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瑠維は珍しく仕事で追い込まれているらしく、久しぶりに一人で歩いて帰っていた。
当たり前のように迎えに来てもらっていたけど、よく考えてみればこれが普通の生活なのだ。
あの事件の前までは、疲れた体を奮い立たせて仕事の帰りにスーパーに寄って、夕飯と明日の朝食の買い出しをする。それから家に帰って、夕食を食べながらぼんやりとテレビを見て、シャワーを浴びて寝るーー。
でも今は自分の家ではなく、瑠維の家へと帰っていた。しかし昼間の博之との会話が頭から離れず、気分は沈んでいた。
詳しくは瑠維に聞けと博之は言ったが、どうやってそのことを切り出したいいのか、全く思いつかなかった。
瑠維のマンションに着き、合鍵を使ってオートロックを解除してからマンションの中へ入る。初めて瑠維と結ばれたあの日から、この合鍵は自然と春香の持ち物になっていたのだ。
エレベーターに乗り込み、部屋のある階に到着すると、鍵を開けて部屋に滑り込んだ。
「ただいまー。瑠維くーん?」
明るく照らされたリビングに向かって声をかけたが、彼からの返事はない。もしかしてと思って、書斎のドアを開けてみると、机に突っ伏して寝息を立てる瑠維がいた。
春香が近くに寄っても、全く起きる気配がない。深い眠りにつく瑠維の寝顔が可愛くて、つい顔がニヤけてしまう。
あぁ、どうしよう……。抱きしめたいしキスがしたいーーそんな野獣のような考えを、頭を思い切り横に振って追い払う。
近く置いてあったブランケットを瑠維の肩にそっとかけると、後ろ髪を引かれながらも、静かに書斎を後にした。
仕事用のカバンをソファに置き、スーパーの袋を持ってキッチンに入る。今日のメニューはカレーライス。炊飯器のスイッチを入れてから、肉と野菜を切り始めた。
こうして何かをしていれば気が紛れる。瑠維に対する煩悩も、博之の言葉も気にせず、料理に打ち込んでいく。
ちょうどカレールーを入れたところでリビングの扉が開き、瑠維がひょっこり顔を出した。
「おかえりなさい。今日は迎えに行けず、すみませんでした」
「ただいま。全然だよー。仕事は終わった?」
「はい、無事に」
すると背後から抱きついてきた瑠維のお腹が、大きな悲鳴をあげたため、春香は笑いが止まらなくなる。
「ごめんね、お腹空いてた?」
「昼食を抜いてしまったのでぺこぺこです」
「それは大変。すぐ出来るから、そこに座って待っててね」
カウンター席を指さすと、瑠維は頷いてから椅子に座った。
炊き上がったばかりのご飯を皿に盛り、そこへカレーをかけて瑠維の前に差し出した。
「ありがとうございます。食欲がそそられますね」
寝癖がついた髪と、部屋着のTシャツにスウェットを見れば、家から一歩も出ていないのがわかる。
瑠維がカウンターに前のめりになり、カレーの匂いを思い切り吸い込む姿が可愛いくてキュンとする。いつものクールな印象とのギャップについ見惚れて、自分の分のカレーを危うくこぼしそうになって冷や汗をかいた。
「先に食べちゃっていいよ」
「いいですか? ではお言葉に甘えて……」
手を合わせてから食べ始めた瑠維は、目をキラキラさせて春香を見る。
「美味しいです」
「本当? 良かったー。急いで作ったから心配だったけど、やっぱり市販のルーで失敗はないね。でもそう言ってもらえると嬉しいな」
春香も瑠維の隣に座り、早くなった鼓動を鎮めるように食べ始めた。
「今日先輩たちにお会いになったんですよね」
「うん、二人にちゃんと報告していなかったから。あの男が逮捕されたことと……瑠維くんと付き合い始めたってこと」
瑠維は食べていた手を止めて、春香の方に向き直る。
「先輩に報告してくれたんですか?」
「ん? もちろん。あれっ、ダメだった?」
「ち、違うんです。春香さんの口から付き合ってるって言ってもらえたかと思うと感無量というかーーそこに立ち会いたかったです」
両手で春香の頬をそっと包み、じっと瞳を見つめる。目が赤くなっている瑠維を見て、春香は驚いて同じように彼の頬を両手で挟む。
「えっ、大丈夫? どうしたの?」
「……すごく嬉しいんです。いつまで経っても先輩は越えることの出来ない壁で、ライバルだと思っていたからーーやっと春香さんの一番そばにいられるようになったんだなと思って」
ライバル? 最初は意味がわからなかったが、頭の中で小説の内容と照らし合わせることで、ようやく理解する。
「……そ、それって、もしかしてヤキモチ?」
「……そうです」
瑠維が伏せ目がちに言った言葉を聞いた春香は、思わず胸が熱くなった。
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白山小梅
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