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「棚原さん」
ヌーナと別れた後、後ろからだれかに声をかけられる。振り返ると、そこにいたのは慶迅だった。彼に話しかけられるのは初めてだ。慶迅どころか、野利彦、リタイアした豆隆や気介とも月呼はろくに話したことがない。
「あなたに相談したいことが」
「なんでしょう?」
なぜ自分なのだ、と月呼は思った。
「なんで私?という風な顔をしていますね」
「はは」
慶迅は図星をつく。月呼から見て、彼は参加者の中でも頭が冴えている印象がある。
「理由があります。自分の話を聞いてもらいたいとなると、どうしても女性がいい。でも、橘高さんは気の強い女性なので、あなたになら話しやすいかと思って」
「はは」
月呼の口からもう一度かわいた笑いが出た。くるるは慶迅を生理的に嫌っている。彼女に相談していたとなると、めんどうそうな態度で話を聞かれたことだろう。よって、慶迅の選択は間違っていなかった。
「でも、私よりパートナーの場野さんの方が言いやすいんじゃないんですか?」
「……それなんですが。立ち話もなんですので、場所を移しましょう」
ふたりはロビーのテーブル席を利用する。
「実は……好きになってしまったんです、依榛のことが」
慶迅が言った。「依榛」呼びということは、ふたりの関係はそれなりに深いようだ。
「いつからですか?」
「もともと、僕は彼女の容姿が好みだったんです」
慶迅は照れくさそうに鼻をかく。彼は一日目の自己紹介の際、自分は愛と金のどちらを選ぶのかはわからないと言っていた。その時からすでに依榛のことを意識していたのなら、つじつまが合う。
「場野さんには思いを伝えましたか?」
「昨晩、告白しました。あなたと仙敷さんも利用していたバーで」
「ああ」
月呼は慶迅たちがバーで食事していたことを思い出す。まさかあの時に、と。
「でも、信じてくれなくて。『美人じゃない私を選ぶはずがない。うそに決まっている。ケイくんは私を騙そうとしているんでしょう』って。依榛は他人から『ブス』とののしられて生きてきたそうで、自分の顔面に相当なコンプレックスがあるようです」
依榛は賞金を得たら歯や顔を整えたいと言っていた。
「僕からすると依榛はだれよりも美人なのに。僕はむしろ一般的に美しいとされる女性というのはどうも苦手で――って、それはあなたの前では禁句かもしれませんね」
慶迅は月呼の顔をちらっと見る。
「いえ。別に私は自分を美人だとは思っていないですよ」
月呼はこぶしを軽く握った。
「継田さんの気持ちはわかります。私も侑加くんに惹かれているので」
「彼が自分に見せてくれるすべてがうそで、六億円のために行動している、とは考えていないのですか? 男性参加者の中でいちばん女性の気持ちを手玉にとりやすいのは、仙敷さんだと思います。彼は自分のルックスを武器にしておけばいいのですから」
「……」
侑加がその気になればいくらでも女を騙せるというような慶迅の言いぶりに、月呼は少し嫌な気持ちになる。ふたつにひとつの選択を見誤れば今後の人生に大きく影響するのだ、今は第三者からの意見を聞き、自分と侑加の関係を客観視することも必要である。でも、他人にどれだけ「侑加に用心しろ」と言われたところで、月呼は聞き流すだろう。人間とは、好きな人にとって自分だけは特別な存在と思いたい生き物なのだと。
「侑加くんの行動がうそか本当なのかは、彼にしかわかりません。どちらなんだろうって、最後の瞬間までそう考えると思います。でも、私は彼のことが気になってしょうがないです」
「……」
慶迅は黙り込む。月呼の気持ちに共感できるのだろう。
「――理屈じゃないですよね、恋って」
慶迅は小さな声でそう言い、ふっと笑う。月呼はそれだ、と思った。このおさえられない衝動は、トラックに轢かれそうな犬がいれば身を挺して助けるのと同じようなものだろう。
「だけど、場野さんって、正直な人ですよね」
「え?」
「だって、その気がなくても継田さんからの告白を了承して、両思いのふりをしておけば、六億円を手に入れられる可能性が出てきますもん。逆にそこであっさりとオーケーすると怪しまれそうだから、すぐには乗っからずに一度断った、ということも考えられますが――」
「依榛はそんな計算高い女じゃないですよ」
慶迅がむっとした様子で言う。好意を寄せる相手が自分を騙すはずがないと思いたいのは、だれでも同じだ。
「たとえですよ、たとえ。それから、場野さんは告白を断っても『好きじゃない』とは言わなかったんですよね?」
「ええ」
「だったら、場野さんも継田さんに恋愛感情があるのではないでしょうか。『ケイくん』って親しく呼んでいるようですし。後はあなたを信じられるかどうかだけ。このゲームも今日を合わせて残り五日はあります。残りの期間で誠意を持って接すれば、場野さんも信じてくれるはずです」
「ありがとうございます」
「お互い、好きな相手と両思いになって帰ることができるといいですね」
「ええ」
慶迅はイスから立ち上がる。そして、笑顔で月呼に手を差し出してきたので、月呼も起立して、彼と握手した。自分以外にも金より愛を選ぼうとしている人間がいる。月呼は自分の選択にもっと自信をもっていいのだと、よろこばしい気持ちになった。
コメント
1件
第32話、読み終えました……! 慶迅くんからのまさかの相談、しかも依榛さんへの恋愛感情。告白を信じてもらえなくて悩んでる姿に、こっちまで切なくなったよ。月呼ちゃんが自分の気持ちと重ねて「理屈じゃないですよね、恋って」って返したシーン、すごく響いた。お互い信じたい気持ちと向き合ってて、この作品の温かさを感じた回だったなあ🤍
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