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週三、四のペースで白露に会いに交差点へ行く。行っても留まるのはせいぜい二時間ほど。その間に知ったこと、世界で起きたことの情報を彼に伝える。
彼は真剣な表情で頷いて、興味深そうに言葉を拾う。正確には不明だが、見た目や内面から推し量って大体十四から十六歳……高校生に入るか入らないか、そんな微妙なラインだと思う。黒い髪の美しい少年だ。
制服は上着があれば良かったけど、彼はシャツとズボンのみ。見覚えはあるがどこの学校のものかは分からなかった。そもそも、ここでどんなに覚えても現実に戻ると忘れてしまう。
逆にここへ来ると、専門知識はもちろん最近得た情報の半分は抜け落ちる。
そしてここで交わした会話も、現実に戻るとほとんど忘れてしまう。彼の声や、……顔も同じ。
現実に戻ると笑えるぐらい思い出せない。
だからスマホで白露の写真を撮ったことがあるが、家に帰って確認すると真っ白で何も写っていなかった。どうやらここでは写真も撮れないらしい。
せっかく覚えた情報も、向こうに行くと大抵忘れてしまう。それが歯痒く、悔しかった。
もっと記憶がしっかりしていれば……彼に伝えられることがたくさんあるのに、と。
「清心、ジャンケンしよー」
「いいよ。最初はパー」
「ずるっ! それはずるいよ!」
現実世界の季節は寒々しく変わりつつあるけど、今日も色が移らないここに来た。
特に何をするでもないけど、いつもひとりでいる“彼”に会いに。
白露はいつも笑ってる。
くだらないお喋りをしてふざけ合う。たったそれだけのことが楽しくてしょうがない。そのため何度もこの世界へ足を運んだ。
彼と居ると時間を忘れる。年齢も忘れ、嫌なことも忘れられる。それは一種の快感にも近かった。
彼は不思議な少年だ。
自分のことを一切覚えてない。しかし現実に帰ることだけは嫌だと言い張る。
帰りたくない理由があったが、それすら忘れてしまったという。そこに留まる理由も忘れたなら帰ればいいじゃないか、と何度か説得したけど……やっぱり断固拒否した。
現実が「怖い」という。確かに、十年も経った世界に戻ることは怖いかもしれない。浦島太郎状態だし、記憶は曖昧だし。
でも。老いることがなくても、悠々と過ごせたとしても────ずっとここに居続けることが幸せとは到底思えない。
いつか彼と現実世界に帰りたい。密かにそう願うようになった。