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레몬인
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そあち♡໒꒱
88
なんたろ
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「はぁ……。今日も今日とて、結愛のボイスがバカ売れしてる……。俺の来年の消費税が、また膨れ上がっていく……」
帯広のボロアパート、四畳半の空間。
三万円のゲーミングチェアの上で、俺は完全に生気を失ったスライムのようにドロドロに溶けていた。
経費(アシスタント)として雇った元コールセンターの猛者、結愛。
彼女の「冷徹なお断りボイス」は、インターネットの深淵に潜むドMなリスナーたちにクリティカルヒットし、毎日のように俺の口座へ莫大な売上を叩き込んでいる。
売上が増えるのは、個人事業主にとって本来なら喜ぶべきことだ。
だが、すでに一千万円の壁を越え、インボイスの『課税事業者』となっている俺にとっては、売上の増加はそのまま『来年払う消費税の爆増』を意味していた。
「このままじゃ、マジで来年の税金が二千万を超える……。払えるわけねえだろ、そんな大金。俺はただ、アリスちゃんと3Dで踊りたかっただけなのに……」
『ルシフェル様。お悩みになられるのは自由ですが、本日の経理データの入力作業が滞っております。領収書の束をダンボールから出していただけますか?』
ディスコードの通話越しに、結愛の氷のように冷たく、一切の容赦がない業務連絡が飛んでくる。
「うるせえ! お前が稼ぎすぎるから俺は確定申告への恐怖で動けねえんだよ! もう少し手加減してグッズ売れ!」
『市場の需要をコントロールすることは困難です。それよりも、目前のタスクを消化することこそが、未来の税務調査への最善の防御策かと存じます』
ぐうの音も出ない正論で詰められ、俺が涙目でダンボールに手を伸ばした、その時だった。
『ピリリリリリッ! ピリリリリリッ!』
机の上のスマートフォンが、けたたましい着信音を鳴らした。
「……ん? 誰だ? こんな昼間から……」
画面を見ると、そこには『神崎プロデューサー(スタプロ)』という文字が表示されていた。
「ッ!?」
俺はビクッと肩を震わせ、スマホから距離を取った。
スタプロの神崎P。
天下のエンタメ企業『スターダスト・プロダクション』の企画運営統括であり、先日、俺を港区のスタジオに呼び出し、全身タイツ(モーションキャプチャースーツ)の羞恥プレイと過酷なダンスで『四十歳の腰椎』を完全に粉砕した男である。
「で、出ねえぞ……。あいつからの電話に出たら、また絶対になんか無茶振りされるに決まってる……! 俺の腰はまだ本調子じゃねえんだ!」
俺が無視を決め込もうとすると、結愛が冷静な声で指摘した。
『ルシフェル様。取引先である大手企業からの着信を意図的に無視することは、今後のビジネスにおいて多大な不利益をもたらす可能性がございます。速やかなご対応を推奨いたします』
「お前は元コールセンターだから電話に出るのに抵抗ねえかもしれないけどな! 俺はトラウマなんだよ!」
『ピリリリリリッ! ピリリリリリッ!』
鳴り止まない着信音。
俺は観念して、震える指で『通話』ボタンをスワイプした。
「も、もしもし……。ルシフェルです……」
『おお! ルシフェル様! お疲れ様です! スタプロの神崎です!!』
耳をつんざくような、港区特有の異常にテンションの高い声が鼓膜を殴りつけてきた。
「あ、どうも……。この前は、その、色々とご迷惑をおかけして……」
『とんでもない! 同接三十万人の伝説、社内でも語り草ですよ! 最高のエンターテインメントでした! さて、本日お電話したのは他でもありません! ルシフェル様に、新たな【特大プロジェクト】のオファーがございまして!』
「お、お断りします!!」
俺は食い気味に叫んだ。
「もう3Dで踊るとか無理ですから! この前のダメージで、まだ整体通いなんだぞ! これ以上俺の肉体を酷使したら、今度こそ労災案件(個人事業主だから下りないけど)で訴えますよ!」
『あはははっ! ご安心くださいルシフェル様! 今回の企画は、肉体的な負担は【一切ゼロ】です! 椅子に座ったまま、一歩も動かずに参加できる、最高のエンタメなんですよ!』
「……座ったまま? 痛いことしない?」
『もちろんです! 実は今、VTuber界隈で爆発的なブームを巻き起こしている格闘エンターテインメントがありまして。ルシフェル様には、そこに【スペシャルゲスト枠】として参戦していただきたいのです!』
「格闘エンターテインメント? なんだそりゃ。スト2とかスマブラの大会か?」
『違いますよ。もっとリアルで、魂と魂がぶつかり合う、血湧き肉躍る闘技場です』
神崎の声が、少しだけ低く、凄みを帯びた。
『1分間で、どちらの【言葉】が強いかを決める。VTuberによる、1分間ディベート格闘エンタメ……その名も、【V-Breaking】です!』
「ブイ、ブレイキング……?」
俺は首を傾げた。
『はい! ルールは簡単。1対1の通話タイマン形式で、テーマに沿って1分間、とにかく相手を口で圧倒する! 正論で論破するもよし、ヤンキーのように煽り散らすもよし、マシンガントークで相手を黙らせるもよし! 一番【視聴者を沸かせた(バズった)方】が勝者となる、口喧嘩の総合格闘技です!』
「口喧嘩の総合格闘技……」
なるほど。
確かに、今ネットの動画界隈では、1分間で勝敗を決める格闘技のフォーマットが大流行している。
オーディションでの過激な煽り合いや、アウトローたちの乱闘がバズり、数千万回の再生数を叩き出しているアレの、VTuber版(口喧嘩版)というわけか。
「でも、なんでそんな血の気の多そうなイベントに、俺みたいな四十歳のおっさんを呼ぶんですか?」
『ルシフェル様。あなた、ご自身のことを分かっていらっしゃらない!』
神崎が熱っぽく語り出す。
『あの同接三十万人を集めた3D配信。あなたは税金の恐怖を叫びながら、リスナーからのマシュマロ(質問)を次々と的確に裁き、そして絶叫で圧倒しました! あの【悲壮感漂うマシンガン・タックス・トーク】は、V-Breakingの舞台において、最強の武器になります!』
「タックス・トークってなんだよ! 俺はただ税金が怖くて喚いてただけだ!」
『さらに、今回の大会には、イキのいい若手VTuberたちが大勢エントリーしています。「俺が一番面白い」「古いヤツらは全員ぶっ潰す」と鼻息を荒くしている狂犬たちです。そこに、ルシフェル様という【絶対的な壁(大人)】として立ちはだかっていただきたいのです!』
「絶対的な壁って……俺、ただのインボイスに怯えるおっさんだぞ……」
『そして、ここからが重要です』
神崎が、最も俺の心を揺さぶる『魔法の言葉』を口にした。
『この大会、ファイトマネーが破格なんです。出場するだけで百万円。もし優勝すれば、賞金は【一千万円】。さらに、配信の切り抜き動画の収益化権利も全てお渡しします』
「いっ……せん、まん……っ!!」
俺の目の色が変わった。
一千万円。
それは、結愛のグッズが爆売れする前にジェミニ先生が弾き出した、来年の俺の税金額とほぼ同額ではないか。
「一千万あれば……来年の税金が、なんとか払える……ッ!」
もし優勝できれば、俺はインボイスの地獄から少しでも解放される。
肉体的な負担はゼロ。座ったまま、若造どもを口先三寸で黙らせるだけで、一千万円が手に入る。
これは、千載一遇のチャンスだ。
「……やります。神崎さん、俺にその狂犬どもを躾けさせてください」
俺が力強く宣言すると、電話の向こうで神崎が「よっしゃあ!」と歓声を上げた。
『ありがとうございます! では、明日の夜に行われる【オーディション(グループ通話)】のリンクをお送りします! そこで対戦相手が決まりますので、バチバチに煽り合って、番組を盛り上げてくださいね!』
通話が切れ、俺はガッツポーズをした。
「よし! 見たか結愛! これで俺の来年の税金問題は解決だ! 口喧嘩なら、長年ネットの底辺を這いつくばってきた俺に勝てる奴はいねえ!」
俺が意気揚々と語ると、ディスコードの向こうで、結愛が冷ややかな氷のトーンで応じた。
『ルシフェル様。大変申し上げにくいのですが、経理上の事実を一つ、ご報告させていただきます』
「ん? なんだよ、水差すなよ」
『もし大会で一千万円の賞金を獲得された場合、その賞金は【事業所得】あるいは【雑収入】として、今年の売上にそのまま加算されます』
「……え?」
『つまり、私のグッズ売上によってすでに二千万円規模に達している現状の納税予測に、さらに税金が上乗せされます。来年の所得税の税率は確実に最高税率の45%に達し、消費税の納税額もさらに跳ね上がります。結果として、来年の税金総額は【二千五百万円】を突破する可能性が極めて高いかと』
「…………」
俺は、振り上げたガッツポーズの拳を、ゆっくりと下ろした。
賞金をもらっても、その賞金自体が新たな課税対象になり、結局税金が増える。
稼げば稼ぐほど、抜け出せない泥沼に沈んでいく。
「……もう、どうすりゃいいんだよ、この国は……」
四畳半のボロアパートに、四十歳のおっさんの虚無の呟きが吸い込まれていく。
だが、もう出場を決めてしまった。
後戻りはできない。
かくして、インボイスへの恐怖と、来年の税金への絶望を抱えたまま。
ルシフェル和尚は、血の気盛んな若者たちが集う口喧嘩のコロシアム『V-Breaking』へと、その足を踏み入れるのであった。
コメント
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第83話読み終えたよ〜!もうルシフェルさんの税金ネタが毎回切実すぎて笑い泣き🤣💦口喧嘩の格闘エンタメ「V-Breaking」っていう設定、めっちゃアツいし座ったままでいいって神崎Pの営業トークにまんまと釣られるルシフェルさんがじわるw でも結愛の「賞金も課税対象です」の一言でガッツポーズが虚無になる流れ、最高にエグくて好き…😭✨狂犬どもをどう躾けるのか、続きが気になりすぎる!