テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「…ぁ……」
思わず吐息が漏れる。
彼の歌が心の底に響く。
どこか落ち着く彼の歌声。
凍えるほど寒い冬の夕暮れ、夕陽が街を照らす。
まだ未熟と言わんばかりのフォークギターの弾き語り。
『路上ライブ
winter concert 12月24日開催』
手書き感満載の看板にはどこか寂しさがあった。
けど「人の温かさ」を纏っている。
“雪の降る寒い夜には 貴方の手を握って
貴方を 愛してあげたい
それがたとえ 最期だとしても
僕の心には永遠に残る
貴方という「かたち」を愛していたい”
いつのまにか視界がぼやける。
泣いてんだ、私。
彼のその歌詞に、思い出してしまう。
「少しずつでいいから現実に向き合おう」と歌で言われた気がした。
気付けば彼の前で涙しながら立ち尽くしていた。
彼がギターを弾く手を止め、そっと見上げた。
「…大丈夫?」
彼は私の背中をそっと撫でてくれた。
まるで「全て吐き出していいんだよ?」と。
彼の微笑んだその顔を見るだけで胸の奥底で熱い何かが広がり、なぜか安心する。
「…大丈夫です、ただ…その…」
また視界がぼやける。
「ゆっくりでいいから…ね?」
彼は穏やかや目つきで私を見つめた。
やっぱり優しい人なんだ。この人は。
「…久しぶりに…思い出しちゃって…」
思い出したくなかった、できれば。
兄のことなんか、忘れてしまいたかった。
けど、彼は兄に似ていたー。
もう5年も前。
私の兄は18歳でこの世を去った。
私は当時11歳。
身内は、兄だけだった。
あまりにも急だった。
「今日、お兄ちゃん何時に帰ってくるの?」
両親は2年前に他界していた為、兄と二人暮らしだった。
「6時くらいかな?どうして?」
忘れもしない12月24日。
クリスマスイブでもあり兄の誕生日でもあった日。
「内緒!」
私は兄の好きなトマトパスタを作ろうと思っていた。
「えー、教えてよ?」
兄が鞄を背負いながら訊いてくるので、顔の表情でバレたくなくてそっぽを向く。
「帰ってきてからね?」
兄は拗ねたような顔をしてから「ちぇっ」と独り言を言うと玄関へ向かっていった。
「行ってきます」
兄はいつもの通り扉を開けて、私の方を向いて満面の笑みで言う。
「行ってらっしゃい」
これが最後になるなんて思いもしなかった-。
午後になって自宅の固定電話の着信音が鳴る。
かけてきたのは兄の同期だった。
「もしもし……?」
恐る恐る電話に出ると震える声で同期が話す。
今でも信じることが出来ない事実をその時知った。
兄は学校で火事に遭った。
火の手が迫るなか、友達を助けに炎の中に飛び込んだ。
兄は一酸化炭素中毒だった。
一時間ほと危篤だったのだが、息を引き取った。
もう信じられなかった。
朝あんなに元気だった人がもう二度と会えない人になるなんて。
私はあの日から12月24日が嫌いになった-。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!