もうすぐ2018年が終わろうとしてる、12月31日の事だった
いつもなら新藤は毎年大学仲間と、スイスでスキーを楽しみながら、新年を迎えているのだが
今年はどうもそういう気になれず、鬱屈した気持ちを抱えていた
病院は無事に今年の業務を終了し、年末年始の救急外来の、非常勤も自分は当たらず、休みを取れることになった
ゆったりと冬休みを過ごせるはずなのに、なぜか新藤は何もする気になれなかった
それと言うのも、高山桃子とひょんなことから口論になり、あれから一言も話せないまま、病院は年末の休みに入ってしまった
新藤は反省していた、あの時桃子が桧山と楽しげに、話していることにあきらかに嫉妬した
そしてその怒りは最終的に、桃子にやつあたりという形で終わってしまった
驚いたことに怒りで口論してる間でも、新藤は桃子に熱い口づけをしたくなった
桃子は怒った顔もかわいかった
二人の間にある忌まわしい、テーブルをけちらし桃子を、押し倒したい衝動にかられた
ああ・・・・
僕は重傷だ・・・・
このまま桃子を忘れて、いつもどおり業務に集中できるのだろうか・・・・だんだんと自信が無くなってきた
不意にLINEを開いて見てみる、桃子からは何の音沙汰もない、新藤がやっぱり本気で桃子をあきらめようと、LINEを閉じようとした時・・・・
ある事に気づいた
桃子のアカウントの画像が変わっていたのだ
今までは可愛い猫の画像だったのが、なんと彼女のアカウントの、プロフィール画像はあの二人で過ごした、ホテルの部屋のXmasツリーになっていたのだ
そういえば彼女は嬉しそうに、何枚も写メを撮っていたっけ
新藤はその画像を長い間見つめていた。これはきっと彼女からのメッセージだ
忘れたくても忘れられない、この画像のツリーの下で、二人で熱い愛を交わしたのは・・・・
新藤はいてもたってもいられず、桃子にLINEトークを送った
キンコン♪「新藤です、先日は本当に申し訳なかった」
キンコン♪「君にあやまりたいんだ、なんとかもう一度会ってもらえないだろうか?」
キンコン♪「連絡待っています」
はやる心臓を押さえて、桃子の返事を待った。しかし1時間経ち2時間経っても、桃子のトークには既読が付かなかった
そこでハッとした、もしかして自分はブロックされてしまっているのではないだろうか?
桃子はブロックするほど、もう自分とは関わりたくないのだろうか?
それほど自分は嫌われてしまったのか
そう思うと心が引き裂かれた気分になってしまった
気が付くと新藤はBMWを運転し、高速道路を猛スピードで突っ走っていた。こんなの正気の沙汰ではない、でも自分を止められなかった
一目彼女に会いたい、もしフラれるとしてもちゃんと彼女から愛が覚めた言葉を聞きたい、彼女の瞳から仕草からもう自分への愛は、1ミリも残ってないんだ、と確実に目視してから気持ちにピリオドをつけ
そして失恋感傷を抱いたまま、正月はどこか一人で傷心旅行にでも行こう
彼女の家の近くのコインパーキングに、白のBMWを停車し彼女の家に向かった
こんな事をしても意味がないかもしれない、すでにストーカーまがいの事をしている、彼女は自分ともう顏を付き合わせたくないんだから
でもそれでも新藤はどうしても、彼女の顏を一目見たくてしかたがなく、彼女の家の呼び鈴を押さずにはいられなかった
一度呼び鈴を押す、インターフォンの音が家に響く
・・・反応が無い
今日は大晦日だ家族で、どこかに出かけているのだろうか
それとも彼女は他の誰かと、どこかで新年を迎えようとしているのだろうか
呼び鈴を押して反応が無いまま数分後、踵を返して帰ろうとした時、ドアが勢いよく開いた
「だれだっっ!こんな時にっっ」
飛び出してきた女の子を見て、驚いた
「うわっ!そっくりだ!」
新藤は思わず口走ってしまった、その子は桃子をショートカットにして、数年幼くした顏をしていた、大きな丸い目でこちらを見ている新藤はあわてて口を開いた
「あ・・・・あの・・・はじめましてっっ!僕は桃子さんと同じ病院に勤務しています。新藤と申します・・・ 」
「お姉ちゃんと?」
女の子は新藤を見上げて言った
「あ・・・うん・・・」
微笑んで言った、やっぱりこの子は桃子の妹だ
「それじゃお医者様なの?」
妹の必死の形相に圧倒され、あわてて言った
「あ・・うんそうだよ 僕は外科医だ 」
すると妹君はガシッと新藤の、トレーナを掴んで自分に引き寄せて言った
「お願いっ!!お母さんを助けてっっ!」
新藤は慎重に桃子の母の脈を取りながら、医者の威厳をたっぷりかもしだし、彼女に優しく聞いた
「駅前のauに行ってる、お姉ちゃんスマホうっかり、自分の服と一緒に洗濯機で洗っちゃって、水没させちゃったんだ・・・・ 」
新藤は途端に心が軽くなっていった、なんだブロックされたのではなかったんだ
いやそれでも嫌われたかもしれない、疑いはまだ晴れていない
「ねぇ・・・・お母さん起きないよ・・・大丈夫? 」
「少し診てみようね 」
動揺している人間には、冷静さと優しさで接するのが一番だ、母も桃子に年を取らせたぐらいそっくりだ、なんとこの親子はハンコじゃないか
母の脈はしっかりしている、おそらく一過性の脳震盪だろう、後頭部を触診してみる、うっすらとたんこぶが出来ている
「う~ん・・・・ 」
そうこうしていると母が目を覚ました
「お母さん!うわーん」
文香が母に飛びついて泣いた
「あら・・・・あたし・・・どうしちゃったのかしら・・・・」
母が起き上がり額を手で押さえ、頭を振ろうとする
「まだ激しく頭を振らないほうがいいですよ、そこの椅子から落ちたんですから」
母の目の焦点が新藤に止まる
「あら・・・こちらの方は・・・」
文香が母にしがみついて答えた
「お姉ちゃんの病院の先生だよ、偶然お姉ちゃんに用があって来てくれたの、そんでお母さんを診て欲しいってお願いしたの、だって死んじゃったと思ったから!」
新藤が二人に優しく言った
「僕が見た所、軽い脳震盪だと思います。ですが、念のため、診察させてもらってもいいですか?ああ、そこの和室に布団をひいてもらえないかな?ええっと・・・君は? 」
「文香だよ!ねぇ、ここでいい? 」
文香ちゃんというのか・・・新藤は文香に布団を敷かせ、桃子の母を抱えて寝かせた。その紳士ぶりは二人をいっぺんに味方につけるのには充分なふるまいだった
「そう…軽く手をあげて、僕の指が何本かわかりますか?」
新藤はそれからも桃子の母を丁寧に診察した
「大したことはないと思います、でも今から3時間は安静にしてください、その間に吐き気がしたり、目が見えにくくなったりしたら、ただちに救急車を呼んで、僕の病院で診察してくださいね 」
「つまり3時間は様子を見て、何もないなら大丈夫ってことなのね?」
文香は笑顔で言った
「その通りだよでも、どうして椅子に乗ったりしたんですか?」
母が恥ずかしそうに言った
「ええ・・・実は換気扇を、外そうとネジを回していたんです・・・・それで脚を踏み外して・・・ああ・・・お恥ずかしいわ・・・ 」
「でもすっごい高い所にあるんだよ!換気扇が回らなくて困っていたの!お正月の料理が作れないよ 」
「桃子が帰ってきたらお願いするわすいませんね~、あの子ったら最近ぼうっとしてて・・・先生がいらしてくださることなんか、何も言ってなかったから・・・ 」
「いえ僕が勝手におじゃましただけですから、ところでその換気扇ってどこにあるんだい?」
文香が嬉しそうに立ち上がって言った
「こっちだよ!!」
..:。:.::.*゜:.
桃子はスマホショップを後にして、とぼとぼショッピングモールを一人歩いていた
年末の大掃除が院内で終わって、とうとう新藤と一度も顔を合わさないまま、休暇に入ってしまった・・・
彼からのLINEも無ければ、かといって自分から連絡する勇気もなかった・・・
ああ・・・・自分はなんて女々しいのかしら
桃子は新藤と最後に口論して、彼が炎のように怒りをあらわにした時の、事を思い出すと、失ったものの大きさに気づき落胆した
同時にあの時彼が言っていたことを、一言一句思い出していた
彼はたしかに怒り狂っていた、だけど何度考えてもどう考えても
あれは愛の告白に聞こえた・・・・
彼は私の事を想って眠れないと言った、それに私がどんどん綺麗になっていくとも、言ったわ・・・
桃子は彼を捕まえて、もっとその事について聞きたかった、彼は自分のことをいったいどう思っているのだろう・・・
もし彼もあの愛の一夜を忘れられずに、いるのなら・・・・
そして自分の思いを素直に言えたなら、初めて会った時から彼に恋していた事を、打ち明けられたら、彼は受け入れてくれるかしら
彼と燃え尽きるほどの愛の情熱を交わし、彼の傍で仕事をし、日々のささやかな幸せを感じられたら・・・・
そういう想いから、自分のLINEアカウントの画像を、あの新藤と愛の一夜を過ごした、ホテルのXmasツリーの写真にした・・・・
自分は決して忘れない、あの愛の一夜を・・・・
しかし彼からのLINEも無ければ、かといって自分から連絡する、勇気もなかった・・・
新しいスマホを握りしめて、LINEをインストールしなおして、見てみる・・・・
新しくアカウントを作ったおかげで、今までのトーク履歴はすっかり、消えてしまっていた、桃子は大きくため息をついた
今頃彼はどうしているのだろう、私の事など全然考えていないのかしら
一目彼に会いたいそれが無理なら、せめて「あけましておめでとう」のLINEトークぐらいは送っても、大丈夫だろうか?桃子は今夜LINEを送ってみようと、決意し家に帰った
「ただいまぁ~~あ 」
「?」
玄関に散らばった文香のスニーカーと、見慣れない大きな男物の革靴があった
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!大変!大変!お客さんだよ 」
文香がパタパタと駆け寄ってきた
「文香っ!玄関の靴を揃えなさいと、何回言ったらわかるの?誰か来ているの? 」
「あのね!お母さんが椅子から落ちてね、気を失って先生が助けてくれて、換気扇を直してくれてるの、それでね・・・・ 」
「何を言ってるの?お母さんがどうしたって?・・・・・ 」
文香にぐいぐいひっぱられて、台所に桃子が入ってくると、信じられない光景を目の当たりにした
「ありゃ~・・・文香ちゃんこれはダメだよ、部品よりも、ファンそのものを変えなと・・・・」
桃子の目玉が飛び出て口が綺麗に、アルファベットの「O」の形になった
新藤がうちの台所の換気扇に、顏をつっこんでいる
しかも花柄の桃子のエプロンと、ピンクのゴム長手袋をして
病院の彼からしたらとんでもない、お祭り気分な格好をさせられている
信じられない光景に、桃子の悲鳴が高山家に響いた
「何てことをしてくれたの!あなた達っっ!!」
桃子は顏を真っ赤にして憤慨していた、その鬼の形相に文香が小さくなって、正座している
「だってぇ~・・・・換気扇を直してくれるっていうからぁ~・・」
さらに桃子が怒鳴る、今にも鼻血を吹く勢いだ
「あの方を誰だと思ってるのっっ!」
「水戸黄門的口調」
「おだまりなさいっっ!国立病院一の執刀医の新藤先生なのよっっ!その新藤先生になんて事をさせてるの!しかもあんな・・・あんな格好までっ・・・・!」
思い出しただけで桃子は膝から力が抜け、倒しそうになった。文香がぷぅっとほっぺたを膨らませて言う
「だからぁ~、先生のお高そうな服が汚れないように、エプロンとゴム手袋を貸してあげたのよ」
母が嬉しそうに言った
「本当にご親切にとっても助かるわぁ~」
桃子がのんきな二人にたたみかける、怒鳴り声がいっそう激しくなる
「とにかくっっ!今後は私の大切な先生には、敬意を払ってもらいますかね!
換気扇の修理を頼むなんてもっての他!
彼の手はそんなもののために
あるのじゃないのよ
多くの人の命を救うためにあるんだからっっ!
くれぐれも失礼のないようにっっ!
おかしなマネをさせたら
ただじゃおきませんからねっっ!」
私の大切な先生・・・・
.:*゚..:。:. .:*゚:.。:
その言葉を聞いて
新藤はニヤニヤ笑いが止まらなかった
ふすまを絞めていても
桃子の怒鳴り声は
台所にいる新藤に筒抜けだった
それに彼女はなかなか叱ると
迫力あるじゃないか
しばらくして
桃子が二人を引きつれて
新藤の前で土下座した
先頭の桃子が涙ながらに詫びを入れる
「本当に・・・・
なんてお詫びをすればいいか・・・・
本当にウチの妹が失礼なマネを・・・
それに母も助けていただいて・・・
もう・・・もう・・・・
私・・・ 」
桃子は今にも恥ずかしさで泣きそうになった
しかし新藤はそんなこと
少しも気にしていない様子で
換気扇のファンをばらしていた
「僕の方こそ
君がいないのに勝手して悪かったよ
でも・・・
この換気扇はもう駄目だな・・・
新しいのを買わないと・・・ 」
顎に手をあててう~んと新藤が考え込む
「隣町のショッピングモールは?
あそこにならジョーシンが入ってるよ!」
ぴょんぴょん新藤のまわりをはねながら
文香が言った
「文香っっ!!」
桃子がはじかれたように
失礼な妹をたしなめる
途端に文香が肩をすくめる
「そうだな!行ってみるか!」
新藤が言った
文香と二人で笑っている
桃子は新藤の言葉にマンガのように
髪の毛が逆立った
「いっやぁ~~~~っっ!!
何その裏ワザっっ!
こっの!卑怯者~~~!!!!」
文香が叫ぶ
「勝負の世界に卑怯も何もないんだよっ!
強いものが勝つっっ!
それだけだ!」
新藤が負けじと叫ぶ
ものすごい速さでコントローラーをさばく
目の前の大型スクリーンには
新藤のあやつるゲームキャラクターが
必殺技を炸裂させている
文香も必死の形相で
コントローラーを操作する
「おおっ!!
なんだ!今の技は?すげーなあの二人」
「がんばれ!女の子!」
「いやいや お兄さんの方もすごいぞっ」
先ほどの花柄のエプロン姿の新藤が
信じられない光景なら
今は大型ショッピングモールの中の
ゲームセンターで大きなスクリーンの前で
格闘技系の対戦ゲームで白熱している
文香と新藤にオタクのギャラリーが群がっている
この光景もまさに桃子の
想像を絶する光景だった
・・・信じられない・・・
新藤先生が文香とゲーセンで
:*゚..:。:. .:*゚:.。:
桃子は頭を抱えて遠目に
二人を眺めていた
桃子は今日一日で寿命が
縮まる思いをしていた
どうやったら新藤と会えるだろう
彼になんて言葉をかけたらいいだろうと
ここ数日ずっと悩んで夜も眠れなかったのに
なんと彼のほうから自分に会いにやってきた
しかもうちの家族に接する彼の態度は
久しぶりに会った親戚のように
すんなりなじんでいる・・・
これこそまさに桃子にとって
青天の霹靂で盆と正月が
いっぺんにやってきた展開だ
桃子はこの展開についていけるか
今後の自分が心配になってきていた
そんなことをお構いなしに
ゲームの勝負は新藤の勝ちで決着がついた
がっくりと文香が地面に両手をついた
「・・・負けたわ・・・・
数多くの時間をついやして技を
磨いてきたのに・・・
このあたしが敗北するなんて・・・くぅ・・ 」
うなだれている文香の肩を新藤がやさしく叩く
「君は十分戦ったよ・・・
でも上には上がいる
君ならやれるよ・・!
課金は強くなるための手段だ!」
キラキラした瞳で文香が新藤を見つめる
「師匠と呼ばせてください・・・ 」
二人の美しい友情に周りを囲んでいる
おたくが一斉に拍手した
「いったい何の話よーっっ!!」
桃子が思わず叫んだ
大晦日のショッピングモールは大勢の買い物客でごった返していた
桃子達は大型電気ショップで
換気扇を購入しフードコートで
軽くお茶をした
さらに文香と意気投合している新藤は
ゲームショップで色々物色した
信じられないことに彼がかなりの
ゲーム好きな事が判明した
どうりで文香と気が合う訳だと
桃子は目を丸くした
文香が新藤に買ってもらった
ソフトクリームを舐めながら言った
「ねぇ どうする?もう帰る?」
新藤が換気扇を抱えながら言った
「よかったら食品売り場に寄ってくれるかい
今夜の晩メシを買って帰ろうと思うんだ」
地下の食品売り場は
これまたすし詰めの人ゴミに
きらびやかな正月のごちそうが並んでいた
夕方のごったがえす中
最後の売り切りに店員の威勢のよい
掛け声が響いて売り場はとても
活気づいていた
「う~んどれもこれも上手そうだな」
新藤が惣菜コーナーを目を
輝かせてみている
「よしっ!これにするよ 」
新藤が2段のおせちの重箱を
買い物かごに入れた桃子はズキンと
胸が痛んだ
彼は・・・
これを一人で食べるのだろうか・・・
一万円以上する惣菜のおせちは
たしかに色は綺麗だけど冷めていて
朝から空気にさらされているせいで表面が乾いていた
桃子は思い切って新藤に
ここに来てからずっと考えていた事を
言った
「あのう・・・・
もしよかったら・・・・
これからうちにいらっしゃいませんか?」
「さぁ!さぁ!
どんどん食べてくださいな!」
母の由紀子がキッチンとリビングを
忙しく行き来している
大晦日の思いがけない来客で嬉しそうに
大盤振る舞いの準備にいそしんでいた
桃子はすっかり体調を取り戻して
ピンピンしている母をみて安心した
「新藤さんウチは寒いからハイッ
これ着てね」
文香が楽しそうに袢纏を新藤に渡す
「新藤さんは好き嫌いは無いかしら?」
「ねぇお母さん新藤さんに
お正月のお手もと出していい? 」
信じられない光景その3
新藤さん我が家で袢纏を着て
:*゚..:。:. .:*゚:.。:
桃子は今日一日で新藤の信じられない
行動に寿命が縮まる思いで彼を見ていた
しかし彼はすんなり
うちの家族を受け入れされるがままに
まるで久しぶりに遊びに来た
親戚の様に馴染んでいる
一緒にいられるのは嬉しいけど
そもそも彼はいったい何しに来たんだろう・・・・
次々と高山家のコタツに
正月の料理が並ぶのを新藤は
感動の思いで眺めていた
鯛のおかしらに3段の重箱には
栗きんとん、黒豆と昆布巻、お煮しめや
紅白かまぼこが所せましと詰められている
さらに
刺身に蟹に最後にはすき焼きが出てきた
「すごいな!これみんな手作りかい?」
新藤が感動して言った
「我が家では父が生きていた頃から
新年の料理だけはとても派手なんです 」
桃子も微笑んだ
「そうそうおせちもあるけど
10時になったら年越しそばも
食べるんだよ!ねぇ!紅白始まるよ
新藤さんスキヤキ卵つけるタイプ?
文香が割ってあげる」
文香も笑って言った
「うまい!なんだ!この伊達巻!」
新藤が感動して叫んだ
「あらうれしいっ
新藤さんはお酒はいける口ですか? 」
そういうと母が焼酎の瓶を持ってきた
「おおっっ!
幻の焼酎といわれている
獺祭じゃないですか!
大好きですっっ!! 」
新藤は手渡された焼酎の水割りを
一息に飲み干すと大きくため息をついた
「生き返るっっ!」
「うめぼしを少し入れるのが
我が家流なんですよ
ささっ!先生もう一杯 」
ものやわらかな話し方の母は
とても酒好きらしく
勧められるまま新藤も次々にグラスを開けた
そこから高山家の宴会が始まった
気付くと桃子が新藤のとなりに座って
水割りを作っていた
少しだけ体を桃子の方に傾けてみる
すると気のせいか桃子も
こちらに体を傾けてきたような気がした
すっかり気を良くした
新藤はみんな次々としゃべる
高山家の3人の会話を楽しく聞き
大いに笑った
「新藤さんはお正月にはご実家には
お戻りにならないの? 」
母の由紀子が言った
「ハイ・・・実家はありません
母は5年前に他界しましたし
父は数年前から認知症がひどくなりましてね
名古屋の特別養老院で生活しています」
「まぁ・・・そうだったの 」
「僕は両親が歳をとってからの子なんです
しかも一人っ子ですし
ある程度は覚悟できていましたから
大丈夫です 」
「お父様にはお会いにならないの?」
「そうですね・・・
半年前に会いに行きましたが
僕が誰だかわかっていませんでしたから・・・
それからなんとなく足が遠のいてしまっています 」
次の水割りを手にして新藤が言った
その表情は彼が初めて見せる顏だった
桃子はまたもや心臓が切なく
引き締まるのを感じた
「あら表面上は分かっていなくても
心ではちゃんとお父様はあなたが
来てくれたのをわかっているわよ 」
母が楽しそうに言った
「そうでしょうか?」
新藤がいぶかしげに聞いた
「母は近所の老人ホームの介護主任
なんです 」
桃子はすかさず言った
「へぇ・・・そうだったんだ・・・ 」
「あたしは大人になったら
薬剤師になるの!
お父さんがそうだったから! 」
文香が会話に割って入った
「そいつはすごい
ここにいるメンバーで開業できる 」
新藤が冗談を言うとみんな
おかしくて大声で笑った
とても暖かな夜だった新藤は初めて
コタツというものに入った
感動を覚えていた
近いうちにコタツの購入を考えよう
今は桃子は自分の横で笑っている
しかもここは彼女の実家だ
あんなに嫌われたのではないかと
気に病んでいたのがウソのようだ
ある意味お母さんが怪我をしてくれて
よかったのかもしれない
自分が一番得意な分野で役に立ち
高山家の人と仲良くなれた
焼酎の酔いも回り
最近ずっと寝不足なだけあって
新藤は自分のまぶたが重くなり
落ちるのを感じた
とても気持ち良くウトウトしていると
ひんやりとした手が新藤の頭を
もちあげ枕を下に引いてくれた
そしてふわりと毛布がかけられ
誰かが自分の頭を撫でてる
この手はきっと桃子だ・・・・
彼女に謝らなければならないのに
眠くて体を起こせない・・・
今後どうしたら桃子と関係を
続けられるだろう
二人の関係を継続するにはどうしたらいい?
あとほんの少ししたら・・・・
もう少し時間を置いてから・・・
どうするか決めよう・・・
そんな事を考えながら
新藤は満足のため息をつき
深い眠りの世界へ旅立った
病院の白衣の彼はいつも超絶だ
感情を交えない簡潔で堂々とした話し方で
人を寄せ付けない雰囲気がある・・・・
でもそれは彼自身が好んで
やっていたことではなく
前の奥さんと別れご両親とも離れていて
彼にとって辛い時期を彼なりに乗り越えようと
して形成されたものなのかもしれない・・・
そう思うと桃子は心の底から
彼をもっとよく知り
彼の傍にいて支えになってあげたかった
彼を悲しませるものすべてから
守ってあげたい・・・・
自分より8歳も年上の
男性にこんな思いを抱くなんて
桃子は自分がおかしくて笑ってしまった
すべてを包み込んで
彼を愛してあげたい・・・・
そう思うと幸せな気持ちで
桃子は新藤の寝顔をただずっと
見つめていた
新藤は呻きながら目を覚ました
室内の見慣れない蛍光灯が眩しい
味噌汁の良い匂いが漂ってくる
「う~ん・・・ここは・・・どこだ?」
女性の笑い声が聞こえる・・・
「目が覚めましたか? 」
その声に新藤ははじかれたように
起き上がり目を見開いた
「いったい・・・・」
目の前に桃子が立っていた
味噌汁の入ったお椀を持ち笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる
「ああよかった
お母さんが沢山飲ませてしまったから
どれぐらい眠られるのか分からなかったんです」
「なんてことだ!」
新藤はあわてて座り直し
自分の醜態をさらしてしまったバツの悪さを感じていた
初めて彼女の家に来た上に酔っぱらって寝てしまうなんて
なんてまぬけなんだ
彼女といるとどうも調子が狂う
「シジミのお味噌汁を作りました
酔いが覚めてスッキリしますよ 」
味噌汁から熱く立つ湯気の向こうに
桃子の笑顔が揺らいだ
新藤は熱い味噌汁をすすった
なんとこれは投薬より効果があった
熱い液体は暫く胃の下でとどまり吸収され
じわりと血液に流れ込んで
浄化されていくようだった
今まで飲んだどんな味噌汁よりも
極上に体にしみ込むように上手かった
とたんに酔いがさめ意識が
ハッキリし出した
「ええ・・・と
お母さんや 文香ちゃんは?
それに今何時だろう?
僕はどれぐらい寝ていた? 」
「今は11時です
文香とお母さんは近所の神社に
除夜の鐘を鳴らしに行きました
毎年恒例なんです今頃並んでいるころだと思います 」
新藤は自分の行為に当惑したように
首を振った
「・・・すまない・・・・
酒を飲んでこんなことになったのは
僕は初めてだ
僕に構わずに君も鐘を突きに行って
くれてかまわないんだよ」
桃子がクスクス笑いながら言った
「母は職場でも有名な酒豪なんです
人を酔い潰してしまうのが好きなんです
先生は悪くありません
それに・・・ 」
桃子はかわいく頬を染めた
「貴方が目を覚ました時に傍にいたかったんです・・・」
数日ぶりに二人は見つめ合った
これまで新藤は桃子をまったくの
内気そのもので正直いって感情が
ないのではないかとさえ思っていた
もちろん部下のナースとしては最高だ
彼女のアシスタントはこちらが望んで
いることを望み通りに
テキパキこなしてくれる
何があってもあわてず騒がずいつも冷静で
彼女にまかせておけばすべて安心と
すっかり満足していた
だが今では違う弱い桃子
恐れ悲しむ桃子を知った
花のように笑う桃子も
興奮して家族に怒鳴る桃子も見た
そしてそれが新藤にはどうしようもなく嬉しかった
思わず桃子の手をにぎった
「契約を・・・・破棄しにきたんだ」
「え? 」
桃子は何かを聞き洩らしたかのように
聞き返した
「あの契約だよ
一回きりのあとくされなくってヤツだ」
声は低かったが
そこには微かに怒りが潜んでいた
「僕にはあんな契約は
とてもじゃないけど守れない!
週末にあんな愛を経験したあとで
二度と君と関係をもたないで
何もなかったフリなんてどう考えても
できない!
そんなの人間じゃない!
不可能だ! 」
「まぁ・・・・ 」
桃子は何か言いたくても声が出なかった
茫然として新藤を見つめた
「いつも君を求めていた
君が他の連中とふざけているのを
見るのは死ぬほど辛かった
ホテルでの君の事を考え
また君をベッドに誘いたくて
気が狂いそうだった
桧山との件もアイツに嫉妬した
あんな事を言ったのはただ単に
仲良くなってほしくなかったんだ 」
「言ってくれたらよかったのに・・・」
桃子が思わず声に出して言った
新藤が怒りにまかして叫んだ!
「言えるわけがないだろ!
君を綺麗にしたのはボクだって
どうしてそんな傲慢なことが言える?
君は僕のものでも何でもないのに!」
「あなたのものよ 」
「だいいち!
僕は君より8歳も年上だし
君にはもっと若いヤツが似合う!
ああ!
そんなことは十分わかっているって
え? 今何て言った? 」
新藤が興奮して桃子に言った
「私は初めて会った時から
あなたに恋していたわ
ああ・・・なんてことかしらてっきり
あなたは私を嫌っていると思ってた」
今度は新藤が茫然と桃子を見つめる
番だった
「最初から他の誰かなんていらないわ
私はあなたしか・・・・・ 」
桃子が言い終わらないうちに
新藤が手を伸ばし激しくキスをした
桃子も口を開けて新藤のキスを受け入れた
彼の舌が口の中を暴れ回る
さらに体をすり寄せて
彼がキスを深めやすいように顏をのけぞる
荒々しく桃子の頬に耳に首筋に
新藤のキスの雨が降り注ぐ
さらに桃子の髪に手をからませ
唇をじっくりと容赦なく奪う
僕のものだと彼が言う
僕のものだ!
一言も発することなく体が訴えている
桃子も体で答える
ええ!ええ!あなたのものよ!
だからあなたの好きにして!
新藤は両手をピンクのセーターの中に入れ
ブラジャーのホックを外した
乳房を両手に包んだ時は
悦びのうめき声が出た
ああ・・・・ずっとこうしたかった
完璧な手触りだ
彼女の悦びに硬くなった乳首を
人差し指と中指で挟んで揉んだ
桃子が喜びの声を漏らした
桃子もまけじと新藤のトレーナーの
中に手を滑り込ませ
彼の熱い胸板と腹筋の手触りを楽しんだ
その感覚に新藤が桃子の口の中で呻いた
さらに手を下に伸ばそうとした時に
玄関が勢い良く開いた音がした
二人は磁石が反発したように離れた
「ただいまぁ~♪
お姉ちゃん新藤さん起きたぁ?」
文香がバタバタリビングに入ってきた
「いやだわ 除夜の鐘がすごい行列でね~
きっと去年TV放送されたからだわ
あきらめて帰ってきちゃった
タイ焼き買ってきたけど食べる?
ねぇ 食べる? 」
そう言いながらどっさりと
白い紙袋に入ったタイ焼きを抱え
母も息をあらげて二人を交互に見た
間一髪で新藤と桃子はコタツの端と端に
正座して座っていた
「あ~♪新藤さん起きてる♪ 」
文香も嬉しそうに言った
桃子は家族の顔を今はとてもじゃないが
見れなかった
この二人の存在をすっかり忘れていた
きっと今自分は梅干しのように真っ赤に
なっているだろう
ホックを外されたままの
ブラジャーも胸の上で盛り上がっている
なんとかこの場を取り繕わなければと
何か言おうとした時新藤が母に言った
「お母さん!すいません少し
お嬢さんをお借りします!」
桃子が何かを言う前に新藤に
腕を引っ張られた
「ええ~~?
今から一緒にスイッチやろうと
思ったのに~!」
文香がスイッチを手に残念な顏で言った
「どうぞ♪どうぞ♪
持ってっちゃって下さいな♪」
母がすねる文香の肩をおさえ
愉快そうに言う
気付くと桃子は風のように
新藤にさらわれていた
新藤がBMWで高速をブッ飛ばすのは
本日で2回目だった
しかしきっぱりとフラれる覚悟で向かっていた行きの高速とはあきらかに違う
運転している自分の隣には
桃子が座っていた
恥かしそうにそれでいて悦びに
頬をそめて彼女がこちらを見ている
芦屋の高級マンションの自宅の
駐車場に車をすべらせるように停車し
桃子の肩を抱きエレベーターに乗せ
目を合わせれば先ほどの
間一髪で母たちに淫らな行為を
見られなかった事を安堵して二人で笑った
そして玄関のドアを閉めると同時に
二人は抱き合い情熱を燃え上がらせた
二人は待ち切れないように
服を脱いでいる間も抱き合い
新藤のベッドにもつれるように倒れ込んだ
桃子は新藤のネイビーブルーのシーツカバーに包まれ
深い海の中にいるような錯覚を感じた
彼の愛撫に体を震わせ
この数日これだけを求め続けていた
体はすぐに反応し炎が全身燃え上がるのを感じた
やがて彼が入って来た時には
感動のあまり彼の肩に顔を
うずめて涙した
.:*゚..:。:. .:*゚:.。:
「・・・子・・・・
桃子・・・・ 」
荒い息を整え新藤が囁いた
「いやっいやっ
修二さんっ
やめちゃいやっっ! 」
桃子が激しく首を振り
腰をかかげ両足を新藤の腰にからめた
クスっ
「大丈夫・・・
ちゃんと最後までしてあげるよ
かわいい桃子・・・
でもちょっと見てごらん 」
夢中になって腰を振っていた桃子は
目を開けて新藤の目線を追った
するとベッドボードの液晶時計が
午前0時5分を指していた
「僕たちつながったまま
年を越したみたいだ 」
「あら・・・・ 」
二人は見つめ合った
そして新藤が笑い出した
あんまり彼が笑うものだから
その振動が中に響いて思わず感じてしまう
「すごいぞ!
こんな年越し生まれてはじめてだ」
新藤が桃子のおでこにキスをして言った
「あけましておめでとう桃子
今年もよろしく 」
桃子は彼の腕の中で微笑んだ
「こちらこそ・・・
宜しくお願いします・・・
修二さん・・・ 」