「――プロの小説家だったんだよ、俺は」
黒宮さんから発せられたその言葉に、私は驚きを隠せなかった。だが逆に、泰然とし、やけに冷静な自分もいた。不思議な感覚だ。
でも、納得してしまったんだ。これまでの黒宮さんのことを見ていたから。
はっきり言って、第一印象は最悪だった。だけど、会話を重ねれば重ねる程に知ることができた。黒宮さんは聡明であり、筋を通す人であり、そして、温かで優しい心根の持ち主であることを。
理由はそれだけじゃない。思い出したのだ。ペンネームを見て。
この小説を、私は読んだことがあることを。
その物語は優しさに溢れ、柔らかで、七色の虹のように美しく光り輝く、そんなファンタジー小説だった。
「これ、読んだことがあります! 面白かったです!」
「――そうか」
黒宮さんは私の感想を訊いても、心をどこかに置いてきてしまったかのような、感情がこもっていない空っぽの言葉を返してきた。
顔に悲しみの色を浮かべながら。
「どうしたんですか? なんか元気がないように見えるんですけど……」
「なんでもねえよ。ちょっと昔のことを思い出してただけだ。そんなこといちいち気にすんじゃねえ」
「気にしますよ。らしくないんですもん。いつもみたいに私のことをからかってくださいよ」
「……今はそういう気分じゃねえ」
話しながら、ふと思った。先程の黒宮さんは言っていた。小説家『だった』と。つまりは過去形だ。
今はどうなんだろう。
「あの、黒宮さん? 小説は今も書いてるんですか?」
「ああ? 書いていたらここまで金がねえわけないだろうが」
「でも……それだったら尚更書いた方がいいと思うんですけど。小説を書いたらお金もらえるんですよね? なら書かない理由なんてないかと。それに、私からしたらプロの小説家になるなんて夢のまた夢です。だけど黒宮さんは違うじゃないですか? こうして本を出せるくらいの才能があるんですから」
黒宮さんは唇をギュッと噛み締めたまま、重い沈黙を作った。
カーテンが夜風ではためく。隙間から見えた外はすでに陽が落ち、すっかり夜になっていた。
星空が見たいと思った。黒宮さんが書いた、この小説の世界のように輝く綺麗な星々を。
重い沈黙を破ったのは黒宮さんだった。そして紡ぎ始める。
本当の自分のことを言葉にして。
「――書けなくなったんだよ。恩人が亡くなってから」
『第16話 黒宮さんの正体【3】』
終わり






