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立秋 芽々(りしゅう めめ)
219
『同窓会』
二十歳になったら同窓会をしよう。
高校を卒業するとき、バスケ部メンバーで決めたことだった。
その約束が果たされることなく、数年が経った。
就活とか卒論とかでバタついていたし、社会人になってからもずっと忙しくしていて、同窓会のことなんてすっかり忘れていた。
「うわっ、中村のやつ覚えてたんだ」
幹事をすると言っていた中村から連絡がきたときは、正直嬉しかった。
今年のゴールデンウィークは特になんの予定も入っていなかったので、二つ返事で承諾した。
「参加するのは…俺と中村、松田、小宮、西川、児玉…えっ!児玉来るのかよ…」
それはちょっと意外だった。というか、中村が誘っていること自体違和感を覚えた。
俺と中村、松田、小宮の四人は同じクラスでいつもつるんでたメンバーだ。
だが、西川と児玉は別のクラスで、児玉に関して言えば中村と松田がパワハラみたいなことをやっていた記憶がある。
下手くそだから練習に付き合ってやるとか言って、ボール投げつけたり、掃除当番押し付けたり、正直止めなかった俺らも含めて恨まれていると思っていたし、会いたいわけがない。
「なんで来るんだよ……」
それが本音だった。
嫌な思い出しかないだろうメンバーに、どうして会いに来るのか。
─まさか、復讐か?
なんていう考えが浮かんできたが、あり得ない話だ。漫画や小説でもないんだからそんなことないだろ、と。
しかし、同窓会を小宮の親父が持ってる別荘でやろう。というメッセージを受け取ったとき、はっきりと”復讐”の二文字が脳裏に浮かんだ。
軽井沢の別荘地にある大きな平屋で、バカ騒ぎしても近隣住人には迷惑がかからないそうだ。
「いやいや、復讐にはもってこいじゃねぇか」
俺らが騒いでも、誰も助けに来ない。
斧を持って襲いかかってくる児玉の姿が浮かんでは、消える。
そのことを同僚に相談しても、鼻で笑われるだけ。
そりゃそうだ。俺だってそんな相談、真に受けない。
「悪いって思ってんなら謝れよ」
「でも、今さら…だろ?」
「今さらもクソもあるかよ。謝ってぶん殴られて来い」
「それで死んだらどうすんだよ」
「骨は拾ってやるよ」
「ひでぇ」
でも、同僚のその言葉は最もだと思った。
学生の悪ノリとはいえ、俺は酷い扱いを受けている児玉を見て笑ったし、止めなかった。
なんか言って次のターゲットになるのを恐れたからだ。
(そうだな……一言謝って…。殴られるか)
そんなことを考えながら当日、俺は待ち合わせ場所へ向かった。
「おっ!西川じゃん!久しぶり!!」
待ち合わせ場所にいたのは西川だった。
「小坂、久しぶり」
「変わんねぇな」
「小坂もな」
「他は?」
「松田は今トイレ行ってる」
「あ、そう」
妙な沈黙が流れる。
「児玉…来るんだな…」
俺が言うと、西川はピクリと反応する。
「い、意外、だよな。絶対、誘っても来ないと思ったのに…」
どうやら西川も同じ意見らしい。
「……ふ、復讐…なんてされないよな?」
「は、はぁ?なにバカ言ってんだよ」
「そ、そうだよな!?でも、俺…ビビッてカナヅチ持ってきちゃった…」
西川は、鞄の中からカナヅチを出して見せた。
「お、おまっ…マジかよ…」
「小坂、さすがに手ブラはまずいぞ」
「いやいや、俺は一応、殴られる覚悟を持って来た」
「なんだよそれ」
「甘いなお前ら」
後ろからヌッと現れたのは190cmもある、松田だった。
「オレは、スタンガンだ」
そう言って自慢げに見せてきた。
「誰もてめぇみたいな大男殺さねぇよ」
「処分する方が大変だろ」
「おいっ!」
松田がツッコミ、ひとしきり笑ったところで小宮が車で迎えに来てくれた。
助手席にはちゃっかり中村が乗っている。
俺らは狭いだのむさ苦しいだの文句を言いながら、後部座席に乗り込む。
「あ、そういやぁさ。児玉、仕事で来れなくなったってよ」
中村はビールを片手に言う。
「え、そうなのかよ」
「そっかぁ…」
西川は安堵の息を吐き、俺は謝る機会を失ったことに少しやるせない気持ちになった。
「つぅか、なんで児玉を誘ったんだよ」
悪態をついたのは松田だった。
「誘ったのはオレじゃなくて小宮だよ」
「マジで!?」
「児玉の方からみんなに会いたいって言ってきたんだよ」
「絶対復讐じゃん!」
俺と西川が同時に同じ言葉を吐き出した。
「復讐ってなんだよ」
「中村、お前、あれだけのことやって自覚無いのかよ」
「あるけど、あんなの学生のときのノリだって」
「それ、今の世の中じゃ通用しねぇんだって」
俺がそう言っても中村は理解せず、逆に児玉の復讐にビビる俺たちを嘲笑っていた。
まぁ、こいつは昔からこういうやつだ。人の心がねぇのに、何かと人に好かれる雰囲気を持ってる。
聞けば今でも”大変”モテているんだとか。営業成績はトップだとかいう自慢話を、後部座席の俺たちは聞き流した。
小宮の親父さんの別荘はめちゃくちゃ立派で、平民の俺たちが恐縮するほどだった。
だがそんな恐縮していた身も、酒が入れば何のその。
高校時代にやったバカなことで盛り上がり、顧問の先生のモノマネで笑い転げ、実は誰々と付き合っていたとかフラレたという話で大いに盛り上がった。
笑って飲んでバカ騒ぎして、最高に楽しい時間だった。
「あれ?中村は?」
俺が床に突っ伏している松田に尋ねる。
「トイレじゃねぇの?吐きそうって言ってたし」
「あ〜一番飲んでたしなぁ」
「小宮ぁ、お風呂入ってもいい?」
「いいぞ…って、おい!西川、ここで脱ぐな!!」
真っ裸になってリビングをうろつく西川を小宮はわずらわしそうに風呂場へと誘導するのを見て、俺はゲラゲラ笑う。
「なにやってんだよ、あいつ」
そこで意識は途切れ、ふと目が覚めると部屋には誰もいなかった。
「…マジかよ、あいつら。寝るんなら一声かけろよ」
重怠い体を起こし、台所へ向かい、水を一杯飲んだところで、廊下からひんやりとした風が吹き込む。
俺は恐る恐る廊下に出ると、玄関扉が大きく開いていた。
「ったく…誰だよ…」
内心ドキドキしているのを誤魔化すように喋り、玄関扉を閉めて鍵をかけた。
何気なく視線を足元に落とすと、脱ぎ散らかされた靴の中に綺麗に揃えて置かれている革靴があった。
「……あれ、この靴…」
数えてみると、靴は6足ある。
「一つ…増えてる…?」
背筋に冷たいものが走り、俺は慌てて玄関扉の鍵を開け、スマホを探したがポケットの中は空っぽだった。
部屋に戻ってもスマホは見当たらない。
辺りも不気味なほど静まり返っていて、まるでここには誰もいないかのようだった。
「くそっ…」
俺は寝室へと急ぐ、そこに行けば誰かいるだろうと思ったからだ。
寝室の扉を開け、電気を点けた瞬間、俺の口から声が勝手に溢れ出た。
「…あ、あ、あああああぁぁぁあ!!!」
赤、鉄のような臭い。
血、血だ。
ベッドも床も真っ赤。
倒れているのは誰だ。
「ま、松田……」
その首は切られ、血が辺りを真っ赤に染めていた。
死んでる。松田が、死んでる。
「う、嘘…嘘だ…」
俺は部屋から飛び出した。
「誰か!誰かいないのか!?中村!?小宮!!」
しかし、返事はない。
なんだ、何なんだこれは。
誰が一体誰がこんなことを。
まさか、児玉が。
来ないと言いながら実はこっそり来ていて、みんなを殺し回ったのか。
児玉にやったことは確かに酷いだったかもしれない。
でも、ここまでやるか?
そんなに俺たちのことを恨んでたのかよ。
思考がごちゃごちゃと気持ち悪い。
風呂場のドアを勢いよく開け、俺は息を呑んだ。
バスタブに満たされた真っ赤な液体。
それに肩まで浸かっている西川の額に、包丁が刺さっていた。
「あ、あ、あああ…」
もうわけがわからない。
何が起こっているんだ。
なんでこんなことができるんだ。
児玉も西川も小宮もみんな同じ中学で、仲が良かったじゃないか。
なのに、なんで。
「うぐっ…」
胃の中身がせり上がってきたので、慌ててトイレに駆け込み、足が止まった。
トイレに倒れていたのは、児玉だった。
「へ…こ、児玉…?なんで?え?」
その首には、深々とナイフが刺さっていて今も血が溢れ出ている。
「おえっ…」
我慢できず、胃の中身をぶち撒ける。
ああ、最悪だ。
なんだこれ。
なにがどうなってんだよ。
なんで児玉がここで死んでるんだよ。
よく見れば、足元に”遺書”と書かれた封筒が落ちている。
”遺書”。
どういうことだ。
やっぱり、こいつがみんなを殺して、死んだのか?
「小坂ぁ〜」
「ぎゃっ!!」
俺を呼ぶ声が聞こえ、飛び上がるほど驚いた。
「な、なか中村!?」
「どこにいるんだ?」
「こっちだ!中村こっちに来てくれ!!大変なんだ!ここに」
「あ〜無理、足怪我してるから。行けない」
「……わ、わかった。そっちに行く」
声を頼りに走ると、中村は廊下に座り込んでいた。
全身、真っ赤に染まっていて正直どこを怪我しているのか見ただけじゃわからなかった。
「だ、大丈夫か?」
「いやぁ、無理そう。手ぇ貸してくれ」
そう言って差し出された手を、俺はすぐに掴むことができなかった。
「は?何?」
その手は、無数の傷が付いていてとても痛そうだった。
「いや、痛そうだな…って思って」
「そう思うなら、手首持ってくれよ」
「お、おう。そうだな」
俺が中村の手首を掴んで、引っ張り上げると「ははっお前がバカで助かったよ」と言って中村が笑った。
「は?」
その次の瞬間、腹に激痛が走った。
「あぐっ!」
中村の持っていたナイフが俺の脇腹に突き刺さっていた。
ああ、痛い…。
「中、村?」
中村は一人、身軽に立ち上がる。
「悪いな、死んでくれよ」
「ど、どういう……まさか、お前が…松田や西川を?」
「おう、殺したのは俺だ」
「なん、で?」
なんでそんな、あっさり言えるんだ。
「あのクソ馬鹿が、いじめられてたときの音声とか動画とか残してなきゃこんなことしなくても済んだのによ」
中村は気怠げに言い放った。
「その動画を公開されたくなかったら、一千万用意しろだって。ムカついたからお前らも児玉も消すことにしたんだよ」
「……はっ、何言ってんだよ。気でも狂ったのか?そんなことしてイジメを無かったことになんかできるわけねぇだろ!?」
「できるだろ。被害者も加害者もいなきゃな」
ニヤリと笑う中村。
「ふざけんな!お前が、みんなをっ」
俺が飛びかかるよりも早く、あいつは俺を蹴飛ばし、刺さっていたナイフの柄に手をかけた。
「やめ…やめろ…」
「じゃあな。あの世であいつらによろしく伝えてくれ」
「なんで、児玉も殺したんだ……昔は、みんな、仲が良かったのに…なんで…」
「……は?児玉はまだ殺してねぇよ」
「え、でも…さっきトイレに児玉が…」
「幻覚でも見たんじゃ……」
そう言った瞬間、鈍い音がして中村の目は裏返った。
「お…え…?」
ぐらりと倒れた中村の後ろから現れたのは、額から血を流した小宮だった。
その手には、西川が持ってきたはずのカナヅチが握られていた。
「小坂、大丈夫か?」
「こ、小宮……な、中村を殺した…のか?」
俺は、頭から血となんか諸々の液体を垂れ流す中村を見つめる。
「こうでもしないとコイツは、止められないだろ」
「そう……だけど」
いや、きっとこうでもしなければ俺は中村に腹を切り裂かれていたはずだ。
「傷の方は?」
「痛い……けど、たぶん、大丈夫…」
「そうか。警察と救急を呼んだから、もう少し頑張れ」
「お、おう……」
腹を押さえている指の間から、血がゆっくりと流れ出ている。
「児玉も来てたんだな……呼んだのは、小宮か?靴を見つけたときはビビったけど……あ、いや、もう死んでたけどさ」
小宮がゆっくりと振り返る。
「……死んでた?」
「あ、ああ、トイレに児玉の死体があったんだよ。足元に遺書があって…そうか、あれで児玉を自殺に見せかけたのか。中村ならやりそうだな…」
「……見たのか」
「……ん?ああ…」
「…あ〜…マジかよ…」
小宮は困ったように頭を掻き、忙しなく視線を動かす。
「え…何…どうした?」
その目が、ピタリと止まり、俺を見下す。
それは、ゾッとするような、冷ややかな目だった。
俺は、なにか、言ってはいけないことを言ってしまったようだった。
「はぁ〜…咄嗟に助けるんじゃなかった……」
「ど、どういうことだよ…」
「小坂だけは俺に何もしてこなかったから、殺さないつもりだったのに…」
振り上げられるカナヅチ。
「え?な、なんで……?」
「遺書を見たからだよ」
「遺書って……ま、まさか、お前が児玉を殺したのか!?なんで!?」
「……あいつらが俺に何をしたのか、忘れたのかよ」
「え?……あっ…」
まるで走馬灯のように思い出される中学生のときの記憶。
バスケ部のエースだった小宮を妬んだ中村が、階段から突き落としたんだ。
西川と松田、児玉はそれを見て笑ってた。俺は、それを止められなかった。
あの怪我で、小宮はバスケットを諦めなきゃいけなくなったんだった。
ああ、なんで、こんな大切なこと忘れてたんだよ。
「ごめん、小宮…」
「おせぇよ」
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