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ある日の夜、ヨーランは皇子宮の寝室で酒をあおりながら、身の内に湧き上がる苛立ちを持て余していた。
「貴族たちめ、ふざけやがって……!」
今日偶然知ったのだが、どうやら首都にいる貴族たちの中でヨーランとルツィエの噂が広まっているらしい。
その内容というのが、『第二皇子は征服した聖花国の王女に骨抜きにされ、空っぽだった頭も今や立派なお花畑になっている』などという侮辱的なもので、とても我慢できるものではなかった。
貴族たちは、これまでも何かにつけてアンドレアスとヨーランを比較しては、弟であるヨーランを下に見て馬鹿にしていた。もちろん表向きは皇族として敬っていたが、裏では今回のような噂を広めて陰で笑っているのだ。
「俺が骨抜き? お花畑?」
貴族の奴らはいつも何も知らないくせに好き勝手なことを言ってばかりだ。べた惚れなのはむしろルツィエのほうで、ヨーランは自分のものを守ってやっているだけに過ぎない。
それに、ルツィエがまるで男を誑かす悪女のような言い様も許しがたかった。彼女を一目見れば、そんな安っぽい女ではないと分かるはずなのに。
「……貴族どもに知らしめてやるべきかもしれないな」
丁度もうすぐ皇宮で舞踏会が開催される。
そこにルツィエと二人で出席しよう。
(僕を下に見る目の腐った貴族どもに、ルツィエの美しさと高貴さ、そして彼女がどれだけ僕を愛しているか見せつけてやろう)
ヨーランは華やかに着飾ってダンスを踊るルツィエを思い浮かべて、にやりと笑みを漏らした。
◇◇◇
そして舞踏会当日の夜。
ルツィエは侍女たちに身支度を整えられていた。
少し前にヨーランから舞踏会に誘われ、初めは断わろうとしたが、何か新たな情報──たとえば皇后が神宝花を求める理由など──を掴めるかもしれないと思い、参加を承諾したのだった。
ルツィエが正面の鏡に目をやり、首元で輝くイエローダイヤモンドのネックレスを冷めた眼差しで眺める。
以前ヨーランから贈られたもので、今夜の舞踏会に着けてくるよう言われたので、仕方なく身につけたのだった。
たしかに、普段使いを避ける言い訳として特別なときだけに身につけたいと言ってしまったので、舞踏会の夜に着けないわけにはいかない。
身支度が終わると、待ちかねたようにヨーランが部屋に入ってきた。
「ああ、今夜は一段と華やかだな、ルツィエ」
「殿下が贈ってくださったドレスのおかげです」
つい昨日、純白の生地に金糸で刺繍が施された豪華なドレスがヨーランから贈られてきた。豪華で綺麗なドレスではあったが、他の人々にルツィエがヨーランのものだと主張したい意図が透けて見えてうんざりしていた。
「お前ほどこのドレスを着こなせるものはいないだろう。そしてイエローダイヤもよく似合っている。僕が思ったとおりだ」
「素晴らしい贈り物に感謝いたします」
「では、会場に向かおう」
ルツィエはどこか浮き足立った様子のヨーランに手を取られ、舞踏会の会場へと向かった。
◇◇◇
「ヨーラン・ノルデンフェルト第二皇子殿下と聖花国王女ルツィエ・フローレンシア様のご入場です」
舞踏会の会場に足を踏み入れると、そこはルツィエが思った以上に壮麗で華やかな場所だった。煌びやかな内装も楽団が奏でる演奏もまさに一流で、帝国との国力の差を改めて思い知った。
(貴族たちの装いも洗練されているわ……)
ホールにいる貴族令嬢たちは皆、最先端のスタイルで着飾り、まるで一人ひとりが美しく咲き誇る花のようだ。
しかし、彼女たちがルツィエに向ける視線には鋭い棘が感じられた。
(……格下の国の王族に払う敬意は持ち合わせていないみたいね)
ルツィエとて温かく迎えられるとは思っていなかったが、それでもこれほど大勢の人から敵対視されれば胸が痛む。
刺すような視線からそっと目を逸らすと、またホールの扉が仰々しく開かれた。
「アンドレアス・ノルデンフェルト皇太子殿下のご入場です」
高らかな声とともに、凛々しく着飾ったアンドレアスが現れた。その麗しい姿にホールからは令嬢たちの溜め息が漏れ、ルツィエも思わず目が惹きつけられた。
(アンドレアス殿下……いつもと雰囲気が違って見えるわ)
ホールの貴族たちが帝国の花だとしたら、アンドレアスはその花々が焦がれてやまない太陽のようだ。
アンドレアスについては「残虐な皇太子」、「稀代の冷血漢」などという噂も囁かれているようだったが、その圧倒的な輝きと次期皇帝という地位に羨望の眼差しを送る者は多かった。
(きっと今夜は令嬢たちからのアピールが凄いでしょうね)
アンドレアスにはまだ婚約者がいないらしい。だから未婚の令嬢たちはこぞって婚約者の座を射止めようとするだろう。
その光景を想像すると、なぜか胸がざわついて落ち着かなくなる。妙な気分に戸惑いながらアンドレアスを見つめていると、ふいに彼の赤い瞳と視線が合った気がした。そして、アンドレアスが嬉しそうに口もとを綻ばせたように見えて、ルツィエの胸がとくんと高鳴った。
(私ったらどうして……)
先ほどから心臓がおかしい。こんな気持ちになるのは初めてだ。自分の感情が理解できずにたじろいでいると、ヨーランがルツィエの手をぐいっと引き寄せた。
「ルツィエ、貴族たちが挨拶に来たようだ」