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「花音、例のモニターさんが来る会議のことだけど」
「来月の?」
そうそう、と篤人はコーヒーをひとくち口にしてから、また話し始める。
「花音は美濃さんに資料を渡したんだよね?」
「うん、|こっち《商品開発部》にきてる時にちゃんと渡したよ」
「それ、誰かみてた人とかいる?」
うーん……と腕を組む。あの時は、昼休憩中で、フロアにあまり人はいなかった。あ、でも……。
「いぶ、……んんっ、風見さんと3人でやりとりしていた時に渡したから、知ってるはず」
「ふーん……そっか」
「なんかあった?」
いや、と篤人は言葉を濁す。妹さんからなんらかの情報が入っているのかもしれない。でも、それが進むということは少しずつこの関係の終わりへ向かうということになる。
恋人契約を思いっきり楽しみたい。デートとかしたいな。映画見たり、ドライブに行ったりしたい。旅行にだって行ってみたい。
「モニターの会議が、ヤマになりそう。そこでうまくいけばいいけど」
燎子がモニターさんに連絡していないことはかなりまずい。でも、とりあえず篤人の妹さんから連絡をしてもらえることになった。
「燎子、びっくりするかな」
「だろうね」
モニターさんが来ないと思っていて、蓋を開ければみんな揃っているとなると、燎子はどんな反応をするのだろうか。「燎子は退職する気になるかなぁ……」
「モニターさんの帰ったあと、社員だけで話し合う時間作るから、そのときにやってみる」
「やってみるって……?」
「モニターさんになぜ連絡しなかったか、みんなの前で問い詰めようと思う」
少し考える時間をくれと篤人は言う。問い詰められて、燎子はどんな反応をするのだろう。しらばっくれて、知らないふりでもするのかな。
燎子が私を陥れようとするのは許せないけれど、この企画が終われば商品開発部と絡むことは無くなる。
そうなれば、手が出しにくくなるはず。なんていうのは甘いだろうか。
──甘いな、きっと。
燎子はあの手この手で、私の邪魔をしようとするに違いない。この企画が終わっても何らかの事情を作って近づいてくる可能性は十分にある。考えただけでも背筋がゾッとした。
退職までいかなくても、痛い目くらいはみてもらおう。それぐらいは感じてもらわないと困る。私もちゃんと考えなくちゃ。
うんうんと唸っていると、少し低い声が私の名前を呼んだ。
「花音」
「ん?」
「明日、よかったらデート行こう?」
天気も良さそうだし、遠出もできると言われて、トクンと胸が鳴る。「うん……行きたいんだけど、ちょっと実家のほうで予定があって。日曜日でもいい?」
「何か用事?」
「母の誕生日なの。みんなで食事に行く約束してて」
家族の誕生日は、こうして集まってお祝いをする。今回はホテルに直接集合してランチの予定だ。
「仲良いんだね」
「あんまり自覚なかったけど、そう言われることが多いかな」
「わかった。じゃあ日曜日に行こ」
「うん」
遠出はやめて、近場でどこか行きたいところはあるかと聞かれたけれど、特に思いつかない。
「もしよかったら、俺|長久手《ながくて》のミケア行きたいんだけど」
「あ! いいね。私も行きたい」
ヨーロッパのお洒落な雰囲気の家具店。名古屋のとなりの長久手市にあって、人気の店だ。
「じゃあ、公園にも寄る? 運動不足だし、サイクリングしようか」
「わー!! 楽しそうだね」
ミケアのすぐ前にある大きな公園は、大きな芝生広場に、サイクリングコース、観覧車などがあって、1日のんびり遊べる。
「ココロの森も、外から見えるよ」
「そうなんだ!!」
有名アニメーションスタジオの世界を感じられる施設が、いくつもつくられているその公園。
チケットは何ヶ月も前から購入する必要があるが、公園内は無料で入れる。ココロに出てくる家は、展望塔から見ることもできるとか。
なんてことない、ただのデート。それでも、私にとっては大切な篤人との思い出になるだろう。どきどきと胸が高鳴る。
「明日、ホテルまで送ってく」
「え!! いいよ!! じ、自分で行けるから」
ホテルは名駅の近く。ここからなら歩いて行ける。断ったけれど、篤人も名駅に用があるからと、押し切られてしまった。妹夫婦も来るらしく、食事会はにぎやかになりそう。
「妹がいるんだ」
「弟もいるよ。3人兄弟」
「へー」
1年前に結婚したすぐ下の妹は、もうすぐ出産予定だ。弟はまだ大学3年生。誰かの誕生日にはこうして集まってお祝いすることが多い。
ホテルのランチも楽しみだけど、日曜日のほっこりデートもわくわくだ。
「今日、直帰だから何か作っておくよ」
篤人は料理が好きなのか、同居するようになってからは毎日作ってくれている。
「私もやるからね」
「じゃあ、またよろしく」
ほぼ、完璧に家事をこなす篤人の姿には驚く。私が手伝わなくてもほぼ終わっているのでなんだか恐縮。
朝ご飯の片付けを済ませて、2人でマンションを出る。もらった合鍵はカバンの中にしまった。この時間が永遠ならいいのにな。