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「……私も、いまだに尊さんと結婚するの、たまーに『嘘なんじゃないかな?』って思う事がある。自分はまだ西日暮里のあの賃貸マンションで暮らして、昭人と付き合ってる。デートに誘われたら応じて、大して面白くないのに面白いふりをして笑って、会社に行って淡々と仕事をして、皆に人気の速水部長を見て『ふん』ってなる。……そんなふうに、たまに夢の中に以前の生活が出てきて、目が覚めるとゴージャスな寝室にいるのに、夢と現実が曖昧になって分からなくなる」


「……うん。なんか分かる。私も最近、数え切れないぐらい『涼さんの恋人になったのって嘘じゃないかな』って思っては、メッセージを見て『わあ、本当だ……』ってちょっと引いてる」


「引いたらダメじゃん」


私は恵に突っ込みを入れ、クスクス笑う。


「……多分、変化が急すぎて慣れてないんだろうね。これがちょこっとだけ格上になりましたっていうなら、多分すぐ順応してたと思う。でも、億ションに住むスパダリでしょ? どこかでカメラ回ってるんじゃないかとか、からかわれてるんじゃないかって思うの、仕方ないよね」


「マジそれ」


恵は同意を示したあと、私の肩に顔を押しつけてきた。


「……朱里は全部分かってくれる、貴重な存在だよ。もとから大切な親友だったけど、こういう体験もお揃いでするとは思わなかった。……ホント、一生ものの友達だわ」


「これからも末永く宜しくお願いいたします」


「こちらこそ」


私たちは向かい合うと、三つ指をついてお辞儀し、顔を上げてクスクス笑う。


――と。


「女子会に乱入してもいいかい? カフェインレスティーの準備ができたよ」


トントンと開きっぱなしのドアがノックされる音がし、そちらを見ると涼さんが立っている。


「あっ、すみません」


私は謝ってすぐに立ちあがる。


恵のお部屋に見とれて、お茶を失念していたなんて言えない。


「……随分と整いましたね」


恵は立ったあと、室内をグルリと見回して笑う。


「足りない物があったらいつでも言って」


「いえいえ、足りまくってます」


「枕は好みがあると思うから、枕についてもいつでも相談して。一緒に専門店に行って選ぼう」


「いやぁ……、家から自分の枕持ってくるので……」


涼さんの熱意に、恵はタジタジだ。


(ほう、二人はいつもこんな感じなのか)


私は特等席で推しカップルのやり取りを見て、またニチャア……と笑う。


「ま、心機一転、新しい枕にする事も考えてみて、しっくりこなかったら今まで通りの物を使うのも手だよ。選択肢は多いほうがいいと思うから、検討してみて」


「分かりました」


そのあとリビングダイニングに戻ると、テーブルの上には高価そうなティーセットとお茶請けが出されていた。


「二人とも、少しは落ち着いた?」


涼さんに尋ねられ、私と恵は顔を見合わせてから笑う。


「そうですね。朱里の無事な姿を見られて安心しました」


「私も。恵が無事で良かったです」


私たちの返事を聞き、涼さんは頷いてから恵に確認する。


「問答無用で悪いけど、明日の朝一番には即日行動してくれる引っ越し業者に連絡を入れる。……いいね?」


穏やかに微笑んだ涼さんに尋ねられ、恵はコクンと頷いた。


「……はい」


そんな彼女の様子を見て、涼さんは苦笑いする。


「恵ちゃんは俺と住む事を嫌がってるわけではない……、と信じたい。環境が変わる事への不安、俺に負担を掛けないか心配している……。そんなところでOK?」


「……その通りです」


気まずそうに頷いた恵の手を、私はギュッと握る。


「私も尊さんと暮らし始めた当初、同じ気持ちだったよ。生活水準がまったく違うし、おんぶに抱っこな状態で『申し訳ないな』って感じてた。……でも、結婚を考えてくれている相手に、一緒に暮らす事を申し訳なく思うって、逆に失礼なんだよ」


恵は同じ境遇にある私の話を、真剣に聞いてくれていた。


「尊さんは『どうしても気になるなら家賃を三万円払ってほしい』って言ってくれて、それはとりあえず今も続けてる。三万円で賄える家賃じゃないのは分かっているけど、そこから日々の食費とか、貯めておいて将来子供の物を買うとか、手はあるって言われて一応納得してるんだ」


「うん」


恵は頷き、静かに息を吐く。

部長と私の秘め事

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