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番外編菊葉家の茶飯事
― 夢の続き、椿の草原に降る銀の雪 ―
巨大な満月が、草原の隅々までを青白く照らし出していた。
風が吹くたびに、足元の紅い椿がさらさらと衣擦れのような音を立て、甘い香りが四人を包み込んでいく。
「……ねえ、見てよ。梅ちゃん、蓬、桐」
椿が、深紅の瞳を細めて夜空を指差した。
満月の光の中から、キラキラと輝く小さな粒子が舞い降りてくる。それは雪のようでありながら冷たくはなく、肌に触れると温かな熱となって消えていった。
「……これは、妖力の残滓(ざんし)? いえ、もっと純粋な……」
梅がその一つを、指輪を嵌めた手でそっと受け止める。白銀の瞳が驚きに揺れた。その光の粒子は、彼女の指にある銀の輪と共鳴し、ひときわ強く瞬いたのだ。
「ヤバい、これマジで綺麗……☆ ウチらの指輪が、夢の景色を作ってるんだ!」
蓬が、その光を捕まえようと草原を駆け出す。サイドテールを弾ませ、軽やかに舞い踊るその足取りに合わせて、桃色の軌跡が夜の闇に描かれていく。
「……共鳴が、……深まっている。……現実の体も、……同じリズムで鼓動しているはずだ」
影の中に佇む桐が、自分の胸に手を当てた。群青の瞳には、三人の楽しげな姿が映っている。一人の命を四人で分かち合う一蓮托生(いちれんたくしょう)の術。それは現実では過酷な呪いかもしれないが、この夢の中では、四人を繋ぎ止める「一本の糸」のように優しく響いていた。
「あはは、本当だ。……なんだか、みんなの心が全部わかるみたいだよ」
椿が、隣に立つ梅の肩にそっと手を置いた。
指輪から伝わってくるのは、彼女が抱えている日々の責任感と、その裏にある、自分を失うことへの深い恐怖。そして、何よりも強い「愛」だった。
「……椿。勝手に人の心を見ないでください」
梅は少しだけ顔を赤らめたが、その手を振り払うことはしなかった。むしろ、自分の銀色の指先を椿の大きな手の甲に重ね、その温もりを確かめるように強く握りしめる。
「……独りで背負うのは禁止だと、昨日も言ったでしょう。……夢の中でも、同じです」
降り注ぐ銀の光、揺れる紅い椿。四人の指にある銀の指輪が、かつてないほど激しく、そして優しく共鳴し、夢の世界を鮮やかに染め上げていく。
やがて、夜明けを告げるような白い光が草原の端から溢れ出した。夢が終わる。けれど、その指先に残った熱は、目が覚めたあとも消えることはない。
「……おはよう。……また、あっち(現実)で会おうね」
椿の穏やかな声が、光の中に溶けていった。
「……夢の中で重なった四人の手。あなたがもし、この指輪に刻まれた『刻印』を一つだけ読めるとしたら、そこには何と書かれていると思いますか?」
次なる記録:― 夢の余韻、隠し味は銀の旋律 ―