレートは僕の肩をそっと抱き寄せた。手に持っていた魚を指していた串が地面に落ちる。アルフレートの手がかすかに震えていることに気づいたが、僕は見て見ぬふりをした。
昔のことにしなくていい。いっそ恨んでくれてもいいのに。
忘れないことが、彼にとって傷を残すことになるなら、忘れてくれてもいいとさえ思う。本来であれば、僕はただモブだったのに。
どういうわけか、僕はアルフレートの恋人になっちゃって。学園に編入してくるはずもないアルフレートがきて。物語はすでにめちゃくちゃになっている。
「だから、これからも隣にいて。もう、どこにもいかないで」
「……どこかに行っちゃったのは、アル、でしょ」
「そうだった。勇者じゃなければよかったって、今も思うよ。毎分、毎秒自分を呪ってる。俺にもっと勇気があれば、勇者という責任を投げ捨ててテオを攫いに行ったのに。俺にはそれができなかった」
彼の腕の中は心地よかった。分厚い胸板、伝わってくる鼓動。かすかに震えている腕。
アルフレートが責任感の強い人間だということは昔から知っている。だから、そんな方向に進まなくてよかったとさえ思う。
勇者でいたいわけじゃないし、勇者を辞めたいけど、その勇者の責任をしっかりと全うして、勇者としてのアルフレート・エルフォルクを彼は演じている。それは、並の人間にできることじゃない。優しいアルフレートだからこそできたことだと思う。
「誇っていいよ、アル。ううん、誇らしいよ、アル。アルがそうやって、勇者でいることで救われる命もあるし、何よりも、誰かの生きる希望になってるんだよ。それが今、わからなくても、僕はそう思ってるから、これからもずっと。勇者アルフレートも、僕の恋人のアルも。僕は好きでいるから」
「テオ……」
「大丈夫だよ、アル。アルが自分を呪うことない。僕は、アルが生きててくれるだけでいいから」
遠くに行っても、僕のことを思ってくれるなら、それ以上望むことは何もないだろう。
彼の腕の中からアルフレートを見上げる。目があったラピスラズリの瞳は星が瞬かせたように美しかった。吸い込まれそうな深い色。僕の知っている最高にきれいな宝石。
アルフレートは半分開いていた口をきゅっと結んで、うん、と頬を染めて微笑んだ。僕はそれに微笑み返して、ぎゅっとアルフレートに抱き着く。
「テオから、抱き着いてくれるなんて、嬉しくて死んじゃいそう」
「死なないでよ。アルが死んだら悲しい」
「ほんと、テオかわいすぎるよ」
それはまるでバカップルみたいな会話だけど、僕たちにとっては平和で、あの頃に戻ったような日常会話だった。かわいいとか、好き、とかはあの頃そんな意味を持っていなかったけど、恋人になったらその言葉に価値が付与される。でも、変わっていないところだってある。
ひとしきり、笑いあって食事の片づけを済ませたら、テントで寝るべく準備を進める。
消灯時間はぎりぎりだったが、注意される前に寝ることができるだろう。テントの前の火も消して、テントの中のランプに明かりをともす。目の前で燃えていた炎よりも、そのランプの光は淡くて少し頼りない。それにまたこれも消すので、ちょっとの間光るだけだ。
今年が研修の年であることに三年生になってげんなりしていたが、アルフレートと一緒の研修は嫌な気がしなかった。むしろ、アルフレートと一緒だからこそ、楽しみで、今日一日もずっと一緒に居られて楽しかった。ただ、自分がいかに役に立たないかを痛感し、もっと彼の役に立ちたいとは思ったけど。
(僕が、彼にしてあげられることってなんなんだろう……)
恋人が頑張っているのに何もできないのは情けない。僕には特別な力がないとわかっていても、何かしてあげたいのだ。少しでも、彼の肩の荷が軽くなるのなら、なんだって。
アルフレートがいかに一人で何でもできるからって、頼ってばかりじゃいられない。彼の役に立ちたい。けれど、何でもできる彼は優しさも持ち合わせてて「俺がやるから」の一言で済ませてしまう。ずるい。
(アルのこと、僕も大好きだから何かしてあげたいんだよ)
僕だって、無力で非力な自分を恨んだし呪った。贅沢を言うなら、聖女のような力が欲しかった。だって、聖女はアルフレートにバフをかけれるし、彼の暴走した魔力の制御だって……
そんな、ないものねだりをしながらテントにのそのそと入ろうとしたとき、突如耳をつんざくような笛の音が聞こえた。それは、緊急事態だと伝える警告音。
「敵襲! 魔物が出たぞ!」
遠くで聞こえた教師の声。そして刹那、何かが吠えるような唸り声と、悲鳴がベースキャンプに響いた。