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116 ◇この縁談果たして――――
驚いたのは雅代だった。
思わず飲みかけていた茶を吹いた。
続けて同じように鳩子も茶を吹いた。
育代の連れ合いの正二は驚きのあまり、妻の顔をマジマジと見ている。
商社マンの哲司は、仕事で培った鋭い感が働いた。
ここで押さなければ、どこで押すというのだ。
チャンスは二度あると思うな!
「お母さん、なんてこと言うんです。
哲司さんに私のような外で働けもしない女を押し付けるなんて、甘え過ぎもいいとこよ」
その娘の言葉を受けて育代が問う。
「哲司くん、そう? (押しつけに聞こえますか?)」
「おばさん、そしておじさんも僕でいいのでしょうか?」
哲司の問いかけに……
育代はニンマリと肯定の意思表示をし、育代の連れ合いである正二はコクコクと頷いている。
哲司は雅代に同意を求めず、雅代の両親に向かい正座の構えで両手をつき
「それでは雅代さんとの結婚の儀、お許しいただきありがとうございます。
雅代さんと良き夫婦になれるよう精一杯務める所存です」と弁を述べた。
「わぁ~い、雅代さんが私のおかあさんで育代さんがおばあちゃんか。
うれしいなぁ~。わたしぃ、意地悪な人がお父さんの奥さんになったら絶対嫌だなって思ってたのぉ。お父さん、ありがとう。
あぁ、雅代さん、私みたいなデカいコブ付ですけどなるべくお手を煩わせないよう静かに暮らしますので私共々、父をどうぞよろしくお願いします」
「鳩子ちゃん~、私なんかでいいのかなぁ~。
こちらこそよろしくお願いしますぅ」
「じゃあ、おじさん、おばさんこれからちょいと雅代さんをお借りします」
そう言って雅代はあれよあれよという間に、哲司に外へ連れ出された。
「雅代ちゃん、物で結婚迫ったりしないって話してたばかりなのにごめん。
今の俺には物で釣るしか方法がないみたいで、勝手に決めてしまった。
でも、これから暮らしていく中では、何でもちゃんと雅代ちゃんの意見は聞くからね」
2人は話の続きをしながら、近所の八幡様までゾロ歩きした。
――――― シナリオ風 ―――――
前ページと少し被ります。
〇雅代の実家/大川家・茶の間にて
ちゃぶ台を囲み、育代・正二・雅代・哲司・鳩子が談笑中。
(N)
「お茶の香りが部屋いっぱいに広がる中、育代の何気ない一言が――
静かな昼下がりを大きく揺らした」
育代(何気なく)
「哲司くん、うちの雅代――もらってくれないかしら」
沈黙。
風鈴がチリンと鳴る。
雅代(びっくりして)「ぶふっ!」(茶を吹く)
鳩子(同時に)「ぶふぁっ!」(同じく吹く)
正二(目を丸くして)「……おい、育代……今、何て?」
哲司、一瞬固まるが目が鋭く光る。
(N)「商社で鍛えた男の勘が、ここで閃いた。
“押すなら今だ。チャンスは二度と思うな”」
雅代(慌てて)
「お母さん、なんてこと言うの。
哲司さんに、私みたいな外でも働けない女を押しつけるなんて、甘え過ぎよ!」
育代(すかさず)
「哲司くん、そう? 押しつけに聞こえる?」
哲司、深呼吸。
静かに雅代の両親の前ににじり寄り、正座の構えをとる。
哲司「おばさん……そしておじさん。僕で――いいのでしょうか?」
育代(にんまり微笑み)「もちろん」
正二、無言でコクコクと頷く。
哲司、正座の構えで両手を畳につけ、深く頭を下げる)
哲司
「それでは――雅代さんとの結婚の儀、お許しいただきありがとうございます。雅代さんと良き夫婦になれるよう、精一杯務める所存です!」
鳩子、感極まって立ち上がる。
鳩子
「わぁ~い! 雅代さんが私のお母さんで、育代さんがおばあちゃんに
なるのね! うれしいなぁ~!
わたし、意地悪な人が父さんの奥さんになるのは絶対イヤだなって
思ってたの。父さん、ありがとう。
あぁ~雅代さん、こんなデカいコブ付きですけど、
なるべくお手を煩わせないように静かに暮らしますので、
私共々、父をどうぞよろしくお願いします!」
雅代(涙ぐみながら)「鳩子ちゃん……私なんかでいいのかなぁ。
こちらこそよろしくお願いしますねぇ」
鳩子が笑顔で雅代に抱きつく。
哲司(立ち上がり)「じゃあ、おじさん、おばさん――これから、ちょいと
雅代さんをお借りします」
雅代、赤面しながら連れ出される。
哲司
「雅代ちゃん……
“物で結婚を迫ったりしない”って、ついこの前言ったばかりなのに、ごめん。
今の俺には、物で釣るしか方法がないみたいで……勝手に決めてしまった。
でも、これからの暮らしでは、ちゃんと雅代ちゃんの意見を聞くからね」
八幡様への道すがら、風が木の葉を揺らす。
哲司は雅代に謝罪しながら、一方の雅代は急展開ながらも身の内から
湧き出る喜びを噛み締めながら――――
2人、並んで歩く姿があった。