こんなことになっても、時間は待ってはくれないし進んでいくだけだ。
相変わらずクロノアさんは配信以外では俺とは関わりを持とうとせず、俺に関しては少しずつ花吐き病を悪くしていった。
配信中は吐きそうになるのをミュートにして周りに気付かれないようにしながら。
いつまで誤魔化せるだろうか。
そろそろリスナーにも気付かれる。
今はぺいんとやしにがみさんが上手に誤魔化してくれてるおかげでなんとかなっているけど。
「……」
ホントであればクロノアさんはこんな場ですらいたくないと感じるはずなのに。
僅かにある同情心なのだろう。
それが更に俺を傷付けた。
ただ、これは俺からクロノアさんを解放するチャンスなのではないだろうか。
離れたくない、手放したくない。
それも本音だ。
けど、彼には”普通”に幸せになってほしい。
そこに俺がいてはいけない。
心のどこかで思った運命と思う幸せと、それを否定する俺なんかではいけないという思い。
ずっとずっと、矛盾した思いばかりが頭を占めている。
「人間ってめんどくせー」
複雑な感情を持ってるからこそ悩みも尽きない。
いや、悩みがあるというのは贅沢なことらしい。
「…俺がただ、めんどくさいのか」
編集していた手を止める。
死ななくても、俺が我慢してあの人から離れればいい。
番も解消してほしいと頼めば今のクロノアさんなら簡単に解消するだろう。
「俺さえ我慢すれば、全部丸く収まる…」
そう何度も思った。
それをしないのは、もしかしたらという悪足掻きをしたいだけなのかもしれない。
「堂々巡りのことばっかり考えてんな…」
クロノアさんが退院したあと病室で話したぺいんとと、外でしにがみさんには聞かれていたが、あの時の言葉は全部本心だ。
死にたくないのも、諦めるしかないと思ってるのも。
いい大人が、公私を分けれなくてどうする。
情にのぼせて、情に任せて判断を鈍らせて。
あの人が俺といるのを我慢してるのに、俺が我慢できなくてどうするんだ。
スリープした暗くなった画面には、以前の自分と比べられないくらい活気のない痩せた顔が映っていた。
「情けねぇ顔」
喉が詰まった感じがずっとする。
その為、食事もなかなか喉を通らないし、無理に食べても吐くだけだ。
少しのご飯とサプリでどうにかすればいい。
限界を感じたら嫌だけどかかりつけの病院で点滴をしてもらえばいい。
「…っ、…」
温くなった水と一緒に何種類かのサプリと抑制剤を飲む。
ヒートを起こさないように、強めのものを処方してもらった。
その稀有な事情を話すと、先生は悲しそうな顔をしながらその薬を出してくれた。
「、ぅ…」
ヒートの周期は分かっていても、例外がある。
その時は家に引きこもり、ひたすら耐える。
みっともないことはしたくないし、虚しいだけだから。
「……クロノアさん」
俺を心配してぺいんとやしにがみさんがよく家に来るようになった。
他の人たちも時間を見つけては来てくれるようになった。
2人の差金だろう。
そんなに見張りを増やさなくても、死になんかしないのに。
今は、まだ。
「……でも、いつかは、花を詰まらせて死ぬ」
ぺいんとが花吐き病のことを知っていたのはしにがみさんに聞いたのだろう。
知ってもらっていた方が対処はしやすい。
万が一、ぺいんとが花びらを触ってしまわないようにも。
「でも、窒息ってめちゃくちゃ苦しいからやだなぁ…」
ぐっと喉が鳴った。
「ぅ゛…」
慌てて袋の中にそれを吐く。
「ゔぇ…っ」
物体が喉を通り過ぎていく感覚。
「…っっ……ほんと、どういう原理だよ…」
伝えることができない苦しい思いが花に形を変えて、吐き出すように口から出てくる。
本当に皮肉なものだ。
「はぁ…」
全て幻ではないのか。
夢を見てるのではないか。
終わりが見えない、真っ暗な闇の中にいるみたいだ。
どれだけ泣こうが、どれだけ悲しもうが、どんなに苦しもうが、俺の傍には誰もいない。
沈みかけた意識がピコン、という通知音で戻される。
「…あ、そうか撮影時間だな」
ぺいんとからディスコードに入るようにとのメッセージだった。
クロノアさんと話せないのはつらいけど、やっぱり撮影は楽しいし2人のおかげでその間は手を止めることがあってもつらさを忘れることができた。
すぐに入ると、クロノアさん以外揃っていた。
『トラゾー大丈夫か?』
『しんどくなったら言ってくださいね』
「ん、ありがと」
『礼には及ばないぜ!』
『そうですよ。僕たち当たり前のことしてるんですから』
「それでも、ありがとう」
しばらく他愛のない話をしていたら、少ししてクロノアさんが入ってきた。
『ごめん、遅れちゃった』
『大丈夫っすよ』
『みんな揃いましたね。始めましょうか』
『そうだね』
耳に入る声は自分に向けたものではないから優しい。
ぐっとまた喉を圧迫する感覚。
無理矢理飲み込み耐える。
『トラゾー?大丈夫?』
「だいじょぶ。ごめん、ちょっと水飲んでた」
『ん、じゃあ、始めんね。…はい、みなさんおはようございますこんにちはこんばんは、ぺいんとでございます』
『クロノアでございます』
『しにがみでぇす』
「トラゾーです」
『真面目に挨拶してない奴が1人いますが、そいつは置いといて』
『置いとくなよ!』
『しにがみくんとは言ってませーん!』
『こいつ…!』
「俺かもしれなかったのに、しにがみさん自白はダメよ」
『しまった…その可能性もあったわ…』
2人とも上手に俺とクロノアさんがあまり関わらないように喋っている。
それにいつも救われてる。
『ほら、早く進めよう。ぺいんともしにがみくんもふざけてないで』
『ふざけてんのはしにがみ1人ですけど』
『おい!…って、一向に進まねぇじゃんか!トラゾーさんが困ってんだろうが!』
「俺、大丈夫ですよ?面白いなーって親目線で見てましたから」
『『お前が1番ふざけてるじゃねーか!』』
「ふはははは!」
『魔王の笑いすんな!』
『もう!話が進まない!クロノアさんも傍観者に徹せずこの黄色と緑色止めてくださいよ!1番保護者に近いのあんたでしょ』
『えぇ?俺は近所のお兄さんくらいでいいよ』
『あ、ダメだこいつら』
『しにがみうるせぇなぁ。…はい、今日はですね』
『ちょっと待って、この黄色殺さなきゃ』
このグダグダな感じ。
やっぱり楽しい。
「まぁまぁ、ぺいんとは後で殺すとして。今日は何をするんですか」
『おい!殺すな!』
『トラゾーさん、後でこのぺいんととかいう奴をボコボコにしましょう』
「おっけー」
『OKすな!』
『ほら、オープニング撮るだけで時間使いすぎだよ。企画始めよう』
『『はーい』』
「……」
言葉が詰まって返事ができなかった。
『……トラゾー…?』
「っ、す、みません。…クロノアさん」
まさか声をかけられるなんて思わなかった。
あまりにも俺らが絡まない為、リスナーに変に思われてはいけないと思ったからだろう。
さっき吐いたばかりなのに、再び訪れる嘔吐感。
急いでミュートにしてそれを吐き出す。
ピンクと紫の丸い形をした花。
「は、ぁ…」
ミュートを解除して戻る。
『じゃあ、気を取り直しまして今日することは……』
撮影は恙なく終わった。
精神の疲労で、断りをいれてディスコードからすぐに抜ける。
「ちょっと、寝よう。…今日はもうなんもする気が起きねぇや…」
ベッドに横になる。
卓上のカレンダーを見つめて、そろそろ次のヒートが来る。
いくら強い抑制剤を飲んでいても抑えきれないことがある。
「……」
クロノアさんの私物もない、匂いのあるものもないから巣作りはもう長いことしていない。
それに知らないところで、嫌っている人間が自分の私物でそういうことをするのは誰しも嫌だろう。
ひとりで耐えて、我慢しきれない時は痛みで紛らわすようにした。
おかげで見えないところは傷だらけだ。
自分で自分を慰めるくらいなら痛みでそれを消した方が何倍もいい。
ぎゅっと細くなった己の手首に爪を立て目を閉じる。
「……戻れるなら、ただの友達に戻りたいな…」
ピンク…円満な人柄
紫…無限の悲しみ
コメント
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悲しい…心がぎゅっとくる… 何度もヒート時期を我慢してるんだ…トラゾーさん元気になって欲しいし、クロノアさんもできることならハッピーエンドで治って欲しい そう願いながら見るだけです