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あの祭りの翌日、俺はまた例の山へと足を向けていた。
昨日の、まるで夢みたいな出来事を思い出す。
突然現れて、すぐに消えた神社のこと。
彼の変わらない姿と、意味深な言動。
不可解な事ばかりで危険な香りは感じていたけれど、彼ともう一度話をしてみたい。
そんな思いが、俺の足を動かしていた。
そして何より、あの寂しげな顔を放っておく訳にはいかなかった。
「確か、この辺りだったよな……」
昨日強風に煽られた場所へと、記憶を頼りにやってくる。
辺り一面見渡せど、やはり神社なんてものは何処にも無くて。
そもそも、自分がどうやって彼処に辿り着いたのかも分からないのに。
安易に『また明日も来る』と約束してしまった、自分の無計画さに頭を抱えてしまった。
どうすれば、彼の元へ行けるのだろうか。
頭を捻りながら、昨日の彼の言葉を思い返してみる。
確か彼は、「自分が呼んでしまった」と言っていた。
ということは、呼ばれるのを待つしかないのだろうか。
いや違う、俺から呼べばいいのではないか。
ふと、ひとつの考えが浮かんだ俺は、深く息を吸った。
そして、山一帯に聞こえるような大きな声で、こう叫んだ。
「おーーい!!!寂しがり屋のお前!!!来てやったぞーー!!!!」
そんな言葉が落ちたと同時に、ぶわっと空気を掻き乱すような突風が吹いた。
───あ、あの時と同じだ。
その風に俺は抵抗もせず、ただ身を委ねた。
ゆっくりと瞬きをすると、何だか空の色がさっきまでとは違うような気がして。
そして視線の先には、あの神社が現れていた。
「…………よっしゃ。」
やっぱり、思った通りだ。そんな確信と共に、俺は小さく拳を握った。
上機嫌に石段をのぼり、鳥居をくぐる。
するとそこには、どこか不満気な顔をした彼が立っていた。
「声……おっきいんだけど……。」
ふっくらとした唇を、まるで小鳥のように尖らせて彼は、ぼそっと文句の言葉を漏らした。
「ご、ごめん……つい………。」
「あんなに、大きくなくても聞こえるし。てか何?寂しがり屋のお前って?凄い恥ずかしいんだけど……。」
そう言いながら頬を膨らませ、俺のことを上目遣いで睨んでくる。
怒っているつもりなのだろうけど、全く怖くない。
むしろ小動物みたいで、可愛いというか何というか………
「いやだって、名前…知らなかったし……。」
言葉に出来ない胸のざわめきを隠すように、つい言い訳をしてしまう。
そんな俺に対して彼は、何食わぬ顔で境内の奥に向かいながら、こう呟いた。
「仁人。仁人って呼んで。」
『仁人』その響きが、すとんと心の底に落ちた。
初めて知ったはずなのに、少し懐かしささえも感じてしまう。
それくらい彼の名前は、俺の中に自然と馴染んでしまった。
境内の中へと進んだ彼の背中を追いかけ、回り込んで顔を覗き込む。
至近距離で視線を合わせて、にこっと笑ってみせた。
「俺、勇斗。よろしくね、仁人っ!」
そんな風に自分の名前を名乗ると、仁人は瞳を揺らしながら、そっぽ向いてしまった。
距離が近くて嫌だったかなと心配したけれど、どうやら杞憂なようだ。
だって、隠しきれない熱が耳まで真っ赤に染め上げていたのだから。
「仁人はさー、ここでいつもなにしてんの?」
本殿の扉前に二人並んで腰掛け、俺が何気なく声をかける。
横にいる仁人は、空を見上げながらぽつりと話し始めた。
「なーんにも。空見たり、山の音を聞いたり、そんな事しかしてないよ。」
「山の、音?」
「そう。耳を澄ましたら聞こえない?鳥の鳴き声とか、風が木々を揺らす音とか。」
そう促され、耳に手を当て意識を集中させる。
すると、さっきまで俺の耳を通り抜けていたであろう、様々な音が流れ込んできた。
まるで風が指揮を取るみたいに、枝葉がリズムを刻んで鳥たちが歌っている。
今まで気にしたこと無かったけれど、それはまさに一つの音楽のように聞こえた。
瞼を閉じて、その音に酔いしれる。
「………ほんとだ、すげー綺麗な音。」
そう呟きながら目を開けると、仁人が俺の方へ身を乗り出していて。
自分が想像していたよりも近くにあった顔に、はっと息を呑んでしまった。
「ね、綺麗でしょ?」
そんな風に、微笑みながら俺に問いかけてくる。
その言葉に俺は、躊躇わず素直に頷いた。
「……うん、綺麗………。」
息を漏らすようにそう呟いたけれど、それは音に向けてだけじゃない。
多分半分くらい、いやそれ以上に仁人の笑顔に向けてだった。
俺のそんな気持ちを知りもしない仁人は、平然とした顔でまた俺の隣に座り直した。
その横顔にすらも見惚れていると、今度は仁人の方から俺に話し掛けてきた。
「勇斗は?普段何してるの?」
「え、お…お、おれ?」
「うん、そうだよ?勇斗の事も聞かせてよ。」
不意に声を掛けられて、思わずどもってしまう。
軽く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そして俺は、何事も無かったかのように話し始めた。
「別に、学校行く以外は何も………ゲームしたり漫画読んだり……パッとしない日々を送ってるかな 笑」
何とも地味な生活が恥ずかしくて、つい笑って誤魔化してしまった。
つまらない答えだったな、と少し申し訳なく思った俺とは対照的に、
仁人はキラキラと目を輝かせていた。
「……え、なに、そんな嬉しそうな顔して………。」
「ゲーム、漫画………いいなぁ。それって凄く面白いものなんでしょ?」
その言葉に俺は、無意識に首を傾げてしまった。
確かに面白いれど、日常にありふれたもので、そんなに特別感を覚えるようなものではないはずなのに。
「もしかして仁人、ゲームとか漫画知らないの……?」
「知ってるよ。漫画は本みたいなやつでしょ。ゲームは手に持って、色んな所を押すんだよね。
ずっと、遠くから見てた……みんな沢山笑ってて、面白そうだなぁって思ってたんだ。」
そんな言葉と共に仁人は、憧れを含んだ吐息を静かに落とした。
遠くを見つめて、まるで叶わない夢を思い浮かべているようだった。
「俺ので良ければさ……、明日持ってこようか?」
別に家に帰れば、漫画もゲームも当たり前のようにある。
友達との貸し借りなんて日常茶飯事だし、俺は軽い気持ちでそんな提案をしてみた。
けれど仁人は、目を丸くしながら嬉しそうにこちらを見つめてきた。
「いい、の………?」
「ちょっと貸すくらい、全然いいよ。家帰れば沢山あるし。」
「ほんとに!?嬉しいっ!!」
まさかこんなに喜ばれると思っていなくて、少し戸惑ってしまう。
なんて返していいか分からず、そのまま言葉を探していると、ふと仁人と視線がぶつかった。
そして、えくぼを浮かべて、目を蕩けさせながら笑ってみせた。
「ありがとう、勇斗は優しいね。」
たったそれだけなのに、心の全部を奪われた、そんな気がしてしまった。
訳も分からない涙が瞳の奥で滲んで、呼吸が速くなる。
心臓が痛いくらい脈打って、脳が早くここから離れた方がいいと警告を出していた。
今日の俺、なんかおかしい。
仁人の言動一つだけで、息苦しくなったり胸がドキドキしたり。
夏の暑さにでも、やられたのだろうか。
そうでも思わないと、落ち着くことが出来なかった。
ただ何となく分かるのは、これ以上仁人の近くにいたら、自分が自分で無くなりそうだ、ということだけだった。
胸のざわめきを抑えるように、勢いよく立ち上がる。
本当はもう少し話すつもりだったけれど、仕方ない。
こんな、引き締まっていない情けない顔を、仁人に見られたくはなかった。
「お…俺っ、用思い出したから今日は帰るね!また、明日来るから!!」
そう叫びながら、赤くなった頬を隠すように走り出す。
「気をつけて帰るんだよー!」
なんて、そんな声を背中に受けながら、俺は石段を駆け下りた。
山へと戻ってくれば、もう当然のように神社は無くて。
やっぱり気にはなるけど、それよりも。
あの笑顔が、頭に焼き付いて離れなかった。
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