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ここは光も何もない闇の世界。まるで水の様な冷たさを感じ、身体が水の底に向かって沈んでいく感覚を味わっていた。
息苦しさはない。それどころか痛みも、身体の感覚すらない。指一本動かすことも出来ず、私の意識も深淵に沈み込んでいった。
これが死か。私はもう分かっていた。私の魂が肉体から分離し、あの世に向かっていることを。
さしずめここは幽世の世界の一歩手前だろうか? 最期にニーノとお話しできたことが唯一の幸運だった。でも、やっぱり最期に一目だけルークに会いたかった。愛の言葉を耳元で囁いてもらいたかった。いつか生まれ変わっても、また私に貴方の獣耳と尾をくださいっておねだりしたかった。
それは未練ね。未練を残した魂はエリュシオンにもタルタロスにも行くことも出来ず現世を彷徨い続けることになる。それはただの悪霊と化し生者に仇為す存在になり果ててしまうことでしょう。
さようなら、ルーク。私の愛しいひと。来世ではもっと甘えてもいいよね?
私が絶望と未練をグッと堪えながら沈んでいくと、突然、目の前に閃光が走った。同時に両手が何者かに掴まれる感触を味わう。
「誰……⁉」
最後の力を振り絞り、私は必死に薄目を開ける。
そこには灰色のドレスを身に纏った二人の女性の姿が見えた。周囲は眩い光に包まれていて、あまりの眩しさに二人の顔が見えない。
ただ一人は黒髪でもう一人は白銀の髪であることは分かった。
「生きなさい……!」
二人が同時にそう叫ぶと、私の身体は突然綿の様に軽くなった。
目を開けると、柑子色の暖かな光が私を包み込んでいるのが見えた。
「私、死んだはずじゃ……?」
神官長レオに刺された脇腹に手を当ててみるも、そこにあったはずの傷口は完全に塞がっていた。脱力感に見舞われていた全身には力が漲り魔力が活性化しているのも分かった。
「ミアお姉さま、もう大丈夫よ?」
私の目の前に金色のオーラを全身から立ち昇らせたニーノの姿があった。その神々しいオーラはまるで女神そのもの。
どうやら私は思い違いをしていたようだ。私の国に伝わる双子聖女伝説は全て偽りなどではなかった。伝説の一文にはこう書かれていたことを思い出す。
『双子聖女の妹、女神のごときオーラを纏いし聖女なり。その力はいかなる邪悪を退け、世界を巨悪から守る奇跡の力を行使する者である』と。
ニーノはこの絶望的な状況で真の力を覚醒したのだとすぐに理解出来た。
かつて聖女リンも人間と獣人との争いを止める為に同じ力に目覚めたに違いない。
「後は私に任せて。もう悲劇は終わらせるわ!」
ニーノは両手を天に掲げると、膨大な神聖魔力を両手に集中し始める。
「光輝く聖なる乙女よ、女神の加護に守られし者よ、闇を照らし、光を纏え。
聖なる光の煌めきが盃に満たされし時、不浄を祓う清らかな風が大地をそよぐ。
闇の奈落に囚われし不浄なる者よ、我が魂に宿る浄化の力を解き放ち、光の世界へと導かん。
漆黒の闇の糸を断ち切り、深淵に漂う魔の影を祓いたまえ。
ゴッド・ブレス!」
刹那、光刃が世界を斬り裂いた。衝撃の後に光は爆発するかのように周囲に拡がっていく。聖なる光が瘴気を浄化するのが分かる。
「これが真なる聖女が放つ浄化魔法……私とはレベルが桁違いね」
込み上げていた不安や恐怖はニーノの浄化の光を浴びて綺麗に消え去ってしまった。
見なくても分かる。浄化の光に呑み込まれた魔物は次々と消滅しているでしょう。ルークの驚く顔も思い浮かぶようだわ。
澄んだ空気が流れてくるのが分かる。
しばらく連続して聞こえていた無数の魔物の断末魔の叫びも、数秒後には聞こえなくなった。
「ミアお姉さま、夜の国に蔓延する全ての瘴気を浄化することに成功したよ」
私がニーノに駆け寄ろうとした瞬間、突如として異変が起こった。
「ニーノ、貴女、その髪はどうしたの⁉」
身体をランに乗っ取られていた時は一時的に白銀の髪が漆黒に染まっていたけれども、再びニーノの髪は黒に染まっていた。
「これが奇跡の力を使った代償よ。ふふ、似合ってる?」
ニーノは茶化す様に黒髪の先を持ち上げながら笑って見せた。
「どうやらもう魔法は使えないみたいね。でも、ミアお姉さまや皆を救った代償にしては安すぎるとは思わない?」
「もう、貴女って娘は……!」
私は飛びつくようにニーノを抱きしめた。
「お帰りなさい、ニーノ! これからはずっと一緒だからね⁉ もう何処にも行かないって約束して!」
「うん、これからはずっと一緒だよ」
しばらくの間、私達はお互いの温もりを堪能するかのように抱き合い続けた。
「おいおい、流石のオレも少々嫉妬してしまうぞ?」
前方から満身創痍のルークが現れた。
「ルーク、無事だったのね⁉」
私はニーノから離れると、今度はルークに飛びついた。
一瞬、ルークの顔が苦悶に引きつるのが見えた。
「おい! 一応、オレは怪我人なんだぞ⁉ 痛いからくっつくのは止せ!」
「あら? 魔王なのにそんな弱音を吐いていいの?」
「魔王とて痛いものは痛いのだ! ミア、意地悪はそれまでにして早くヒールをかけてくれ」
「もうかけてるわ」
私はルークにしがみつきながら、全身から回復魔法を放つ。
「これなら治療と甘えるのと一石二鳥でしょう?」
「確かにそうだが……ニーノが見ているぞ?」
そうだった。私は殺気を感じ、恐る恐るニーノに振り返る。
ニーノは目に涙を溜め、真っ赤にした頬を大きく膨らませながら不貞腐れたように私を睨みつけていた。
「せっかくの姉妹水入らずの再会シーンが台無しよ⁉ もう、ミアお姉ちゃんなんか大嫌い!」
あらあら。ニーノってば焼きもちを焼いちゃったみたいね。
私はそんなニーノが可愛らしく思い、つい笑みがこぼれてしまった。同時に涙も溢れ出す。
笑いながら涙を流す私の姿を見て、ニーノは狼狽えた様子を見せた。
「ミアお姉さま⁉ 私、今のは本気で言ったわけじゃないわよ⁉」
慌てふためくニーノを見て、胸が幸せな気持ちで溢れ返るのが分かった。
「違うの、嬉しいのよ。こんな日が来るなんて思ってもいなかったから……幸せを実感したら力が抜けて涙がこぼれただけなの」
「それは私もよ」
私が涙を拭ってニーノに微笑みかけると、呆れたようにルークが嘆息する音が聞こえる。
「お前達、じゃれ合うのはそこまでだ。オレ達にはまだ仕事が残っているだろう?」
ルークはそう言うと、近くの木陰に置いてあったマントを手に取る。下から現れたのはライセ王国から連れ帰った聖女ランと聖女リンの亡骸だ。一つはミイラで、もう一つは髑髏だ。
「ニーノの大浄化魔法で夜の国から魔物と瘴気は完全に消滅しただろう。だが、まだ瘴気発生の根本浄化したわけではない。再び瘴気が蔓延する前にジークフリート達の霊を鎮めに行くぞ」
「ミアお姉さま、このミイラさん達はどなた?」
「魔女……いえ、聖女ランと聖女リンよ」
私がそう告げると、ニーノは一瞬両目を大きく見開くと、何も言わず二人の亡骸を抱きしめた。
「ランお姉さま、ありがとう……」
ニーノは大筋の涙を流しながら愛おし気に二人の亡骸を抱きしめた。
私はニーノに何も訊ねなかった。彼女の大切な思い出に土足で踏み込むような野暮はしたくないと思ったからだ。
「ルーク、それでジークフリートが身を投げたとされる泉の場所は特定しているの?」
「確実ではないがな。王都の北側に最も瘴気が濃い森林地帯があり、オレでさえ足を踏み入れることが容易ではない場所がある。間違いなくそこだろう」
周囲からは瘴気の匂いは一切しない。暖かな風が私達の頬を凪いだ。清々しい空気が流れ込むのを感じた。
「瘴気が晴れた今なら、あの場所に行くことが出来るだろう」
そう言ってルークは転移門を召喚する。
「ミア、ニーノ。決着の時だ。行くぞ」
そうして、私達は全ての因縁に終止符を打つべく転移門に足を踏み込んだ。