【登場人物】
ロドリグ=ベッソン(集落の長)
レナルド=ベッソン(長男)
アドルフ=ベッソン(次男)
エリーゼ=ベッソン(レナルドの妻)
アリアーヌ=ベッソン(レナルドとエリーゼの子)
アダム=アルファン
【処刑】パトリシア=アルファン(アダムの妻)
ベルトラン=アルファン(アダムとパトリシアの子・長男)
リュカ=アルファン(アダムとパトリシアの子・次男)
《殺害》ウィリアム=ジスカール
【処刑】アネット=ジスカール(ウィリアムの妻)
<不明>ヘレナ=ジスカール(ウィリアムとアネットの子・長女)
<不明>マリアンナ=ジスカール(ウィリアムとアネットの子・次女)
《殺害》ジル=グローデル
ジュリー=グローデル(ジルの妻)
フルール=グローデル(ジルとジュリーの子・長女)
《殺害》ジャン=グローデル(ジルとジュリーの子・長男)
アルベール=ロワイエ
ジョルジュ=ロワイエ(アルベールの子・双子の兄)
ジョスティーヌ=ロワイエ(アルベールの子・双子の妹)
【処刑】ボッブ=ラグランジュ(独身)
【四日目】
誰の悲鳴も聞かず朝を迎えるのは、何時ぶりだろうか。朝日を浴びて目が覚め、井戸水で顔を洗う、爽やかな朝。ついこの間までこれが普通だったのに、この普通さえもジュリーやフルールにとっては日常を取り戻せた幸せな瞬間だった。アドルフは朝食だけ一緒にとり、早々にベッソン家に帰ってしまったのでフルールはつまらなく思った。
「今日は誰も死んでないんだな」
ベッソン家に行くと、レナルドが嬉しそうにそう言った。
「いや、誰かがここに来ましたよ」
そう言ったのはアダムだった。
「え?そうなのか?」
「銃声が聞こえなかったの?」
呆れた、と言わんばかりの顔でエリーゼがレナルドを見ると彼は首を横に振った。アドルフは、それで今朝方猟銃で撃たれる夢を見た理由がわかったがあえて口には出さなかった。
「遠くから撃ったので、当たりませんでしたが追っ払うことはできました」
アダムはどこか自慢げに言う。
「……では、人狼がまだいるということなのか?」
「そこまではわかりません。単なる盗人だったのかもしれませんし」
「アダムさんはずっとベッソン家を見ていたんですか?」
アドルフが聞くと、アダムは頷く。
「俺は狩人だけど、ベッソン家を守る役目もロドリグさんから任されているんだ。ベッソン家とは付き合いも長いし……ただ、こっちに集中するあまり自分のところが疎かになってしまうのが……」
「それじゃあ、本末転倒じゃないか。自分のところもしっかり守れよ」
ロドリグに言われて、アダムは「はい」と呟いた。
「盗人か……まぁ、収穫期じゃあよく聞く話しだな。こんな片田舎まで来るってことは、よほど他所は不作だったんだろう」
レナルドは一人、納得したように言ったがどうにも他の人たちの表情は晴れない。
「そうかもしれないけど……盗人じゃない可能性もあるんじゃないのかな?」
どうにも弟はそのことが気になるらしい。
「ボッブ以外に疑わしい奴がまだここにいるとでも?」
レナルドの問いかけに、答える者はいない。
「もうここにいる大人は、俺たちベッソン一家とジュリー、アダム、アルベールしかいないんだ。この中で、まだ誰かが人狼だと疑うのか?」
「確かに、お前の言う通りだ」
ロドリグは重い口を開けるのと。
「……一晩だけ様子を見てみよう。明日の朝、誰も死んでいなければ晴れてこの集落から人狼は排除されたこととなる」
「ああ、そうだな」
そう言ったレナルドはどこか嬉しそうだった。
もう、これ以上集落から犠牲を出さなくて済んだという気持ちからだろうか。しかし、エリーゼだけは終始表情が晴れなかった。
「今日は誰も処刑しないんだって?」
まだ眠そうな顔をしているアルベールが、集落の真ん中を流れている川を見つめていたアドルフに尋ねてきた。
「ああ、父さんたちがそう決めたみたいだ。もう、人狼はいないだろうからってね」
「……じゃあ、昨晩の銃声は?」
「アダムさんが撃ったものらしい。何でも、盗人がいたとか」
「収穫期ではよくあることだが、隣国の不作も影響してるんだろうな」
「それほどまでに深刻なんだね……」
アドルフは痛ましい顔をする。
「聞く限りだと、これからもっと深刻になるらしい。しっかり蓄えられるうちに蓄えておかないとな……。お前んとこのベーコンとハム、俺たちも心待ちにしてるからな」
「ありがとう」
「ジョルジュがお前んとこのヤツしか食わねぇから困ったもんだよ。しっかし、教師ってのは手取りの良い仕事なんだな。あれだけの量の肉を買えるんだから」
「あはは……僕は運良く貴族の子供の家庭教師になれただけだから……」
「運良く、ねぇ……。そう謙遜することもないと思うけどな。お前の頭の良さはこの集落じゃあ誰しもが認めてる」
「…そ、そうかな?」
アドルフは照れたように言ったが、そんな彼をアルベールは眼光鋭く見つめる。
「ああ、そうだ。もしかしたら、人狼の正体も見破ってるんじゃないか?」
「見破る?人狼はボッブだったんだろ?それ以外に誰が?」
「ベッソン家の中にはいないのかよ?」
「……え?…」
その言葉を聞いてアドルフは動揺する。
「ここの集落を作ったベッソン家。話し合いの場を設け、話しを仕切る人物が人狼だった。なんてオチもあるだろ?」
まるでレナルドの言葉を真似たかのようにアルベールは言った。
「……」
「実際、ベッソン家に深く関わる人物は殺されちゃいない。お前ら兄弟も、エリーゼも、そしてアダムも」
「アルベールは……ベッソン家の中に人狼がいると?で、でも、人狼は」
「複数で行動する奴もいる。ボッブ以外にもいる可能性だってあるだろ?だから、昨日銃声がした。そうじゃないのか?」
「でも、それは盗人で…」
「そう、誰が言った?」
アドルフの脳裏を過ったのは、兄レナルドの顔だった。
「違う…兄さんは…」
「見た目じゃ人狼かどうかなんてわかんないだろ?お前のよく知る兄が、父親が、義理の姉が人狼かもしれない。いや、もしかしたらお前が人狼だったり?」
「アルベール……」
「っと、そんな怖い顔するなよ。今夜誰も死ななきゃ、疑いが晴れるんだ。そうだろ?」
「……」
「誰も死なないことを願おうぜ」
そう言ってアルベールはアドルフの背中を叩き、自宅へと戻って行った。
アドルフは一人、墓地にできた真新しい墓を見つめる。墓地と言っても、山の中腹に柵で囲っただけの場所。墓と言っても大層な墓標が立てられているわけではない。ただ、花はたくさん手向けられていた。生前彼らが好きだった花、この時季綺麗に咲いている花、また墓を荒らす獣を退けるため毒を持った花も手向けられて美しかった。それを、アドルフはじっと見つめていた。
(僕が死んでも、誰かが花を手向けてくれるだろうか…)
故人を想い、死んでも寂しくないように、少しでも明るい気持ちになれば、という気持ちを込めて手向けられた花。その花の数だけ、故人への想いが見て取れる。
「アドルフ」
名前を呼ばれて振り返ると、フルールとジュリーが両手いっぱいに花を抱えて山を登ってきていた。
「綺麗な花だね」
アドルフが目を細めて言うと、フルールは抱えた花に視線を落とす。
「うん…これぐらいしか、出来ないから」
「少しでも、寂しくないように…だけど、ジャンもジルがいるからきっと大丈夫よね」
ジュリーはそう言ってアドルフの横を通り抜けると、ジルとジャンが埋められた場所に花を手向ける。山もりになった花を見て、アドルフは羨ましく思う。
「いいなぁ…」
「どうして?」
フルールが振り返って尋ねる。
「そうやって、死んでも想いを寄せてくれる人がいるっていうのはとても幸せなことだよ。羨ましいなぁ…」
「何を言っているの、貴方が死んでもきっとみんな同じことをするわ。こうやって、埋めた場所がわからなくなるぐらい花を手向けてあげる」
ジュリーは呆れたように、そしてきっぱりと言い放った。
「うん!私も、いっぱいいっぱいお花持ってくる!でも、でも……死ぬなんて言わないで」
フルールが大きな瞳に涙を溜めて言ったので、彼は苦笑いを浮かべて「ごめんね」と言い彼女の頭を撫でた。
「アダム……」
ジュリーが言うと、アドルフは振り返る。そこには、二人と同じように両手に花を抱えたアダムとその子供たちが山を登ってきていた。
「やぁ、おそろいで」
そう言って笑うと、己の妻であるパトリシアが埋められた場所に花を手向ける。
「…あの、ごめんなさい」
「ん?なんだいジュリー、突然謝って」
「私が、ジャンの自慢話をパトリシアにしたばかりに……」
「ああ…いや、それは、仕方ないことさ」
アダムは少し悲しそうな顔をして、首を横に振った。
「子供が可愛くて仕方ない、そんな我が子の話しをするのは誰でも同じだよ」
「でも!」
何か言おうとしたのをアダムは制止し、末っ子のリュカの頭を撫でた。アダムの話しでは、まだいまいち母親の死を理解していないという。ゆえに、彼は困惑した表情で父親とジュリーの顔を交互に見る。
「もう終わったことだ。気にしても、仕方ない。きっと、俺にも非があるんだ。彼女の異変に気がつくことが出来なかった」
アダムは地面に膝をつき、しばし祈りを捧げたので、その場にいた全員が同じように祈りを捧げた。
墓地とは少し離れた場所にエリーゼは座り、盛られた土の上に花を手向けていた。
「義姉さん」
呼ばれたエリーゼは振り返り、力無い笑みを浮かべて見せる。
「アドルフ」
「……ボッブの?」
その問いにエリーゼは無言で頷いたので、彼は彼女の横に並び手向けられた花を見つめる。他の誰よりも手向けられた花が少ないのは、彼の身内がここにはいないということと、彼が人狼だったからだろう。
「ボッブは、元々ここの住人だったんでしょ?」
それは、エリーゼが嫁いでくる前の話しだった。
「そう。ラグランジュ家はベッソン家とアルファン家と共にこの土地を買い、共に集落を作った者たちだって僕はおじいちゃんから聞いたんだ」
「えっと、元々ベッソン家も下の村にいたのよね?」
エリーゼは、いつかロドリグから聞いた話を思い出しながら尋ねるとアドルフは頷く。
「そうみたいだね。ひいおじいちゃんたちの世代までは下の村で生活をしていたみたいだけど、何を思ったのか突然この土地を買い開拓したんだ。でも、ラグランジュ家の人たちはここでの平穏な暮らしにすぐに飽きてしまったみたいで。家を何日も空けて、村に行ったり、近くの国へ行ったり、何でも刺激を求めたがる少し変わった家系だったよ」
「…それで、ここを離れてまた下の村に?」
「さぁ、どうだろうね」
彼は首を傾げる。
「村に行ったとしても、こことはそうやることは大差無いはずだからね。父さんは、もっと刺激を求めて大きな街に移り住んだんじゃないかって言っていたよ。出て行ったきり、連絡も一切無かったからその後のことはわからないけど…」
「そのラグランジュ家の末っ子ボッブが戻って来た。でも、どうして突然戻ってきたのかしら?」
「……最初は療養だと聞いていたよ」
それは今から五年前の話し。
「療養?」
「仕事か何かで怪我をして、しばらく療養が必要だって。それで、ずっと空き家だったラグランジュ家に住み始めたんだ」
「他のご家族は?」
「さぁ?身内とは疎遠になったからって言ってたような……でも、下の村で嫌な噂を聞いてたんだ」
「嫌な噂?」
「ボッブは喧嘩っ早く、口よりも先に手が出る性格だったみたい。何度も職場で問題を起こし、クビになっていた。おまけにここに越してくる前、家族に暴行を加えた…ってね」
「え……」
「逃げるようにここまで来たらしい。飽くまでもそういう噂だけどね」
「それをロドリグさんは?」
「知っていたのかも。ボッブが話したわけじゃなくて、ボッブの父親から手紙が届いたって言っていたし。そこに何かしら事情は書かれていたと思うよ」
「どうしてそんな人を……」
「……田舎で暮らせば荒んだ心も落ち着くかもしれないって思ってたのかもしれないね。あとは、獣をバラバラにしてそれで気持ちが落ち着くなら好きにさせておけって。僕は父さんにそう言われたよ」
「そう、だったの……」
「だけど、彼は本物のボッブ=ラグランジュではなかった……ここに来る前に変わっていたのか、ここに来た後に変わったのか…」
その答えを知る者はいない。
父親は昔のよしみと友人の頼みでボッブを受け入れ、住まわせたがまさかこんなことになるとは予想もしていなかっただろう。
「仕方のないこと…なんて、軽々しく言ってはいけないのかもしれないけど…。見た目では誰も人狼を見破れないもの…」
「見破れるとしたら、占い師か霊能力者か……」
「そうね。一部の特殊な力を持つ人は人狼を見抜くと言われてる…」
「だけど彼らは”その時”まで名乗り出てこない。人狼に殺されないために……」
「……」
エリーゼがアドルフを見ると、彼は神妙な面持ちでボッブの墓を見つめていた。
「もう、誰も死なないといいな……。誰かを疑うのは、疲れるよ」
「ええ、そうね」
アドルフの言葉に、エリーゼは大きく頷いて見せた。
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続きがとても気になります!!