甘く痺れるような余韻に浸りながら、かたわらに寄り添う行彦に目をやる。二人は裸のまま、ブランケットにくるまっている。
「行彦」
小さく呼ぶと、行彦は、閉じていた目を開けた。まだ赤らんでいる頬が、なまめかしい。
「俺、なんて言っていいか……」
驚きの連続で、まだ頭の中が混乱しているが、なんとか感動の気持ちを伝えたい。言葉を探していると、行彦が、恥ずかしそうに微笑んだ。
「伸くん、素敵だったよ」
「行彦も……」
ブランケットの中で、行彦が、伸の手に触れた。二人は、指と指を絡ませる。伸は、天井のシャンデリアを見つめながら言った。
「俺、初めてだったから、どうしていいかわからなかったけど、行彦がリードしてくれたから……」
行彦が、伸の肩に頬を寄せる。
「僕だって初めてだよ。でも、伸くんに気持ちよくなってもらいたくて、無我夢中だったんだ。伸くんのことが大好きだから……」
「……すごく気持ちよかった。それに、俺も、大好きだよ」
朝食のとき、箸を置いた伸を見て、母が言った。
「もう食べないの?」
茶碗には、まだ半分ほど、ご飯が残っているが、最近、あまり空腹を感じないのだ。
「うん。お腹がいっぱいになった」
「やっぱり、どこか具合が悪いんじゃない?」
「そんなことないって。俺は元気だよ」
「……そう?」
母が心配そうな顔をするが、元気なのは本当だし、それに、とても幸せだ。
それから伸は、ふと思い出して聞いてみる。
「そう言えば、再開発の話って……」
「あぁ、あれ」
母は、味噌汁の最後の一口を飲み干してから言った。
「計画は、順調に進んでいるらしいわ。来月には、あの洋館も取り壊すことになったって」
「え……」
「持ち主との交渉も、うまく行っているみたい」
「持ち主って、あそこに住んでいる人?」
相変わらず聞きそびれているが、それは行彦の母親なのだろうか。母は、首をひねる。
「住んではいないでしょう? 要するに、名義人ということよ」
「ふぅん……」
事情がよく呑み込めない。今夜こそ、ちゃんと行彦に聞いてみなくては。
そう胸に刻みながら、ふと行彦の白い肌と、切なげにあえぐ美しい顔が頭をよぎる。行彦、早く会いたい……。
のんびり話をする余裕は、なかなかない。顔を合わせるなり、二人は抱き合い、ベッドに倒れ込んだ。
伸は、今日は迷うことなく、行彦のパジャマを脱がせる。平らな胸に、ここまで欲情するものかと思いながら、薄紅色の突起に唇をつけて吸うと、行彦は、ぴくりと震えながら吐息を漏らした。
昨夜とは違うやりかたで愛を交わし、新たな発見と快感に驚きながら、伸は、何度も昇りつめ、やがてくたくたになって、シーツの上に倒れ込んだ。
いつの間にか眠っていたようで、ふと目を開けると、行彦が、じっと見下ろしている。ブランケットは、伸の体にかけられ、行彦は、肌もあらわなままだ。
「伸くん、大丈夫?」
「あぁ、うん。俺、どうかした?」
「ぐったりしたまま動かなくなっちゃったから、心配したよ」
伸は、目をこすりながら言う。
「そうか。別になんともないよ。すごく、よかったから……」
きっと、やり過ぎて疲れただけだ。
伸は、髪をかき上げながら、なおも心配そうに見下ろす行彦に言った。
「あのさ、目のやり場に困る」
「えっ?」
行彦は、全裸のまま、伸のすぐ横に膝をついている。
「あっ、ごめん!」
行彦は、あわててブランケットを引き上げ、下半身を隠した。お互いに、今さらという気もするが。
少し甘えて、隣に寝てほしいと言うと、行彦は、その通りにしてくれた。ブランケットの中に体を滑り込ませ、昨夜と同じように、伸の手を握る。
体勢を整え、顔をこちらを向けた行彦に、伸は言った。
「あのさ、再開発の話って、知ってる?」
「あぁ、うん……」
とたんに、行彦の表情が曇る。
「ここを取り壊すって、本当?」
行彦は、目を伏せて言った。
「もう、ずいぶん傷んでいるからね」
「でも」
体ごと行彦のほうを向くと、顔が間近に迫る。
「ここを壊したら、行彦はどうするの?」
「それは……ここには、もういられないね」
「どこかに引っ越すの?」
視線が合ったかと思うと、行彦の目から、見る間に涙があふれ出した。
「伸くんと離れたくない」
そんなに遠くに引っ越すのか。そう思ったが、口に出す前に唇を塞がれた。
行彦は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、激しく求めて来る。
部屋から出られなくなったショックと、母に心配をかけている申し訳なさで、泣いてばかりいる行彦に、母は優しく言った。
「そんなに悲しまないで。学校がすべてじゃないし、家にいたって出来ることはたくさんあるわ。
実は、お母さんも大学を中退しているのよ」
それは、行彦が初めて耳にする話だった。そして母は、今まで、あまり語ることのなかった、自身の青春時代の話を聞かせてくれたのだった。
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