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会社に多額の損害を与えた責任を取らされて、夢香は無期限の出社停止処分を言い渡された。出社停止の解除の条件は僕との和解か復縁。
和解というのが示談も含むなら可能だとは思うけど、夢香の不倫が判明した今、夢香と心から和解できるかと言われるとあまり自信がない。
まして復縁は――
僕が夢香のことで一番腹を立てているのは不倫されたことそれ自体ではなく、不倫していたあいだ僕を徹底的にないがしろにしていたことだ。僕を陰でミミズと呼び、さんざんに罵倒し悪態をついていた。お互いの呼び方も僕は夢香をあなたと呼んでいたのに、最近の夢香は僕をおまえ呼ばわりだった。
正直まだ彼女を憎みきれない煮えきらない気持ちもある。でもそれは愛かと聞かれたらたぶん違うと思う。
出社停止になって以来、夢香から頻繁にLINEが来るようになった。
いろいろひどいことをしてごめんなさい
真希と望愛が会いたがってます
一度話をさせて下さい
僕のDVを理由に娘たちを連れて逃げたのなら、娘たちを僕に会わせるのはまずいはずだけど、もうそんなことを気にする余裕もなくなったようだ。おそらく子どもを餌にまた僕を自分の思い通りにしようという魂胆なのだろう。
夢香から来たLINEは目を通しているがすべて既読スルー。というか、僕の返事がほしいなら、僕が夢香側に接触することを禁じた鷲本弁護士名義の通達を撤回するのが先だろう。
夢香は義姉とのLINEで、不倫したことに1ミリも罪悪感を感じないと言っていた。それなら僕もあなたに制裁するのに、1ミリも罪悪感を感じる必要はないですよね。
どれだけ僕を馬鹿にしようとそれはあなたの勝手だけど、たかがあなたの不倫ごときに僕の人生をめちゃくちゃにされてたまるか! あなたへの制裁は、僕のそんな決意表明でもあるんだ。
ちなみに真希と望愛が僕に会いたがっているのは本当だ。真希たちと同じ小学校に通う小麦のいとこが真希姉妹と仲良しになって、今では毎日のようにいとこの家に真希たちが遊びに行っている。高校生の小麦も毎日いとこの家に通って、真希たちの父親がいかに子煩悩で素晴らしい人か、一方母親がいかにひどい人間かと真希たちの前で力説しているそうだ。つまり逆洗脳。真希たちは今ではもう、僕からすべてを奪った上でほかの男に走った母親を毛嫌いしている。
ゴーサインを出せばいつでも僕のもとに逃げてくる手はずになっているが、小麦によればそれは今ではないという。もっとも夢香にダメージを与えられる最高のタイミングを待っているそうだ。
義実家に対しては僕の父が攻撃している。義父も僕の父も土建業。僕の父が元請けで義父が下請けの立場。僕の父が声をかけて義父に仕事を回さないように仕切っている。義実家は孤立無援の状態に陥った。
夢香と義実家に対する制裁はそのまま続行。僕は夢香の不倫相手の松永賢人に対する制裁も開始した。夢香と松永の不倫は十五年前に一度終わり、再度の不倫がいつから始まったかまだ不明だが、普通に考えれば夢香の態度が豹変した三年前から。
夢香は松永との婚外恋愛を楽しむ一方、僕とのセックスは拒否した。松永に操を立てていたのか、それとも松永が命じたことなのか。
しかも夢香は一回り以上年上の松永にマッサージしてあげながら、一方で自分の体を僕にマッサージさせていた。ここまで好き放題にされた以上、松永も夢香と同じくお金だけで許す気は1ミリもない。
まずは今年の一月に賢人と離婚したばかりだという元奥さんの瀬尾里英とアポを取って、元奥さんの新居近くのカフェで待ち合わせた。里英はまだ15歳という娘の絵理香も連れてきた。高校生になったばかりの少女に聞かせる話ではないから、僕は恐縮してしまった。
里英は毅然とした態度。
「どうかお気になさらずに。あの人と夢香さんの関係はこの子に全部話してありますから。十五年前、私がこの子を妊娠してるときにあの人は夢香さんと不倫していました。この子が生まれてから不倫に気づいて、私は証拠を持って会社に乗りこみました。大騒ぎになって、夢香さんは別の会社に移りました。それで二人の関係は終わったものだと思ってましたけど、またそういう関係になってたんですか? 夢香さんの名前から一字借りてきて私に産ませた娘の名前をつけるくらい、確かに当時あの人は夢香さんにべた惚れで、別れるときも未練たらたらでしたけどね」
「ただの遊びのつきあいではなかったようですね」
「あの人は当時35歳でしたけど、夢香さんと別れることになって泣いてましたよ。泣きたいのはこっちなんですけど! って、私はこの子を抱っこしながら呆れて見てました」
十五年前の不倫は僕が夢香と出会う前の話だから、それに関して僕は制裁する資格を持たないが、僕は当時の話を複雑な思いで聞いた。松永と同じように夢香もきっと泣いたのだろう。悲劇のヒロインにでもなったつもりで。でも、残念ながら十五年前も今回もあなたは醜い加害者でしかない。
次に僕が今回の不倫の証拠を示しながら、これまでの経緯を説明した。
「三年前、私はさしたる理由もなくあの人に離婚を切り出されました。鳥居さんのお話を聞いた今では、不倫は三年前から再燃していて今度こそ夢香さんと再婚するつもりで、私に離婚を切り出したとしか思えません。私は絵理香と実家に戻り、とりあえず別居生活が始まりました。十五年前の不倫以来あの人と私はただ同居してるだけの仮面夫婦でした。仕方ないかなと思って、今年の一月に離婚を受け入れました。つまり私はハメられたということですね。それにしても、夢香さんはひどいですね。私は別居後も離婚後もあの人に絵理香を自由に会わせてましたけど、あなたは連れ去られたきり一度も自分のお子さんと会わせてもらえなかったなんて」
今まで自己紹介以外ほとんど口を開かなかった絵理香が、いいことを思いついたと言わんばかりに話しだした。松永の顔は証拠写真を見てよく知っているが、絵理香は母親似の丸顔で、性格も母親譲りの芯の強い聡明な少女だった。
「若い浮気相手と一人娘、どっちとの関係も切りたくないなんて、図々しいにもほどがある。おまけに、不倫してるのを隠してお母さんに離婚を迫ってさ。家族より性欲を選んだ男なんて、お父さんと呼ぶのは嫌だし、もちろん二度と会いたくない。でもただ面会を拒否するだけじゃ、仕返しとしては生ぬるいと思うんだ――」
うんうんとうなずきながら聞いていた里英と僕に、15歳の絵理香が驚天動地の爆弾を落とした。
「一番あの男にショックを与える方法は、私が鳥居さんと交際することだよね。自分に奥さんを寝取られた男に最愛の娘が奪われるって、あの男にとって最悪の結末なんじゃない? それがプランA。もう一つプランBもあるよ。私がまだ15歳だから問題があるというなら、お母さんが鳥居さんと結婚すればいい。不倫相手と結婚できたと思ったら、最愛の娘が不倫相手の夫の娘になっていたというシチュエーションもなかなかエグいと思わない?」
確かにプランAもBも松永の人格を破壊するほどの破壊力があるのは間違いない。でも高校教師の僕が他校生とはいえ高校生と交際するわけにはいかないし、プランBも、もしこれが実現したらせっかく取り戻せた娘たちの心がまた僕から離れてしまうだけだろう。
それを説明して、申し訳ないけど両プランとも却下とさせてもらった。絵理香はがっかりしていたけど、大丈夫。まだ話せないけど、実はプランA・BよりずっとエグいプランCを用意しているから。
不倫されたことの慰謝料の請求は、事実を知ってから三年後まで。つまり離婚後でもできる。とりあえず里英は合法的に松永と夢香の両者に慰謝料を請求することになった。請求額はそれぞれ三百万。弁護士は十五年前に依頼した弁護士にまたお願いするそうだ。ちなみに、十五年前は離婚しなかったから夢香からは五十万しか取れなかったそうだ。
僕は金では済まさない。絵理香は松永と二度と会わない、いつか結婚しても式にも呼ばないと息巻いている。松永は実子を永遠に失った。ただしそれはすべてを失う始まりにすぎない。