第五話:選べない想い
放課後、人気のない階段の踊り場。
花恋が立ち止まり、翔太の腕を引き止めた。
「ねぇ翔太。まだ、あたしのこと、ちょっとでも気になってたりする?」
ストレートな問いに、翔太は言葉を失った。
花恋の瞳はまっすぐで、でもどこか、泣き出しそうな光を宿していた。
「……俺は、たぶん、もう前みたいには戻れないと思う」
「うん。わかってた。けど、ちゃんと自分で聞きたかったんだ」
花恋は微笑んだ。だけどそれは、寂しい笑顔だった。
「ありがと。……好きだったよ、ずっと」
それだけ言って、彼女は階段を駆け下りていった。
その背中に手を伸ばすことは、翔太にはできなかった。
***
一方で、芽は一人、茶道室で抹茶を点てていた。
いつも通りの手順。けれど、心は落ち着かなかった。
(翔太くんは、花恋さんを選ぶべきだって、わかってるのに)
頭ではそう思おうとしていた。けれど、心は苦しかった。
好き。でも、信じきれない。
あのときの図書室での言葉が、ずっと心に引っかかっている。
“気になるのは、あの人?”
翔太は答えなかった。
あの沈黙が、芽にとっては、何よりも答えだった。
***
そして、次の日の放課後。
芽は翔太のもとに歩み寄り、言った。
「……ごめんね、翔太くん。私、自分に自信ないから、信じるのが怖い」
翔太は、驚いた顔で芽を見つめた。
「待って、それって……」
「好きなのに、ちゃんと向き合えなくて、ごめん」
その言葉だけ残して、芽は翔太の前から離れていった。
翔太は、追いかけようとして、立ち尽くした。
足が動かなかった。いや、心がまだ、言葉に追いついていなかった。
選びたい。伝えたい。
でも、どうしたら届くのかが、わからなかった。
すれ違いの痛みが、胸にじんと染みていく。
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