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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

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木風
791
#サレ妻
都築七美
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投稿を閉じて、顔を上げると、玄関の鍵が回る音がした。
悠人だった。
三週間で、三度目の家だった。コートを着たまま、靴を脱いで、リビングに入ってきた。
「いたのか」
「いた」
「ちょうどいい。座れよ」
悠人は、自分が座ってから言った。テーブルの向かい。私は、座った。
「十二日の話だ」
悠人は、スマホを伏せて置いた。
「休め」
「休む」
「有休取って、実家に行け。親父さん、しばらく顔見てないだろ。会って来い。俺からの、記念日のプレゼントだ」
記念日のプレゼント。私は、その言葉を、数える前に聞き返した。
「大阪は」
「大阪は」
悠人は、一度だけ目を伏せた。
「……ああ、行く。行くよ。その前に、ちょっとあるんだ」
「何が」
「お前の職場で、パーティーがあるんだよ。十二日に。会社のやつらと。俺のピッチの、まあ、前祝いみたいなもんだ」
語尾が、上がった。
「幹事が、勝手に決めた。場所。俺は知らなかった。知ったのは、今日だ」
「そう」
「気まずいだろ、お前も。自分の職場で、夫の会社のパーティーなんて。だから休め。有休を取れ。親父さんのところに行け」
私は、悠人の顔を見た。悠人は、私の顔を見ていなかった。伏せたスマホの、角を見ていた。
「場所、変えればいいのに」
私は言った。言ってみた。
「変えられない」
悠人は、すぐに答えた。
「場所はもう、動かせないんだ。招待状、出てるし。グランシエルの新ブランドの発表と、同じ日なんだよ。一ノ瀬さんの本部の人間も来る。今さら場所を変えたら、俺の顔が立たない」
「そう」
「お前が休めば、済む話だ。簡単だろ」
簡単。
悠人は、満足した顔で、コートの前を開けた。
「それから、飾り付けは、後輩に任せろ。お前が担当だと、会社のやつらに変に気を遣わせる。奥さんが裏にいる、とか」
「分かった」
私は言った。
「美咲に、引き継ぐ」
「それでいい」
悠人は立ち上がった。コートを着たまま、来て、座って、言って、立った。五分だった。
「じゃあ、十二日、ちゃんと実家に行けよ。親父さんに、よろしく」
「分かった」
扉が閉まった。
私は、テーブルの上に残った、悠人のスマホの跡を見た。跡は、なかった。伏せて置いて、持って帰った。
『分かった。美咲に引き継ぐ』。
嘘だった。
五年で、初めて、夫に嘘をついた。夫の言葉は、四百二十四まで数えた。人を使った数は、一つ。そして、嘘の数が、一つ。
数えて、私はコートを着た。もう一度、式場に行く必要があった。
◇
水曜の朝、企画室に美咲を呼んだ。
「当日の、表の担当」
「はい」
「三浦にする」
美咲は、ペンを持ったまま、止まった。
「私、ですか」
「式場の、表の名簿。受付と、電話と、玄関。『本日の担当:三浦』と書いて、ロビーに出す。十二日の朝から」
「チーフは」
「私は、司会台にいる。式の中にいる。式の外から見える名前は、三浦」
「……あの人が、確かめに来るんですね。奥さんが休んでるかどうか」
「来るか、電話がある」
「電話が来たら」
「『高梨は休みです』と答えて」
美咲は、ペンを置いた。
「それ、嘘ですよね」
「本当よ」
私は、名札を外して、机に置いた。『佐倉』。
「高梨は、休み。この式場に、高梨は、いない。十年、いなかった」
「……」
「佐倉が、出る」
美咲は、名札を見た。見てから、自分の名札を見た。『三浦』。
「客に、嘘をつかない」
美咲が言った。
「つかない」
「高梨は休み。佐倉が出る。……分かりました。嘘じゃない」
美咲は、ペンを取り直した。
「表の名簿、作ります。『本日の担当:三浦』。十二日の朝、七時に出します」
「お願い」
「それと、チーフ」
「なに」
「私、電話で嘘はつかないけど、顔は、作ります。すみません」
「顔は、作っていい」
美咲は「じゃあ合格」と、自分で言って、出ていった。
◇
昼、ラウンジに呼ばれた。
一ノ瀬は、窓を背にしていた。若林は、いなかった。
「君の夫から、電話があった」
一ノ瀬は、机の上に、手を組んで言った。
「昨夜だ。私の携帯に。番号は、食事のときに渡したものだ」
「……はい」
「十二日、君を休ませてほしい、と。記念日なので、と」
私は、立ったまま聞いた。
「何と」
「人事は、現場に任せています、と言った」
「はい」
「それから」
一ノ瀬は、組んだ手を、ほどかなかった。
「ご夫婦の記念日に、ご本人は、どちらで過ごされるのですか、と」
部屋が、静かになった。
「彼は、『大阪です。出張で』と言った。語尾が、上がった」
「……」
「私は言った。十二日は、ミモザガーデンで弊社の新ブランドの発表です。アクセル広告のご担当として、ご出席いただけるものと思っていましたが、と」
一ノ瀬は、組んだ手を、ほどかなかった。
「彼は」
「黙った」
一ノ瀬は言った。
「三秒。四秒。それから、『あ、ええ、大阪は、その、朝一番で戻ります』と言った。また、語尾が上がった」
「……」
「私は、『では、朝一番で』と言って、切った」
悠人は、一ノ瀬に、大阪と言ったことがなかった。言ったのは、私と、母にだけだ。その嘘を、一ノ瀬の前で、自分の口で、言った。言ってから、引っ込めた。
一ノ瀬は、そこで初めて、手をほどいた。
「彼は、大阪には行かないようだな」
コメント
1件
ひぃ……重かった……でも、すごく好きです。 悠人の「簡単だろ」にゾッとしました。 それに対して佐倉さんが「五年で初めての嘘」を積む静かな決意が、胸に来ました。 美咲の「顔は作る」って台詞も、空気が読める人だなって伝わってきて好きです。 そしてラストの一ノ瀬さんの「ほどかなかった手」——あれだけで緊張感が伝わるの、やっぱり草原さんの表現力だなって思いました。 次が気になりすぎます……😢