高山桃子は朝自分の枕が涙で
濡れているのに
ここ数日連続で目を覚ました
実際これほど心が痛むものだとは
想像もしていなかった
これまで生きてきて男女で
あんな愛し方がありあれほどの
強烈な感情を抱けるものなんて知らなかった
美しい思い出がどっと呼び寄せる
彼の愛撫の一つひとつが
言葉の一言ひとことが
肌の味わいも
温かさも
男らしいにおいも
体のなめらかな感触も知っている
彼が絶頂をこらえて切ない顏も見たし
悦びの喘ぎ声も聞いた
ずっと恋焦がれていた
新藤修二という男を知ったのはいいが
あれは一夜だけのこと
それ以上求めることは許されない
自分は彼を深く愛してしまった・・・
叶えられない思いの苦悩がある上に
よく分からないが別の感情が
生まれているのにも気付いた
高山桃子は朝自分の枕が涙で濡れているのに
ここ数日連続で目を覚ました
実際これほど心が痛むものだとは
想像もしていなかった
これまで生きてきて男女で
あんな愛し方がありあれほどの
強烈な感情を抱けるものなんて知らなかった
美しい思い出がどっと呼び寄せる
彼の愛撫の一つひとつが
言葉の一言ひとことが
肌の味わいも
温かさも
男らしいにおいも
体のなめらかな感触も知っている
彼が絶頂をこらえて切ない顏も見たし
悦びの喘ぎ声も聞いた
ずっと恋焦がれていた
新藤修二という男を知ったのはいいが
あれは一夜だけのこと
それ以上求めることは許されない
自分は彼を深く愛してしまった・・・
叶えられない思いの苦悩がある上に
よく分からないが別の感情が
生まれているのにも気付いた
一夜だけだったが彼が愛してくれた
わたしは彼に求められのだ
その事実は変わらないわたしは
自分を女らしく感じたし
自分も女としての価値があるように思えた
彼はわたしを素晴らしい女性で
美しいと言ってくれた
そして優しく私の体を愛撫してくれたし
彼も情熱で燃え上がってくれた
そう考えると自信が生まれる以前には
なかったときめきを感じた
しかしもう終わったことだ
新藤とは仕事上の関係だけに
止めておかなくてはいけない
彼があとくされなしの
一回きりと言ったのだ
それに承知した私は大人の女なんだし
感情に左右されてプライベートと仕事を
ごっちゃにする女だと思われるの
だけは避けたい
毎朝彼を恋しがって泣いている
女々しい女なんてもっての他
あのすばらしい週末が何も
なかったように彼は接してくれている
彼は丁寧で親しさを忘れずそれでいて
話しかけられる時は距離を保ち
半径1メートル以内には
桃子に近づこうとしなかった
要するに彼にとって私はあいかわらず
ただの後輩ナースだ
それでもホテルで過ごした
あの一晩の彼の情熱は本物だった
それは間違いない
そうよ・・・
彼は大人だから自分の欲望をうまく
コントロールできるに違いない
これまでに何人も一晩だけで
過ごした女性も沢山いたのかもしれない
それともまだ元の奥さんを愛していて
私はほんの一時的に彼を燃え上がらせたけど
けれどそれももう終わってしまった・・
とにかく何とも思われていなくても
勝手にこっちで勘違いして
彼を追い回すような惨めな事だけは
しないでおこう
彼はこれ以上特別に私に興味を
示すことはしないだろうけど・・・
でもせめて美しいと言ってくれた
彼の言葉を信じて
女磨きだけはしておこう・・・
あのすばらしい愛の思い出は心にしまって
新しい生活を始めるのだ
そう心に誓って桃子はいつも通り
出勤仕度を始めた
メガネからコンタクトに変え
髪型を変え良く笑うように
雰囲気を意識して変えると
周りの反響がすごかった
他の病棟の関係者や患者達も
桃子のいるナースステーションに
やってきて素敵だと褒めてくれたし
もっとおかしなことに
他の科の見たこともない
男性医師は座り込んで数分間
桃子とおしゃべりまでしていった
さらにその翌日
イケメンで有名な若い放射線技師が
桃子が出勤してくるとロビーで待っていて
笑顔で挨拶し
一緒にエレベーターに乗った
しかも翌日彼は桃子をデートに誘った
その驚くべき周りの反応を
早苗は面白がった
そして新藤のおかげで綺麗になれたん
だからこれからは新しい男性に目を
向けるべきだと桃子を説得した
しかしどんなに自分を変えても
一番関心をもってほしい当の新藤は
まったく桃子を見ていないようだった
先ほどナースステーションに
桃子に仕事を頼んだ時も
桃子を見て彼は笑顔の一つも作らなかった
新藤の態度は二人であの熱い一夜を
交わしたにも関わらず以前となんら変わらなかった
いくら外見を磨いても
桃子はこれ以上新藤の関心を
自分に引き付ける自信はもうなかった
新藤修二は毎日落ち着かない
日々を過ごしていた
週末桃子と目くるめく
愛の一夜を過ごしてから
桃子のいない寂しさをずっと抱えていた
ベッドに一人で入るとあの夜温かい
彼女を抱きしめて眠りについた
感触や匂いがよみがえる
あの夜不思議なことに神経質な新藤は
睡眠薬無しで数か月ぶりに
熟睡してしまった
あれは桃子という
抱き枕があったに違いない
実際あれから寝具店に赴き
かたっぱしから抱き枕の感覚をたしかめた
桃子の感覚を求めて
職場でも桃子の後ろ姿を見かけた時に
欲望の炎が燃え上がった
その姿は絶えず新藤を苦しませ
仕事のじゃまをし思考を妨げた
時が経つにつれそれはますますひどくなった
週末の事は一日限りの事で
また以前の仕事上だけの関係に
もどると約束したではないか
事実彼女は意外と平気そうじゃないか
桃子は日増しに美しくなるようだった
メガネを外し美しい髪を惜しげもなく
人目にさらしている彼女を遠目で眺める
一度なんか彼女が帰る所を
窓越しに見かけた時
彼女は二人でデートをした時に
来ていたグレーのコートで
出勤していたので彼をハッとさせた
途端にクリスマスイルミネーションの前で
あのコートごと抱きしめた時を思い出した
襟もとのファーに顏を埋めて
彼女の髪の匂いを嗅ぐ・・・
彼女はコートの上からも温かで
小さな動物を抱きしめているようだった・・・
おかげで翌日は彼女に一目会いたくて
用事があるたび彼女のいる
ナースステーションに出向くしまつで
そのせいで他の男性医師が同じように
桃子に好意を寄せて
彼女と楽しく話している所を見てしまった
新藤はその日一日機嫌が悪かった
彼女を美しくしたのは
他ならぬ自分だ
そう考えると今度は桃子に腹が立ってきた
どうしてあんなにとりすましていられるのだ?
二人であれほどの愛を交わしたあとで
しかも3回もキスは何十回したと思ってるんだ
どうしてあれほど簡単に平気な後輩ナース
の役目にもどれるのだ?
今の彼女を見ていると情熱にかられ
自分の腕のなかで喘ぎイかせてくれと
懇願したのがウソのようだ
僕のものを体にうずめ
必死にしがみついて
何度も僕の名を呼んだなどとは
今の彼女を見ていると考えられない
どうして僕も他の医師と
変わらない態度で接してられるのだろう
残念だが答えはハッキリしている
自分は彼女にとってそれだけの存在な訳だ
だって彼女自身がはっきり
言ったじゃないか
経験するためにナンパでもされようかって
要するに男であれば誰でもよかったんだ
僕でないとダメだったわけじゃない
あれは単なる取引で契約だったんだ
彼女は契約を守り
苦しんでいるのは自分だけなんだ
もっと割り切らなければいけない
職場恋愛なんかややこしい事に
なりかねない
以前ここの医師とナースが不倫関係になって
こじれて病院の隅で言い争っているのを
見たことがある
なんともみっともなく
結局は仕事を一緒に続けられなくなって
二人とも辞めてしまった
そんな事になったら最悪だ
桃子は優秀なナースだ
気まずい関係にだけはなりたくない
ベッドの相手なら他でいくらでも
探すことはできる肉体の欲望だけなら
一人で処理できる
もちろん彼女と交わした
ような幸せな気分は味わえないだろう
それに自分は彼女よりも8歳も年上だ
彼女の目からしたらおじさんかもしれない
彼女には年相応の良い相手が
いくらでもできるだろう
そうだ・・・・
彼女は今は選り取り見取りだろう
翌日
新藤は外来の対応に出ようといつも
通り診察室に入ると高山桃子がいた
「あれ?」
「おはようございます
今日は看護師の畑中さんが
お休みになったので
私が先生のアシスタントにつきます
宜しくお願いします 」
新藤は胸の動揺を抑えて言った
「あ・・・ああ
そうか・・・・
ではよろしく頼む 」
電子カルテに目を通し
今日の患者の予約人数を確認していても
新藤は美しくなった桃子と
一緒に仕事ができるのを嬉しく感じていた
実際桃子は優秀だった
何時間も待たされている患者を気遣い
優しい言葉をかけ
次々とさばいていく
新藤との息もぴったりだった
午後もずいぶん回った頃
最後の患者になった
「・・・
血液検査の数値も安定していますし・・・
このままお薬を増やさなくても
大丈夫でしょう
それでは前回と同じお薬を処方しますので
2週間後にいらしてください 」
新藤がやさしく微笑むと
患者の小太りの白髪のおばあさんが
不機嫌そうに言った
「そういいましてもねぇ・・・
先生あたしゃ孫の受験のことを考えると
心臓のあたりがシクシク痛むんですよ
何か悪い病気じゃないかと
思いましてねぇ・・」
「受験ですか?」
新藤は額の皺をのばしおばあさんに言った
「そうなんですよ!
なんでも難しい学校を受けるといってね
あたしゃ嫁に・・・・・ 」
おばあさんはペラペラ家族の内情と
自分の症状を必死に話し始めた
そして会話は症状の説明から
次第に嫁の愚痴に変わって言った
新藤はその症状は精神性のもので
自分の管轄外だと言いたい所だったが
自分が話を聞くことで
おばあさんの症状が治まるならと
少し話を聞くことにした
しかしおばあさんの愚痴は止まらず
聞いているうちに頭痛がしてきた
あと1分聞いたら
診察を打ち切ろうとした時
桃子がおばあさんの肩をそっと
叩いて言った
「山田さん!
お孫さん大変ですね!
後は私が聞きますから
さぁ待合室に行きましょう!
お薬を出してもらわないと
いけませんからね 」
「おや!そうだねぇ
ハイハイ!行きましょう
先生ありがとうございましたぁ」
「ハイ お大事に 」
桃子が処方箋を持って
ややこしいおばあさんの背中を
優しく押し診察室を出て言った
これで本日の外来が終了した
新藤は大きくため息をつき
こめかみを揉んだ一気に疲れが押し寄せた
しばらくすると桃子が戻ってきた
新藤は彼女に微笑んだ
「助かったよ
山田のおばあちゃん
絶妙なフォローだった 」
桃子も新藤に微笑んだ
「いえ・・・・
山田さんには心療内科の予約を
取ることをお勧めしました・・・
先生がお疲れのように
見えましたので・・・」
「そうか・・・・ありがとう・・・」
二人は見つめ合った
ここ数日二人の周りは絶えずざわつき
人の出入りが絶えることがなかった
いつも誰かと一緒にいて新藤は
桃子と親しく話が出来なかった
こちらを見て微笑んでいる桃子は
本当に美しくなった
新藤は今すぐ手を差し出し
彼女を引き寄せ熱いキスをし
胸の感触を楽しみたい衝動にかられた
何を考えているんだ
これじゃセクハラじゃないかっっ!
かろうじて自分を押しとどめた
週末の件はあれっきりの事で忘れるんだ!
ぐっと顎をひきしめ
何か事務的な事を話そうとした時
「よぉ!外来は終わったかい?」
「あら 桧山先生!」
後ろのカーテンを揺らして
内科の桧山が入ってきた
「なぁ 新藤先生 ちょっと・・・ 」
と言って桧山は不意に言葉を切り
桃子を見つめた
「あれ?そこにいる美人は高山君かい?」
釣りあがった瞳をきらめかせて
桃子をなめまわすように見る
その桧山の表情におかしくて
桃子は思わず笑ってしまった
「はい私ですが何か?」
「噂では聞いていたが・・・
これほどとは・・・
驚いたな 」
桃子にうっとりしている桧山を見て
新藤が顏をしかめた
「僕に用があったんだろ?
もう外来は終わったよ
ドクターズラウンジに行こう!」
と言って桧山の袖をひっぱって
カーテンを力まかせに振り払い
新藤は診察室を後にした
新藤に引きずられながらも
桧山は桃子に愛想をふっていた
「おい!
彼女何があったんだ?
もしかしたらメガネをとったら
美人かもしれないとずっと思っていたんだが
あれほどとは思わなかったなぁ」
「お前の頭の中は女のこと以外ないのか?」
「間、あいだに他のことも考えるぜ
どういう事だろうな?新藤
彼女は男でもできたのか?
寿退職とか? 」
「くだらないこと言うな!」
桧山は声をあげて笑った
「ひどくムキになるな~
おもしろいぞ!
離婚して何年になる? 」
新藤は桧山をにらみこう言った
「僕は女のことなんか興味ない!」
「へぇ?そうか? 」
桧山はニヤニヤして
新藤のコーヒーを奢った
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
桃子は沈んだ気持ちで
ナースステーションに戻った
今朝彼の外来の補佐が出来ると聞いて
心が躍った少しの間でも彼の傍で
仕事が出来たからだ
生粋の腕の良い専門医の彼の診察は
人気があり多くの患者が押し寄せるため
いつもは彼の補佐役は看護師の中でも
熟練した者達が行うのだが
今日は偶然でもずっと憧れていた
新藤の補佐というポジションに
自分が付けた
桃子ははりきった
実際彼の診察はすばらしかった
難しい診断・・・・
予定がずっとつまっている手術・・
回復が思わしくない患者と
今後の治療方法について語り合い
彼の技術を必要とし
診察を待っている患者達に気遣いの
優しい言葉をおしげもなくかけた
患者は彼の言葉を聞くとホッとしたように顏を輝かせて戻っていった
彼は本当に尊敬に値する男性だ
彼の近くでそれをずっと見ていて
自分も何かささやかな事でもいいから
役に立ちたいと思った
山田のおばあちゃんに声をかけたのも
その為だった
責任感の強い彼はあきらかに
自分の診療外の事までしている
少しでも負担を軽くしてあげたいと
桃子はおばあさんのお世話を
かって出てしまった
でも准看護師の私なんかが
患者が医師に話しているのを
さえぎってしまってよかったのかどうか
今では不安になっていた
私は彼にでしゃばりだと
思われてしまったかしら?
でもとても疲れていたように
思われたから・・・
彼は自分に助かったと言ってくれた
でもその後桧山先生が入ってきて
途端によそよそしくなり
怒りの表情さえ浮かべていた・・・
桃子はこの数日の彼の態度を見ていて
認めたくないけど
もう認めざるを得なくなった
私は彼にすっかり嫌われてしまった・・・
彼は私にそばにいてもらう必要は
ないんだわ
もういい加減彼を追い回すのは止めよう
そう思うと涙が溢れてきた
翌日重苦しい気持ちで
ナースステーションで電子カルテの
整理をしていると桧山が顏を見せた
「高山君ってインスタやってる?」
「インスタですか?」
思わずおかしくて笑ってしまった
桃子に笑われて気を良くした
桧山がナースステーションに入ってきて
桃子のデスクの脇に座った
この数日で桧山が桃子のいる
ナースステーションに立ち寄って
おしゃべりをするのはこれで
二度目だったが
彼は何のためにここにいるんだろうと
桃子は考えたがわからなかった
「僕は院内の人間のほとんどの
インスタアカウントをフォローしてるんだ!
もちろん自分でも投稿してる
君は?」
さすが女たらしで有名な桧山先生
女子の興味ありそうなことは
押さえていると桃子はおかしくなった
「投稿はしてませんけど・・・
アカウントは持っていますよ 」
「フォローさせてよ
君は家は近いのかい? 」
「ええ 電車で一駅です」
「いいなぁ~♪
僕は奈良なんだ車で1時間かかる」
「奈良公園好きですよ 」
「まさに僕ん家はそこらへんなんだ
鹿のフンを踏まずに出勤できた日は
本当にラッキーなんだよ 」
そういって彼はウィンクをしたので
桃子はクスクス笑ってしまった
「で、今日はどうだったんですか?」
桃子はからかうように言った
「まさに踏まなかった
とてもラッキーだったよ
だから君にこうして話しかけてる
ランチを一緒にどうかと思ってね
きっと今日はことわられない
だろうと思って」
桃子はぼんやり彼をみつめた
桧山が言ってることがわかるまで
時間がかかった
これはデートに誘っているようなものだ
桧山は自分に興味があるのだ
「まぁ・・・・」
桧山は新藤とは違ってリラックスして
話が出きる彼はユーモアあふれて
少し子供っぽい所があるけど
それもまた母性本能をくすぐる
それに早苗が言ってたように
形の良いヒップをしている
さらに桧山は軽い冗談を飛ばして桃子を
楽しませた
新藤を忘れるためには桧山や他の男性と
デートを重ねるのも悪くは無い
「でも私お弁当持ってきているで・・」
「ああ!それは心配にはおよばない 」
桧山はそういうと
スタバの紙袋を取りだした
「君はお弁当派だということは
知っていたからね
サンドイッチを沢山買ってきたんだ
そのお弁当とサンドイッチを
シェアしないかい? 」
「用意周到なんですね 」
桃子は微笑んだ
「よしっ さっそく出かけよう
ドクターズラウンジで食べよう
あそこは最上階で景色が良い 」
桧山が立ち上がった
桃子もロッカーからお弁当と
バッグを持ってきた
桧山がエレベーターの前で待ち
桃子の背中を押してくれた
エレベーターのドアが開き
そこから新藤が出てきた
新藤は二人を見てハッと立ち止まった
「やぁ!新藤先生
僕たち今からランチを食べに行くんだ」
桧山がスタバの袋をかかげながら言った
「え?ああ・・・
そう・・か・・・ 」
桧山は新藤を誘おうとしない
「君のデスクの上に急ぎではないが
メモを残しておいた
後で確認しておいてくれないか? 」
新藤は不思議そうに二人を眺めた
「わかった・・・・・
ランチを楽しんできてく・・れ・・」
新藤は戸惑いを見せながら答えた
「それじゃ」
桧山は陽気に新藤に挨拶をして
桃子の背中を押しエレベーターに乗せた
ドアが閉まる瞬間桃子は新藤と目が合った
新藤は二人を見送ると
ゆっくりと自分のデスクに向かった
白衣を脱ぎ捨て
桧山の残したメモを見て考えた
桧山のヤツ!
ランチに僕を誘わなかった
こそこそしやがってアイツは
桃子を狙っている
新藤は顔をしかめた
桧山は自分より若くハンサムで
内科でも人気だ
しかも奈良の良家の二男で女性に好かれ
デートの相手に事欠かない
桃子だって・・・・・
まてよ以前に食事をした時
桃子のロストバージンの相手を奨められて桧山に頼もうかと思っていたって言ってたな
途端に以前妄想にかられた
サドの桧山に全裸で攻められている桃子
の姿が目に浮かんだ
新藤は窓にむかい唇をかむと
はじかれたようにデスクを離れ急ぎ足で
1階の院内のコンビニに向かった
食べれたらなんでもよかった
そこらにあった食べ物を籠にほおりこみ
急いで会計をすませた
ビニールの白い袋をカサカサ言わせ
エレベーターに駆け乗る
おそらく彼らは最上階の
ドクターズラウンジに向ったのだろう
今の時間ならあそこが一番落ちついて
ランチが出来る
エレベーターの鏡に映る自分を眺めてみる
嫉妬に顏がゆがんでいないか?
指で髪を整える
エレベーターが最上階にたどり着くと
落ち着いた様子でゆっくり
ドクターズラウンジに入って行った
桃子と桧山は窓一面外の景色が見える
ドクターズラウンジの特等席に向かい
合って座りサンドイッチと弁当を広げた
桧山は自動販売機で自分と桃子の
コーヒーを両手に持ちテーブルに
やってきた
「おごりだよ」
「ありがとうございます」
桃子がお弁当を開けて
桧山の分をより分けようとすると
桧山が驚いて入口のほうに目をやった
「あれ?新藤先生だ 」
見るとたしかに
彼がこちらにやってきた
二人を見て驚いた風な顔をした
「あれ?ここにいたのか?
二人とも 会うとは思わなかった 」
新藤が何気ない風を装って二人のテーブルに
やってきて桃子の隣に座った
「僕もランチをここで食べようと思って」
二人を見つめおどけて答える
「いいだろ?」
桧山は驚きに目をまるくしたが
陽気に答えた
「ああ かまわないよ 」
桧山はしかたがなく答えた
桃子は新藤の買ってきたものを見つめた
その視線に桧山も気付いた
「君は昼メシにそんなものを食うのか?」
そう言われて新藤は初めて自分が
買ったものをマジマジと見つめた
惣菜パンとさきいかだった
しまった・・・・
あわてていて食べるものなんか
何でも良かったのでそこらにある物を
適当につかんで会計したんだった
「腹持ちがいいんだ!」
新藤は開きなおって言った
「コーヒーとの相性も抜群だ」
「ふ~ん・・・」
桧山は不思議そうに新藤を見つめた
桃子は新藤がコーヒーと惣菜パンを
食べているのを見て心が痛んだ
彼は・・・・
いつもこんなものばかり食べているの
だろうか・・
そういえばコンビニ商品に
詳しいと言っていた
もちろん独身の男性で食生活にはそんなに
こだわりはないだろうが・・・
優秀な医師の彼には健康を
管理してあげられる人が必要なんじゃ
ないだろうか・・・・
あんなものばかり食べていたら
いつか体を壊してしまう・・・
「あの・・・新藤先生
よかったら
私のお弁当少しつまみませんか?」
桃子は今朝母の分と一緒に作った
自分の弁当を差し出した
「いいのかい?」
新藤が目を輝かせて言った
ああ・・・・
もっと良いおかずを入れてくればよかった
すると横で桧山が言った
「ずるいぞ!その弁当は俺の
サンドイッチとシェアする
約束だったんだ! 」
「じゃぁ僕のさきいかとシェアしよう」
桃子は新藤にさきいかを渡され
今は弁当のおかずを取り合っている
二人を見ておかしくて笑ってしまった
桃子のかわいらしい笑顔に
二人の男はみとれた
そこから新藤は食事中の会話の
主導権をにぎりたくみに桧山に仕事に
ついての質問を浴びせ
桧山と桃子が会話を楽しむ隙を
与えなかった
そんなものだから
新藤と桧山がほとんど会話し
桃子は黙って聞いているだけとなった
「ところで今度のゴルフコンペは
神戸のリゾートアイランドになりそうなんだ」
桧山がコーヒーをすすりながら
新藤に言った
「ああ
あそこなら先日行ったよ
クリスマスイルミネーションが
素晴らしかったしホテルのルームサービスもとてもよかった 」
思いがけず笑い声が桧山から漏れた
「これは隅におけないな!
君が女性の機嫌を取るためにあんな
高いホテルに部屋をとるなんて
その女性はさぞかし喜んだだろうな 」
新藤も同じくコーヒーを飲みながら言った
「ああ
高い金を払っただけはあった
彼女も喜んでくれたと思うよ
そうだよな 桃子! 」
桃子は飛び上がって自分の
コーヒーをこぼした
桧山は信じられないといわんばかりに
新藤と桃子を交互に見た
その目はあからさまに語っていた
ーお前らデキてるのか?ー
桃子は髪の生え際まで真っ赤になった
これでは二人は愛を交わしたと堂々と宣言
したようなものだ
桃子はあまりの羞恥心にこの場から
消え入りたい気持ちでいっぱいだった
そんな桃子の気持ちもおかまいないしに
新藤は桃子の弁当を何気ない
顔で食べていた
「そう・・・か
そうなら早く言ってくれれば
よかったのに・・・ 」
気まずい空気をなんとかしようと
桧山が陽気に言った
「悪いな」
「それじゃ・・・俺はこれで失礼するよ」
そう言うと桧山はその場に二人を
残して行ってしまった
新藤は厄介払いが出来て内心ホッとした
これで桃子と二人っきりで話が出来る
ずいぶん久しぶりだ新藤は桃子の隣から
もっとよく彼女の顔を見ようと
椅子をずらし真向かいに座りなおした
桃子は彼がなぜあんな事を
桧山先生に言ったのかわからなかった
自分と桧山先生の仲を裂くために
言った事だと思うけど
なぜそんなことをするのだろう?
さっきも偶然に私と桧山先生を見て後を
追ってきたように見えたし
彼はあきらかに私達の
じゃまをしに来たように思える
さらに彼が神戸のホテルに
私たちが一泊したことを
ハッキリ桧山先生に言ったことも
間違いない彼は桧山先生に
私から手を引けと宣言したんだ
でも?なぜ?
私が他の先生と仲良くするのが
気に入らないのだろうか?
それとも私が桧山先生にふさわしくないとか?
同じドクター仲間で
同じランクの人間だから?
私は准看護師で平民だから彼らには
ふさわしくないとでも?
考えれば考えるほど
侮辱されたように思える
あれほどの二人の親密な愛の思い出を
安々と人にしゃべれるなんて・・・・
桃子は心が傷ついた
新藤がこれほどデリカシーの無い
男性だとは知らなかった
口惜しくて涙が出てきた
新藤は真っ赤な顔でうつむいている
桃子を見て心が痛んだ・・・
傷つけてしまっただろうか?
あとで桧山には口止めをしないといけない
思わず彼女の手を握りしめてしまうのを
こらえた
「桃子・・・・
その・・・すまない・・・・」
桃子は泣きながら新藤に訴えた
「あんなことを桧山先生に言うなんて!!
いくらなんでもひどすぎます!」
思いもがけない言葉に新藤はムッとした
「事実を言ったまでだ!
それとも次は桧山を狙っていたのか?」
新藤のするどい言葉が
桃子の身を引き裂くよう様に刺さった
「なんてことをっ!」
あふれ出た桃子の涙が頬を伝った
心の中は罪悪感でいっぱいだったが
もう新藤は止まらなかった
「君とあれほどの情熱を重ねて
僕がまったくシラフでいられるとでも?
あんなに可愛く僕の腕の中で震えた君が
事がすぎると冷たく何でもないように
ふるまっているのを
僕が平静で見てたとでも? 」
「何をおっしゃってるの?」
一晩限りであとくされなしと言ったのは
あなたじゃない!
私は必至で忘れようとしてるのに・・・
桃子はあまりの混乱に言葉を飲み込んだ
「僕の方が先に手を出したと知られたら
他の男どもが君を誘わないかもと
心配しているのかい?
ご心配なく!
桧山にはあとでちゃんと
口止めしておくよ」
「そんなことを言ってるのではないわ!」
桃子はわけがわからなかった
新藤が自分以上に怒っている理由が
まったくみつからない
桃子はあまりにも思いがけない
新藤の言葉に驚いた
「僕がどんな気持ちで見ていたと思う?
どんどん綺麗になっていく君の事を
院内で男とじゃれている君の姿を
君が他の男に微笑みかけているのをっ!!
それもあのクソいまいましい
契約のおかげで僕は知らんふりを
するしかないんだっ!!」
新藤はこの数日悶々としていた感情を
吐き出した怒りを抑えられなかった
ドンッと新藤がテーブルを叩いたので
弁当や空のコーヒーカップが飛び上がった
桃子も同時にびっくりして飛び上がった
やがて新藤が立ち上がった
「残念だけど痛いほど分かったよ
君は前に進もうとしている
僕たちの事は無かったことにして
どうやら・・・・
僕だけのようだね・・
君の事を想って眠れないのはっっ!!」
怒りと悲しさで体が熱くなっていた
もうこれ以上耐えられず
新藤は桃子を残してドクターズラウンジを出ていった
桃子は怒りに肩を揺らして出ていく
新藤の後ろ姿を見つめていた
彼女は硬直し目を見張り
今の信じられない光景に
ただ だだ圧倒されていた
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