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サリウス恒星州中央コロニーに帰還したシンノスケとマークスは結果報告のために商船組合を訪れた。
「お帰りなさい、シンノスケさん、マークスさん!」
2人の姿を見るやリナが受付カウンターから笑顔で声を掛けてくる。
他にも空いている受付があるが、直接声を掛けられたならリナのカウンターに向かうことにした。
「ただいま戻りました。色々と報告事項があります」
「はい、聞き及んでいます。輸送業務をしてくれて、目的の貿易の方も成果があったようですね。その上で海賊に襲われていた旅客船の救出。大活躍ですね。さっ、どうぞお掛けください。私が報告を受けさせていただきますね」
そう言ってカウンターの前の椅子を勧めるリナ。
端から見ると受付職員と自由商人の馴れ合いのようにも見えるが、これは特段珍しいことではない。
自由商人が請け負う各種依頼はネットワーク上でも公開され、ネットワーク通信のみでも契約手続きをすることが可能だが、多くの自由商人は組合に出向いて職員と対面で手続きをする。
これは職員との雑談等の会話の中から依頼者の意図や隠された情報を読み取ろうとするからであり、この情報の有無が自由商人の仕事の行く末を大きく左右することもあるのだ。
一方の受付職員側も自分が仲介を担当した仕事を請け負う自由商人には仕事を完遂して無事に戻ってきて欲しいと思うのも自然なことである。
職員と自由商人が情報を交換し共通の認識を持ち続ける間に信頼関係が築かれて自然と親しくなり、自由商人と担当の受付職員といった関係になることも珍しくないのだ。
「今回の一連のデータです」
「はい、ありがとうございます。拝見しますね」
シンノスケの提出したデータを確認するリナ。
「今回のメインはレアメタルの貿易でしたね。・・・はい、無事に取引出来たようですね。こちらの取引は組合が仲介しているわけではないので、シンノスケさんの取引実績として蓄積されますが、取引の利益は全てシンノスケさん達のものです。その他の運送業務や緊急の救出任務、それに伴う海賊の討伐についてはデータの解析後に私共商船組合を始め、関係各所から報酬や謝礼、必要経費が支払われます。ご了承いただければ直ぐに手続きに入りますが、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
シンノスケの返事を聞いたリナは満足そうな笑顔で手続きを進める。
今回の仕事でシンノスケはかなりの実績を残し、報酬等も支払われる予定だが、レアメタルの取引で得た利益の他は必要経費や消耗品の補充を考えると決して多いものではない。
とはいえ、シンノスケの商人としての初めての取引等は成功だったことは間違いないだろう。
「はい、手続き完了です。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
報告を終えたシンノスケは立ち上がった。
「シンノスケさんとマークスさんの今後のご予定はありますか?何かご希望のお仕事があるなら見繕っておきますが?」
優秀な受付職員であるリナの営業スマイルを前にシンノスケは肩を竦める。
「とりあえず、艦の補給等も必要ですし、自由商人になってから連続で仕事をしたので4、5日は休む予定です」
「そうですか。またよろしくお願いしますね」
リナの笑顔に見送られてシンノスケとマークスは組合を後にした。
帰還した翌日、シンノスケはドック内に停泊しているケルベロスの艦内でトイレやシャワー室等の掃除をしていた。
マークスはブリッジや艦内通路等の清掃を行っている。
「マスター、艦内の清掃は全て私にお任せください。マスターと違って私は休息を必要としませんので」
「馬鹿を言うな。マークスはトイレを使わないじゃないか。ここは俺が綺麗にする。軍隊式の清掃技術をなめるなよ」
変な拘りを持ってトイレを始めとした水回りを綺麗に磨き上げるシンノスケ。
休息1日目の今日はケルベロスの補給、補充、そして清掃だ。
今日のシンノスケは艦長服ではなく作業服の上に子犬のアップリケのエプロン姿、マークスは普段の服の上にピヨピヨひよこのアップリケのエプロンに白いタオルを頭部に巻いている。
そんなおかしな格好のコンビは1日掛かりでケルベロスの艦内を綺麗に磨き上げた。
そして運命の2日目。
いつもと同じ時間に起きたシンノスケは合成フルーツ茶を飲みながら愛用のラグザVX67自動拳銃の分解清掃を行っていた。
マークスはケルベロスのシステムチェックをしている。
「マスター、その合成フルーツ茶、よほど気に入ったのですね」
「ん?・・・そんなことないぞ」
「・・・」
意味の無い、どうでもいい会話をしながらシンノスケが拳銃を組み上げたその時、シンノスケのドックに来客を告げるアラームが鳴った。
「マスター、グレンさんとカレンさんの2人が来訪しました」
「ん?何だろう?とりあえずこっちに回してくれ」
そう言って操縦席のモニターを切り替えたシンノスケ。
そこに映っていたのは画面一杯のグレンの顔。
「ようっ、シンノスケ。採掘行こうぜ!」
突然の誘いにシンノスケは仰け反った。
「いきなり採掘行こうぜって、何だそれ・・・」
呆れながらグレン達を出迎える。
「よう、早く行こうぜ!」
「突然やってきて何事ですか?子供が公園に誘いに来たような勢いで・・・」
ため息交じりのシンノスケにグレンは意気揚々と答える。
「お前がダムラ星団公国から戻ったって聞いてな。誘いに来たんだよ」
「誘いに来たって・・・そんな急に言われても困りますよ。仕事の依頼なら組合を通してください」
抗議するシンノスケだが、グレンはまるで気にしていない。
「お前への指名依頼は組合に出してきた。そしたら受付の姉ちゃんが『シンノスケさんはお休みですよ』って教えてくれたんでな。だから直接誘いに来た」
グレンには全く話が通じない。
シンノスケはグレンの背後に立つカレンに救いを求めた。
「ごめんなさいね。シンノスケが戻って来たって聞いたらグレンったら『シンノスケを護衛に連れて採掘に行く』って聞かないのよ。ホント、子供みたいだわ」
呆れ顔でまるで保護者のように話すカレンだが、そもそもグレンを止められていないので保護者としての役割を果たしていない。
「でも、私は休みで、4、5日はゆっくりしようかと・・・」
「ゆっくりしたいなら現場でゆっくりすればいい。大丈夫だ今回行くのは前回のように危ない場所じゃない。普段から俺達が餌場にしている宙域で、海賊なんて殆ど出ないからゆっくり出来るぞ。まあ、そうは言っても用心に越したことはないからな。俺達も護衛艦無しでは安心して稼げない。そこでシンノスケの出番ってなわけだ」
グレンの背後に立つカレンも何かを確信したような笑みを浮かべている。
そんなカレンの様子を見てシンノスケは全てを理解した。
カレンはグレンを諫めているようで、その正体はグレンの共犯者だ。
このままシンノスケが拒絶の意思を示せば今度はグレンの一味が総出でシンノスケを誘い(連れだし、又は拉致)に来る。
つまり、シンノスケに選択肢は無いに等しい。
シンノスケは折れた。
「分かりました。ケルベロスを出しますよ。組合で手続きを済ませましょう」
「よっしゃ!そうこなくっちゃ!」
「ホント、ごめんなさいねシンノスケ」
グレンとカレンの訪問によりシンノスケの休日は僅か1日で幕を閉じた。
グレンとカレンに連れられて組合に顔を出してみれば、受付にいたリナが驚きの表情を浮かべる。
「えっ?グレンさん、本当にシンノスケさん達を誘いに行っちゃったんですか?」
リナの表情は本当に驚いた様子であり、少なくともリナはグレン達の共犯者や協力者では無かったようだ。
その事実はシンノスケに取ってせめてもの救いだった。