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#ワンナイトラブ
ミルクティーに角砂糖を入れると、くるくると柔らかに掻き回す。ほんのひと匙のため息も一緒に混ぜ合わせる。
…………やってしまった。
『自分で思い出せよ』
……キス、しちゃった。
してしまったよ。いや、1度は経験済みなんだろうけどさ。
何だあの破壊力。
思い返すだけで唇の筋肉が溶けそうなんだけど。
ふよふよと触っていると、今日何度目だろう、勝手に熱が蘇るから、首をぶんぶんと横に振った。
素面で受けるものじゃないよ、未だに後引いてるって…どういう事?
ため息をひとつ落として、もうひとつ角砂糖を摘んだ。
甘くて熱い液体に、簡単に溶けていく角砂糖。
このまま私の悩みも簡単に溶けてなくなってくれたらな。
「……穂波さん、それ、飲むんですか?」
「え、あ、はい」
「大丈夫ですか?」
「はい。……て、甘ぁ!」
思わず顔を顰めると、私の声に驚いたのか周囲の視線が集まるので一瞬で仮面を被る。
あれから常葉くんとは話してない。
何してるんですか〜!って、軽々しく笑い話にして何事も無かったように過ごしたかった。
その一言が出る前に腰が抜けて、立てなくなった私を見て常葉くんは鼻で笑ったのだ。
『立てません?』
その言い方と来たら。
言う前に苛立ちが来てしまったので、差し出された手にぷいっとそっぽを向いて、熱が冷めるまで立つことすら出来なかった。
あぁ思い出しただけで歯痒い。
今朝も一言、二言、挨拶程度交わしたくらい。緊張もしたくないし、気まずくもなりたくなくて家からずっとこの表情だ。
だからか、気が緩むと時たまこうやって思い返しては、ぼぅっと口を開けてしまう。困った。
……あんなに見透かすことないのに。
ポツポツと蘇る冷めた一言一句が、私の心を曇らせる。
今日、帰ったら、
普通に喋れるかな。
……このまま喋れなくて、ずっと気まずいままだったらどうしよう。追い出されちゃうかな。
追い出されるのは仕方ないとして、
………………そんな終わらせ方は嫌だな。
はぁ、何度となく出るため息を落として甘すぎるミルクティーを啜った。
そんな私を他所に、スマホはいつだって急に震える。
画面の向こう側にいる人物を見てドキリと心臓が嫌な音を鳴らした。
いつもは見過ごすのに、今日は無視できなかった。
“家の荷物、どうするの?一旦帰っておいでよ”
昨日後ろ髪を引かれたばかりの内容だったからだ。
取りに行くのも、アリなのかな。
それできっちり別れ話して……
ちゃんと、常葉くんに報告しよう。
私がやらなくちゃいけないのは、常葉くんのアレに惑わされることじゃなくて旺くんと別れること。
一人決意表明をして頷くと、再びパソコンに向き合った。
休憩時間になると、いつものように1人で社食に向かった。
節約のためにも、本当はお弁当が良い。
まずは食費をどうにかしたいけれど、常葉くんのキッチンを勝手に使うのもなぁ。
うーん、と、頭を悩ませていれば、男性社員の多い社食に微かな花の香りが届いた。
少しの違和感に首を傾けると、何故か私の隣に毎朝受け付けで会う彼女が腰掛けた。
まさかここに柿原さんが現れると思っていなかったのだろう、男性陣の衆目を集めている。
周囲には沢山空いている席があるというのに、
…………何故、私の隣に?
しかも彼女はあからさまに、「はぁ、」なんて、とても綺麗なため息を落とす。
それも一度や二度じゃない。
何だろう。この、見るからに構ってオーラ。
「…………どうしたんですか?」
堪らず声を掛けてみれば、彼女は待ってましたと言わんばかりに、くるりと振り返っては可愛らしい顔をこちらに向けた。
「穂波さん、聞いてくれますか?」
人工的な長いまつ毛が乗った瞳は潤いに満ちていて、子犬みたいにキラキラと輝いている。
思わず後ずさりして「はぁ」と、息と共に言葉を吐き出した。
「嬉しい、あのですね……」
今度は少し悲しげに伏し目がちになると、目鼻立ちの良さが逆にはっきりと分かる。
いつどの角度を見ても可愛らしい子だ。同性にも関わらず惚れ惚れしてしまう。
常葉くんが女性社員の憧れの的ならば、男性社員のそれはきっと柿原さんだ。
浮気相手には間違いないけれど、愛嬌の良さと愛らしい顔立ちから屈託なく振りまく笑顔は苛立ちさえも飲み込んでしまう。
美男美女っていうのは羨ましい。
私が他人の彼氏に同じことをして、何も知らずにこんな風に笑っていたら刺される未来しか見えない。
「それでですね」
「あ、はい、何でした?」
「もう!穂波さんったら。隣なのにどうして聞こえないんですか?」
柿原さんはくすりとはにかんだように笑って、私の肩を軽く叩いた。
可愛いなぁ。私が同じ事をしたら確実に引かれるよ。
……今度、常葉くんにしてみようかな。
「あまりに可愛らしかったので」
「やだ、褒めても何も出ませんよっ」
いえいえ本音なんですけどね。
それに柿原さんのくるくると変わる表情は、こんな大企業の受け付け嬢をしているとだけあってか、防御壁を打ち崩す何かがある。
すっかり彼女に懐きかけた私は顔の仮面を崩しそうになるが「それで?」と、気を引き締めて話の続きを促した。
「実は、彼氏と上手くいってなくて」
とんがった唇はまさかのワードを出すので刹那、私の時間が止まる。
……どうして私に恋バナをしようと思ったのか。
それに、もしかして旺くんと本気だったりするの?
浮気と思っていたのはもしかして勘違いで……
…………股掛けられてたってこと?
「やっぱり、大学生と社会人ってうまくいかないですね」
しかしその可愛らしい声は意外な一言を聞かせた。
「だいが、……え?」
「はい、私の彼氏、学生なんですよ」
年下って可愛いですよ、と、能天気に彼女は続ける。
……という事は……ダブル浮気って事?
だけど私はその事実が判明して、一人、湯呑みを持つ手が震えてしまう。
「でも、最近喧嘩続きで。こっちは仕事で忙しいのに彼は遊んでばかりで、羨ましくて寂しくて」
「そ……そうですか……」
「それで、会社の人と浮気しちゃったんですよ」
それ旺くんじゃん!!
思わず啜っていたお茶が気道に入り、噎せてしまって「だ、大丈夫ですか?」と、柿原さんにさえも心配されてしまった。
この子、オープン過ぎない?これがジェネレーションギャップ?
私とこうやって話すのは初めてに近いのに、良くそこまでさらけ出せるな。
…………可愛いから、何でも許されるのか。
『|愛叶《あいか》は本当に可愛いねぇ』
頭の奥で、蕩けそうな声がじわりと浸透する。
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